第七百二十二話 殿下とシルバー
「我々はこれより帝国全体に張られた結界を突破し、帝国領内に突入する」
演説するのはウィリアムだ。
進軍してきた連合軍の総数は二万。
これが限界だった。
王都での決戦で多くの人員を失い、怪我人も多数。
竜人族のおかげで回復したとはいえ、それも一部。
時間をかければもっと動員できただろうが、即座に動かせるのはこれが限界。
これ以上は足手まといでしかない。
文字通り、最後の精鋭だ。
彼らの前に立つのは、レオから残存戦力の再編を命じられたウィリアムとアンセム。
そして五人のSS級冒険者やクライドといった冒険者陣営の首脳陣。
それに加えてオリヒメやエルナといった連合軍側の主力。
用意されたのは簡易の壇上。
そんな中、ウィリアムが俺のほうへ視線を向ける。
「その前にシルバーより諸君らに話がある」
ウィリアムはそう言うと一歩下がる。
代わりに俺が一歩前に出た。
二万の軍勢が一斉に俺を見た。
国籍もバラバラな連合軍。
帝国軍もいれば連合王国軍もいる。
王国軍もいれば皇国軍もいる。
そして冒険者たちも。
大陸の希望。
人類が一致団結できるという証明。
多国籍軍だ。
彼らの前で俺は口を開いた。
「――これから待ち受けるのは最後の決戦だ。どういう結果になるかは誰にもわからない。間違いないのは楽な戦いにはならないということだ」
演説には慣れているつもりだった。
言葉に詰まったことはほとんどない。
他人を欺くのと同じで。
士気が上がるだろう言葉を並べる。
相手が何を思っているのか予想して、その状態にあった言葉を用意する。
しかし、嘘ばかりじゃいけない。
本心も交えないと人は動かない。
そういう演説は得意といっていい。
けれど、これからは本心だけで演説しないといけない。
それはあまり経験のないことだった。
客観的に見て、俺は人より頭の回転が速い。
だから、容易に最悪な状態も想像できる。
嘘で塗り固められたSS級冒険者。
力を隠し、偽り続けた帝国の皇子。
そんな奴の言葉に誰が耳を貸す?
信頼できないと言われることは想像できる。ありえる未来だ。
少し気持ちが沈む。
けれど。
「大丈夫」
少し後ろから声が届く。
エルナの言葉を聞いて、俺はフッと微笑んだ。
ただの言葉なのに。
面白いほど心が軽くなる。
どんな魔法よりも効く魔法かもしれない。
そんな魔法の効果が消えないうちに。
俺は言葉を届ける。
「――現在、帝国を覆う結界は特殊なものだ。アードラーとその許可を得た者以外をすべて拒絶する結界。その縛りにより、敵は国を覆う結界を完成させている。ゆえに我々が突入する場合、アードラーの許可がいる」
右手が動く。
この仮面を被った時。
こんな日が来るとは思わなかった。
これは正体を隠すものだから。
帝国の皇子が仮面つけてSS級冒険者をやっていたなんて、バレたら大変だ。
ましてや古代魔法の使い手。
バレてはいけない要素しかなかった。
取ってはいけないものだった。
取られてはいけないものだった。
けれど。
今は取るべきものだ。
覚悟を決める時だ。
正体を隠すのは容易い。
欺くのは容易い。
自分ではない何かを見せればいいから。
もう、それは通じない。
状況は変わる。
立場は変わる。
それを受け入れるのは怖いけれど。
変わらなければいけない時はどうしたって来る。
これは大陸のための戦いだ。
だけど、同時にアードラーの戦いでもある。
そこに関係のない兵士たちを送り込む。
仮面をつけたままでは礼を欠く。
向き合うときだ。
少し兵士たちがざわつき始めた。
「その鍵となるアードラーは――ここにいる」
仮面を外すと、二万の軍勢が息をのんだ。
現れた黒髪の皇子に誰も言葉を発しない。
「俺の名は――アードラシア帝国の第七皇子、アルノルト・レークス・アードラーだ。わけあって、仮面をつけてシルバーとして動いていた。皇子としての俺は暗殺されたことになっている。結果的に敵の裏をかく形になったが、狙ったわけじゃない。帝国の政争の過程で、皇子としての身分が邪魔だったから、暗殺されたことにしただけだ。まずは……騙していたことを謝罪しよう。申し訳ない」
静かに頭を下げた。
総司令部が爆破されたことにより、総司令が暗殺された。
それが与えた影響は俺の身内ばかりではない。
総司令部にいた兵士もいる。
戦のあとに一報を聞いた兵士もいる。
悔やんだ者もいるだろう。冥福を祈ってくれた者もいただろう。
俺は一度、彼らの想いを踏みにじっている。
そのうえで。
「これより俺は連合軍総司令として復帰して、諸君らを率いることになる。結界を突破するにはそれしかないからだ。突然のことに驚いただろう。困惑しただろう。それでも……どうかもう一度、諸君らを率いるチャンスが欲しい。どうか……命を俺に預けてほしい」
人の心は単純じゃない。
死んだはずの皇子がシルバーの正体で、実は死んでいなかったので総司令に復帰します、だなんていきなり言われても受け入れられない。
だからといって、皇子が実は生きていましたと中途半端に明かしても受け入れられない。
悪魔が人間に成りすましている状況で、そんな怪しいことはできない。
ゆえに。
明かすしかない。
すべてを。
「――身勝手な話だが……俺の心の中にあるのは〝大陸のため〟じゃない。世界を救わなきゃなんて大層なものは重要じゃない。心の中にあるのは……家族のためだ。結界の中で家族が戦っている。先日現れた巨大な鷲は……〝ゴルド・アードラー〟。アードラーが命と引き換えに召喚できる守護神鳥だ。状況はわからない。けれど、家族が命を落としている。だから……助けにいきたい。それが今の一番の目標だ。民も大陸の未来よりも……家族を助けたい。もちろん義務は果たす。だが、それが偽りのない俺の本音だ」
そこまで言う必要はないのかもしれない。
建前でも世界のために、と言っておけばよかったのかもしれない。
だけど、それじゃあ不信感は拭えない気がした。
だから。
「そんな指揮官でよいなら……どうかついてきてほしい。そして……ついでに世界を救ってほしい」
なんともしまらない。
エルナが後ろでため息を吐いている。
仕方ないだろうに。
本音となるとこうなってしまう。
静寂が流れる。
やってしまったか。
そんなことを思っていると、一人の兵士が声をあげた。
「帝都に……自分の家族もおります」
おそらく帝国の兵士。
若い。
緊張した面持ちだ。
ジッとその兵士を見つめる。
兵士もジッと俺を見つめ返してくる。
そして。
「――助けにいきたいと思っております。殿下がよろしければ……お供させていただきたく」
「もちろんだ」
静かに頷く。
兵士は頷き返し、膝をついた。
すると、別の兵士が勢いよく膝をついた
「殿下にはずっと前からこの剣を捧げております。あなたが帝都の城から飛び降りた日から……あなたを守ると誓っております。これまで帝国を、大陸を……守ってきたあなたが家族を守りたいならば……微力ながらお力になりましょう」
その兵士を皮切りに。
続々と兵士たちが膝をついていく。
一方、別の声もあった。
それは。
「帝国の皇子が指図してくるだけならちょっと違うと思っていたが……シルバーの頼みって言うなら話は別だ」
「家族を助けたいって言うなら、胸を張ればいいさ! あんたにはそれぐらいのわがままを言う資格がある!」
「いつも助けてもらっていたんだ! 冒険者の中で嫌だなんて言う奴はいねぇよ」
冒険者たちは膝を折らない。
ただ、武器を掲げて同意を示してくれた。
そんな中で、エルナがゆっくりと俺の前に出てくる。
剣を抜き、地面に突き刺す。
そのままエルナは膝をついた。
「殿下とシルバーに……アムスベルグの剣を捧げましょう。あなたのこれまでの功績はそれだけの価値がある」
エルナの言葉を受けて、すべての兵士が膝をついた。
それを見ていると、オリヒメが俺の背中を叩いた。
「――誇るがよい。正体を隠そうが、死を偽ろうが、関係ない。そんなものでは色褪せぬことをそなたはやってきた。家族を助けたいというなら結構。助けにいこうではないか! 世界を救おうと言われるよりよほど共感できるぞ!」
オリヒメはニッコリと笑う。
ゆっくりと俺は兵士たちを、冒険者たちを見渡す。
そのまま傍にいるSS級冒険者たちへ視線を移す。
「わしらはいつでもいけるぞ?」
エゴール翁の言葉に残る三人が頷く。
準備は整った。
俺は踵を返す。
向かうのは帝国。
右手を高く掲げる。
「帝国第七皇子アルノルト・レークス・アードラーが許可する!! 全軍!! 進軍せよ!!」
こうして。
連合軍の最後の援軍が帝国に入ったのだった。




