第七百七話 あなたの判断
作者出張のため、明日の更新はお休みさせていただきますm(__)m
剣と剣がぶつかり合う。
鍔迫り合いのあと、ラファエルは一歩引いた。
最初からかなり全力で一撃を放った。
そんな一撃をエルナは受け止めた。
その時点で、クロエより強いのは間違いない。
それでも。
ラファエルはエルナの弱体化を確信した。
「本調子じゃないのに出てきていいのかい?」
「本調子じゃなくてもあなたくらいならどうとでもなるわ」
変な強がりは言わない。
まだ上手く体に力は入らない。
これまでの経験で剣は振るえるが、頭と体が一致していない。
体の感覚だけでエルナは戦っていた。
頭ではどうやって剣を振ればいいのか、そんなことを考えていても、体が覚えている。
その体の記憶だけが今のエルナの強さだった。
「今の君じゃ僕には勝てないよ。仙姫の結界に閉じこもっていたほうが良かったんじゃないかい?」
「何度も言わせないで。あなたくらいならどうとでもなるわ」
そう言ってエルナは攻撃を仕掛ける。
いまだに頭は働かない。
靄でもかかっているかのようだ。
けれど、剣を握って戦闘となれば体が勝手に動く。
強力な攻撃がいくつも飛ぶ。
それらを受け止めながら、ラファエルは笑う。
「やれやれ……この程度とは。そんなにアルノルト皇子が死んだのがショックだったのかい?」
瞬間。
ラファエルの首にエルナの剣が向かった。
先ほどまでとは段違いの速度。
反応できず、風の障壁に頼るしかなかった。
けれど、その風の障壁も突破されて、ラファエルはなんとか首をひねって回避する。
それでも傷はついた。
「口は災いの元よ?」
「なるほど……」
咄嗟に距離を取ったラファエルは、剣を構えなおした。
目の前のエルナは確かに弱体化している。
それでも、エルナ・フォン・アムスベルグであることに変わりはない。
気合を入れなおしたラファエルは呟く。
「君は僕の目的を知っているかい?」
「知るわけないでしょ」
「僕の目的は勇者の血の根絶さ。〝こんな血〟があるから悪いんだよ」
そう言ってラファエルは首についた傷を手で拭う。
その手についた赤い血。
忌々しい血。
そう呟きながら、ラファエルは目からレンズを外す。
そして水筒の水を被った。
レンズを外したあと、出てきた本来の瞳の色は翡翠色。
特殊な塗料が落ちたあとの髪色は桜色。
それは勇者の家系の特徴だった。
「この血が……僕を不幸にした」
「それだけかしら?」
エルナはラファエルの瞳や髪色を見ても驚かない。
今更、自分と同じ血が流れていると言われても驚くには値しなかった。
自分と互角に打ち合えているのだ。勇者の血を引いていたとしても、不思議ではない。
「それだけとは驚いたね」
「血の流出は大罪ではあるけれど、今までなかったわけではないわ。悲劇自慢は終わり?」
「そう言われると癪だな。それじゃあこんなのはどうだい?」
そう言うとラファエルは自らの風の力を解放した。
それは先の決戦で幾度も見たものと同種だった。
間違いなく権能。
しかし、権能は悪魔だけの力。
「勇者の血と悪魔の血を混ぜたらどうなるか。その実験体が僕さ」
「それであなたは悪魔を選んだわけね」
「……選ぶ権利なんて僕にはないさ。僕の母は悪魔が憑依した魔女だった。そして父は高齢だった先代エメルト剣爵。悪魔が憑依した人間が子供を産んだ場合、どうなるのか? その結果さ。幾度の失敗の果てに、最高の血とのブレンドに成功したわけだ。昔から風は操れた。魔法だと思っていたよ。それが悪魔の力だと知った僕の気持ちがわかるかい?」
「わからないわね」
「だろうね。今代のエメルト剣爵は僕の母を探していた。無理な憑依で力尽きようとしていた母は、僕を守るために僕が皇帝陛下に保護されるように仕組んだ。悪魔のくせに僕を愛したわけだ。笑わせる。そのせいで、僕は孤児院で育った。父のように優しい皇帝陛下に見守られてね。幼い僕は将来、近衛騎士になると励んだ。それなのに現実は残酷だった。お前は大罪の子だとエメルト剣爵からは告げられ、そして……自分がそれ以上に罪深い存在だと知った。勇者の子孫でありながら、悪魔の子。僕は生まれた瞬間から存在してはいけない者だった」
ラファエルは語りながら笑う。
その言葉をエルナはただ聞いていた。
そして。
「大罪の子でも陛下の力になれるはず。陛下の傍にお仕えすることくらいは許されるはず。実の子のように愛してくれた陛下に恩を返そう。そう思い、近衛騎士になったのに……自分が人類からは決して許されない存在だと知った時点で、僕は悪魔側を選ぶしかなかった。父のように陛下を慕っていた。けれど、僕の出自を知れば陛下は僕を殺すだろう。世界で一番認められたい人に認められることはない。悲劇的だろう? それなのに……半分は同じ血を引く君は神童だともてはやされ、陛下とは本当の家族のようだった。世界はなんて残酷なんだろうね? 僕にもそんな未来があったかもしれないのに。だから僕は勇者の血を根絶する。この血は幸も不幸も引き寄せる」
「終わりかしら?」
短くエルナは問いかける。
そんなエルナの態度にラファエルは眉をひそめた。
同情もなく、かといって怒りもない。
ただ、興味のないといった雰囲気だった。
「もう少し反応があってもいいと思うけどね。君の家系の一大事だよ?」
「興味ないわ。血筋も環境も関係ない。すべてはあなたの判断だもの」
エルナは本当に興味がなかった。
内容自体には驚いた。けれど、驚いただけ。
興味は湧かない。
なぜなら。
「父のように慕った陛下を裏切ったのを、自らの出自のせいにしているようだけど……裏切ったのはあなたの判断よ。陛下にバレたら殺される。そう思い込んで、あなたは裏切った。勇者の血も悪魔の血も関係ないわ。あなたの心が弱かっただけ」
「言ってくれるね。僕のような環境に身を置いたこともない癖に」
「そうね。けれど、環境への不満はだれしもあるわ。アルは皇族でありながら、出涸らし皇子と蔑まれ、幾度もいじめられていた。けど、復讐なんて考えなかった。レティシアは尽くした王国によって生贄にされそうになったけれど、復讐なんて考えなかった。私の友人のガイは、最外層で育ったわ。父親はまともではなかったし、貧乏だった。それでも私やアルに縋るようなことはしなかった。自分をもって生きていた。環境は大事、生まれも大事。けれど、どういう人間になるかはその人間次第よ。あなたの今は、あなたの判断の結果。それだけよ」
エルナはそう言うと話は終わりとばかりに歩き出した。
そんなエルナを見て、ラファエルは思わず一歩退いた。
そのことにラファエルは目を見開く。
相手は確かにエルナだ。けれど、弱体化している。
今なら確実に勝てる。
それなのに退いた。
自分が無意識のうちに恐れたのだ。
「さすが……すべてに恵まれた人間は言うことが違うね」
「確かに私は恵まれているけれど……あなただって恵まれているわ。誰だって近衛騎士になれるわけじゃない。誰だって陛下に息子のように接してもらえるわけじゃない。あなたはそれを自ら捨てたのよ」
エルナは言いながら剣を振るう。
上段からの攻撃。
何の変哲もない攻撃をラファエルは受け止める。
だが、さきほどまでとは威力が違う。
ガードの上から吹き飛ばされた。
頭で考えるだけ無駄だと察したエルナは、ただ全力で攻撃することに集中していた。
その鋭さ、重さは弱体化を感じさせないものだった。
「このっ!」
押されている。
その事実にラファエルは驚愕しながらも、なんとか押し返そうとする。
自分も負けていないのだ、と。
けれど、エルナの攻撃に対抗することはできない。
エルナは聖剣を最終段階で召喚した。それは初代に匹敵するということだ。たとえ戦う意義を見出せなくても、迷っていても。
それでも最強格なのは間違いなかった。
だから。
「それなら……こんなのはどうだ!!」
ラファエルは距離を取って天に腕を掲げた。
それを見てエルナは目を細めた。
何をしようとしているのか、わかったからだ。
「我が声を聴き、降臨せよ! 煌々たる星の剣! 勇者が今、汝を必要としている!!」
白い光が天より落ちてくる。
それはやがて剣へと変化していった。
聖剣・極光。
初代の封印により、勇者の素質と才がある者にしかそれは呼び出せない。
それが召喚できるということは、ラファエルにもその素質があるということだ。
「どうだい!? 君のアイデンティティである聖剣が僕の手にあるというのは!?」
勝ち誇ったようにラファエルは告げる。
それでも。
「だからどうしたの?」
「なに……?」
「そんなもの……私のアイデンティティでもなんでもないわ。それを召喚したのは、ただ幼馴染に褒められたかったから。それだけよ。強くなったのもそう。私にとってはその程度の価値しかないわ」
聖剣も勇者の血もどうでもいい。
それを誇りにすることはあっても、自分の存在意義にすることはない。
自分の存在意義は。
そう考えると胸の奥が痛む。
その痛みを抱えながら。
エルナはラファエルに向かっていったのだった。




