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第三百二十九話 ツヴァイク侯爵の意志




「セバス」

「は、ここに」


 翌朝。

 俺はセバスを呼び出した。

 一介の傭兵団の団長が執事まで連れていては怪しいため、セバスには情報収集を命じていた。

 まぁそれ以外にもいろいろ命じているが。

 今必要なのは情報だ。


「シャルロッテは一体何者だ?」

「ローエンシュタイン公爵の次男の娘です。ローエンシュタイン公爵の子供は三人。長男と次男、そして長女。長男が家督を継ぐことは決まっていますが、体が弱く頼りないため、ローエンシュタイン公爵家の中ではシャルロッテ嬢をその後の当主にという声もあるそうです」

「長男に子は?」

「娘が一人だけ。まだ幼いそうです」

「……シャルロッテの両親は?」

「亡くなっております。シャルロッテ嬢は三年前まではツヴァイク侯爵家の跡取り娘として育てられていたそうですが、ツヴァイク侯爵の意向でローエンシュタイン公爵家の下へ戻されました」


 たしかツヴァイク侯爵の子供は娘のみ。

 ローエンシュタイン公爵家には一応の跡取りがいる。本来ならシャルロッテはツヴァイク侯爵家の跡取り娘として育てられているのが普通だ。そうでなければツヴァイク侯爵も娘の結婚など認めないだろう。

 家が断絶してしまうからだ。

 だが、貴重な跡取り娘をローエンシュタイン公爵家に戻した。

 それはきっと配慮なのだろう。


「自らが誹謗中傷に晒されるから、シャルロッテを遠ざけたのか……」

「そのようです。シャルロッテ嬢は侯爵の容態が悪化したため、その看病に来ていたそうです。元々は跡取り娘ですから、亡くなったあとはシャルロッテ嬢が家のことを指揮しています」

「彼女の実力は?」

「〝雷神〟と呼ばれるローエンシュタイン公爵の才能を最も引き継いでいるという話です。評判どおりなら雷主体の魔導師ですな。現代魔法の使い手としては帝国屈指でしょう」


 帝国屈指。

 その言葉を聞いて、俺は眉をひそめた。

 そりゃあそうだろう。最高クラスの現代魔法の使い手が死んだんだからな。

 俺の表情に気づいて、セバスが頭を下げた。


「お許しを。配慮に欠けましたな」

「別にいい。ただの感傷だ。浸る俺が悪い」


 思い出すたびに心を痛ませてどうする?

 痛ませて亡くなった人が戻ってくるのか?

 ザンドラ姉上もツヴァイク侯爵も戻ってはこない。

 今、生きている者がすべきことは亡くなった人たちを想うことじゃない。

 それは平穏を手に入れたときにすればいい。


「――ツヴァイク侯爵がいない以上、シャルロッテに代わりを務めてもらうしかない」

「よろしいのですか? ツヴァイク侯爵の孫娘を利用するということですが?」

「今更だな。それにツヴァイク侯爵は元々、シャルロッテに託すつもりだっただろうさ」

「それはどういう意味ですかな?」

「自分が長くないことくらいはわかるはずだ。それなのに最も重要なローエンシュタイン公爵への手紙を書かなかった。まず初めに書くべきだ。だが、後回しにした。あとのことをシャルロッテに託すつもりだったからだ」


 シャルロッテがローエンシュタイン公爵を説得するのは簡単ではないだろう。

 しかし、可能性がないわけじゃない。

 ツヴァイク侯爵の孫娘であり、ローエンシュタイン公爵の下に預けられたシャルロッテならばローエンシュタイン公爵の心を動かせるかもしれない。

 だからツヴァイク侯爵は他の貴族への手紙を残した。ローエンシュタイン公爵を動かしさえすれば、北部貴族による会議は実現する。


「問題なのはシャルロッテにその気があるかどうかだ」

「家族を亡くしたばかりの少女に大任を任せるのは反対ですな。どこで崩れるかわかりません」

「まぁな。けど、彼女はツヴァイク侯爵の孫娘だ。それだけで期待する価値はある」


 俺がそういうとセバスはそれ以上、何も言うことはしなかった。



■■■




「シュヴァルツさんはこの後どうするの?」


 朝食の席に招かれた俺に、シャルロッテはそう訊ねてきた。

 どうするべきか。

 それを握っているのは俺ではなく、シャルロッテだ。


「前線に出るのも一つの手だが、内乱だからな。負け戦になればその後の仕事に支障が出る」

「傭兵も大変ね。ツヴァイク侯爵家に雇われるのはどう? 手が足りないし」

「別に構わないが、先の展望がない雇い主はごめんだ。君はこれからどうするつもりだ?」

「……領地の維持かな」

「ではレオナルト皇子が負けたらどうする? 反乱者に膝を折るか?」

「そうなったら戦うわよ」

「どうせ戦うなら勝ち馬に乗ってくれ。レオナルト皇子が健在の時に協力したほうが勝率は高いぞ?」


 レオが敗れればゴードンは従わない北部貴族に牙を向ける。

 その時に一致団結したとして、勢いづくゴードンに勝てるかどうか。

 レオとの戦いでゴードンが疲弊していたとしても、連合王国と藩国から援軍が到着する。

 レオがいるから北部国境は保たれている。いなくなれば即座に国境を崩しにかかるだろう。

 やはり北部貴族はどちらかにつくべきだ。


「勝率が高かろうと皇族に付くのは嫌。北部の貴族はほとんど同じ意見だと思うわ」

「レオナルト皇子についている貴族もいるみたいだが?」

「領地を失った貴族や皇族よりの貴族よ。彼らは……頭が良いんでしょうね」


 その言葉だけでよく理解できる。

 レオにつくメリットをシャルロッテはしっかり把握している。

 だが、それでも心情が邪魔をしている。


「レオナルト皇子がゴードンに勝てば、彼はエリク皇子に並ぶ帝位候補者だ。次期皇帝に恩を売れば、北部への冷遇もなくなる。そう考えての行動だろうな」

「わかってるわ。それが賢明なんでしょうね。レオナルト皇子の評判は聞いてる。南部を救った英雄皇子。良い人みたいね」

「だが、現状は劣勢だ。どれだけ評判がよかろうと負けちゃ話にならん」

「傭兵らしい意見ね。参考までに聞かせて。あなたならどうする?」


 シャルロッテが俺に問いかける。

 緑とブラウンの瞳が俺を試すように見つめてくる。

 この答えは大切だ。俺の直感がそう告げている。

 下手な答えを言えばシャルロッテの信頼は得られない。

 だが、良い答えなら信頼を得られる。


「……俺ならツヴァイク侯爵の意志を受け継ぐ」

「……北部貴族をまとめろってこと?」

「違う。ツヴァイク侯爵はまとめる気などなかったはずだ。会議を開き、話し合いの場を設けようとした。そこまでがツヴァイク侯爵の意志だ」

「……でも、会議は開けないわ。ローエンシュタイン公爵が参加しない会議じゃ求心力はないもの」

「なら参加させればいい」

「無茶言わないで。普通の老人じゃないのよ?」

「だが、ツヴァイク侯爵は君ならできると思っていたようだぞ? 手紙を書かなかったのは君に任せるつもりだったからだろう。ローエンシュタイン公爵の説得を」


 もしくは自分の言葉でもローエンシュタイン公爵は動かないと思っていたか。

 頑固者なら可能性はあるだろう。


「お爺様が私に?」

「ローエンシュタイン公爵を動かせば、大抵の貴族は動く。なら真っ先に書くのはローエンシュタイン公爵への手紙だ。それがないということは、手紙で説得という手段を取る気はなかったということだ」

「……あなたも頭が良いのね。そこまで私は頭が回らないわ」

「これでも団長なんでな。今の推測を信じるかは君次第だ。もしも意志を継ぐというなら協力しよう」


 そういうと俺は席を立つ。

 感触は悪くない。あとはシャルロッテ次第だ。

 そんな風に思っていると、後ろから声をかけられた。


「シュヴァルツさん」

「いちいちさんをつけなくてもいい。君は大恩人の孫娘だし、そもそも貴族だ」

「なら、シュヴァルツ。あなたは……私にお爺様の意志が継げると思う?」

「俺はローエンシュタイン公爵に会ったことはない。だから成否はわからない。だが……絶対に変わらない事実として、君はあのツヴァイク侯爵の血を継ぎ、跡取り娘として育てられた。羨ましいよ。俺も多くのことをあの人に学びたかった」


 それは本音だ。

 まだまだ学ばなきゃダメなことはたくさんあった。

 ツヴァイク侯爵からなら多くのことを学べたはずだ。


「あなたって……不思議ね。なんだかあなたの言葉を聞いてると、できそうな気がしてくる」

「やる気を出させるのも指揮官の役目だからな」

「そう……数日考えさせて。それまでは留まってくれる?」

「いいだろう」

「それと……私もシャルでいいわ。年もそんなに変わらなそうだし」


 そんな会話の後、シャルは自室へ足早に戻ったのだった。


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― 新着の感想 ―
[気になる点] ツヴァイク侯爵(故人)の場合、 「意志」と「遺志」どちらが適切なのだろうか
[良い点] シャルロッテのヒロインフラグが着々と [気になる点] 一段落したら、辺境の愛人枠になってそうな。
[一言] 皇族男性が臣籍降下する場合直系血族が女性しかいない家門に入婿する選択肢があり、その場合家門の家格、発言力などが大きくなるのでもともと有力な家門のツヴァイク侯爵家を血筋のよろしいシャルロッテを…
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