第三百二十一話 流星降下
フィンの視界には青色が広がっていた。
その青色の正体は蒼穹。
遠く、遥か遠くまで広がる澄んだ空。
この世界で自分しか存在しないのではと勘違いしそうになるほど、大きく、広い天空。
飲み込まれそうなほどの空を見上げながら、フィンはゆっくりと深呼吸する。
フィンが今いるのは雲の上。
上空に上がる前に敵の竜騎士団の大部分が離れたのは確認している。
雲に隠れてフィンは敵の上空まで接近し、奇襲をかけるつもりなのだ。
「不思議だね……ノーヴァ」
「キュー」
愛竜の首を撫でるとノーヴァはくすぐったそうに鳴いた。
竜騎士は飛竜の魔力に保護されているため、激しい空気抵抗からも守られている。
それでも雲の上の飛行というのは難易度の高い行為だったが、フィンにとっては散歩と大して変わらなかった。
いつもと違うのは手には戦うための武器があり、双肩には任務の成否が掛けられているという点だった。
「戦いだ……ずっと望んできたのに……いざとなると怖いね」
「キュー……」
「これしかなかった。お前と一緒にいるには……これしかないんだ」
役立たずの竜騎士にも、役立たずの飛竜にも居場所はない。
フィンを竜騎士たちの教官にという考えは、グライスナー侯爵の令嬢が勝手に言っていることだ。そこに私情があることも事実。
幼馴染という立場に甘えてはいられない。不安定な立場であることは間違いなく、価値を示さなければ安定はない。
だからフィンは戦場の空を選んだ。
しかし。
「……人を殺す……他の竜を殺す……」
自分の地位を確立するために武器を取れば、他者を蹴落とすことにつながる。
この奇襲でどれほどの竜騎士が命を落とし、どれほどの飛竜が傷つくだろうか。
彼らにも家族がおり、仲間がいる。飛竜と過ごした時間がある。
自分と変わらない人たちだ。
心の内にある迷いをここまで封じ込めてきた。しかし、空を見ていると自分が正しいのかどうか不安になってしまう。
怖いと思う自分がどんどん大きくなっていく。
だが、迷ってばかりもいられない。
フィンは強く六二式を握りしめた。
自分が戦うための力。託された物だ。
「……殿下が待ってる」
ゆっくりと深呼吸をする。
与えられた任務は敵の無力化。
飛竜を空にあげなきゃそれでいいと言われた。今になって、あの言葉が自分に気を遣ったものだと気づいた。
戦いたいと願い、叶えてくれた。
幼馴染を守りたいと願い、叶えてくれた。
最大限の配慮をして、送り出してくれた。
これ以上、迷惑はかけられない。
迷いはある。しかし、迷ったら心の声に従えと言われた。
だからフィンは心の中で一番大きな声に従うことにした。
「行こう、ノーヴァ……殿下のために」
「キュー!」
手綱を引くとノーヴァは少し上昇し、そのまま翼を畳んで一気に雲へ突っ込んでいく。
厚い雲は身を隠す防壁。
そこに隠れていれば、敵はずっとフィンとノーヴァには気づかなかっただろう。
だが、隠れてばかりはいられない。
約束したのだ。
勝報を届けると。
前線に出たのは自分だけじゃない。
後ろにいても文句を言われない立場の人間が前に出ている。危険を冒している。
帝国のため、民のため、家族のため。
同じような思いは抱けない。それでもその手伝いはしたいと思えた。
「行くぞ! ノーヴァ!」
声と共に雲を切り裂き、フィンとノーヴァは敵軍の上へと飛び出した。
誰もまだ気づかない。
上からの奇襲など想定していないからだ。
速度を緩めず、フィンは敵の陣目掛けて降下していく。
目標は多くの竜がいる竜舎。
「あった!」
懸命に視線を動かし、飛竜の姿を探してたフィンは多数の飛竜が集まる場所を見つけた。
敵の竜舎だ。
仮設だというのに見たこともないほど大きい。それだけ敵の竜騎士が多いということだ。
空にあげるなという言葉の意味がよく実感できる。
位置を調整し、そこに向かって降下速度を上げていく。
すると、さすがに下にいた兵士たちが気づき始めた。
「おい……あれなんだ?」
「ん? 竜騎士だろ。味方だ、味方」
「いや、でも……」
気づいていてもすぐに反応はできなかった。
軍の主力は帝国軍だ。竜騎士の大半は味方という認識があり、しかも空からの攻撃には慣れていない。
訓練していない行動はいきなりできないのだ。
幾人かの混乱と疑念を浴びながら、フィンはまるで流星のように突撃していく。
「頼むよ。六二式」
魔力を六二式に込めていく。
拡散モードは複数の敵を一気に倒せるが、そのためには溜めが必要になる。
フィンから送られた魔力がどんどん溜まっていき、やがて六二式の先がバチバチと放電し始めた。
魔力の充填が完了したのだ。
同時にフィンも射程圏に竜舎を捉えた。
ここからは臨機応変。
下ではさすがに異変に気付いた竜騎士たちが飛ぼうとしている。
だが、もう遅い。
「はぁぁぁぁぁ!!!!」
下にいた兵士が放った矢が一本、フィンに迫る。
それを回転して躱すと、同時にフィンは六二式を拡散モードで放つ。
いくつもの雷撃が竜舎を襲う。
建物は火災が発生し、翼に直撃した飛竜が悲鳴をあげていく。
しかし攻撃はそれでは終わらない。
竜舎に近づきながらフィンは雷撃を連射していく。
次々に襲ってくる雷撃に竜舎は完全に混乱状態だった。
空で城方面を警戒していた竜騎士たちが駆け付けたとき、ほぼ竜舎は全壊状態となっており、そこにいた飛竜や竜騎士も空へ上がれる状態ではなかった。
仲間をやられた竜騎士たちの怒りは一気に沸点へと達する。
「逃がすな! 絶対に逃がすな! あの白い竜騎士を必ず殺せ!!」
空にいたのは数十騎。
さらに竜舎からは離れていた竜騎士たちもどんどん空へ上がってくる。
次々に増える竜騎士の中でも、速さ自慢の竜騎士たちがフィンの追跡に当たる。
連合王国が誇る竜騎士の中でも精鋭たちだ。
それでもフィンは慌てない。
「いいぞ……そのままついてこい!」
速さ自慢の竜騎士たちを空で翻弄し、決して後ろを取らせない。
それどころか合間に反撃を加えて、敵の数を減らしていく。
すぐに連合王国の竜騎士たちは、敵がとんでもない相手だと理解し、無謀な追跡を諦めて、数に任せた包囲に移った。
いくらフィンとノーヴァが空での運動性に長けるとはいえ、囲まれてしまえば意味がない。動くスペースを潰されればどうにもできないからだ。
そう、昔はそうだった。
しかし、今は動くスペースを無理やり確保できる武器がある。
「こいつ! 何だ!?」
「魔導杖だ! 魔法が飛んでくるぞ!? ああ!? うわぁぁぁ!!」
行く手を阻む竜騎士たちを撃墜し、逃げるスペースを確保し続ける。
止められないならば、フィンとノーヴァには追い付けない。
翻弄され続ける竜騎士団をよそに、地上では大量の弓兵が準備されていた。
所詮は一騎の竜騎士。矢で撃ち落としてしまおうと考えたのだ。
だが、フィンはそんな弓兵たちに対して、あえて低空飛行で肉薄する。
「うわぁぁぁ!!??」
「突っ込んできたぞ!?」
「撃つな! 近すぎる!!」
攻撃もせず、低空飛行をしただけで混乱する地上部隊をよそに、フィンはディック城へと進路を取った。
敵陣の上で器用に動いていたフィンとノーヴァが、ようやく直線的な動きに移った。
それを見て、連合王国の竜騎士たちは一気に加速して追いかけた。
「逃がすか!」
「八つ裂きにしてやる!」
竜騎士たちは怨嗟の声をかけながら、フィンとノーヴァに迫る。
追跡してきているのは三十騎ほど。その後ろからさらに二十騎ほどが続く。
それを確認したフィンは城の城壁へ一気に突っ込む。
体当たりをする気なのかと、多くの竜騎士が速度を緩めるが、中にはフィンとノーヴァだけを見て止まらない竜騎士もいた。
そんな竜騎士たちを嘲笑うように、フィンはギリギリでノーヴァを上昇させた。
「くそっ!? うわぁぁぁ!!」
止まり切れず、城壁に竜騎士たちがぶつかっていく。
だが、追手の数はそこまで減らない。
「上昇したぞ! もう障害物はない! 加速しろ!」
「止めをさしてやる!」
合計で四十騎ほどの竜騎士がフィンとノーヴァを追って、ディック城の上空へと真っすぐ向かっていく。
あと少し、もう少し。
一人の竜騎士の長槍が届く距離まで迫った時。
一気にフィンとノーヴァが加速した。
今までの追跡劇が嘘のように、フィンとノーヴァは後ろに続く竜騎士たちを引き離したのだった。
「なんだ、と……?」
自分たちが引き付けられていたと察するのに時間はかからなかった。
だが、どうして引き付けたのか?
その疑問の答えは雲を切り裂いて黒い鳥に跨った白いマントの騎士たちが現れるまで気づくことはできなかった。
上昇だけを考えていた竜騎士たちはあまりにも無防備だった。
隊列などない。
「ちくしょう……帝国め!」
「回避! 回避だ!」
「間に合わない! 速すぎる!」
それに対して、整然と隊列を組んで第六近衛騎士隊が降下していく。
まるで猛禽の狩りのように。
すれ違い様に無数の火球を浴びて、追跡していた竜騎士たちは撃墜されていったのだった。
そして白いマントの騎士たちは城の上空を守るようにして散っていく。
自分たちの姿を誇示するように。
「第六近衛騎士隊だ……天隼部隊だ!」
「援軍だ! 皇帝陛下の援軍が来たぞ!」
「勝てる! 勝てるぞ!」
城に籠り、辛い籠城を行っていたレオの本隊にいる兵士たちが大いに湧き上がる。
だが、そんな勝利の叫びなど許さないとばかりに連合王国の残る竜騎士たちが集結して突撃を敢行する。
その数はいまだに第六近衛騎士隊よりも多かった。
「迎撃用意! 制空権を確保しろ! 皇帝陛下の名にかけて! 一人たりとも城に近寄らせるな!」
ランベルトの号令が飛び、第六近衛騎士隊が隊列を組む。
それに対して連合王国の竜騎士たちも隊列を組む。
だが、彼らは忘れていた。気づかなかった。
自分たちの頭上には流星がいるという絶望的な事実に。




