第二百八十六話 美学
「さてと、それじゃあ話を聞くわ」
「実は……」
「フィーネに聞いてるの。あなたに聞いてないわ。私と話したいならまずはそのダサい仮面を外しなさい」
「……」
こいつ……!
思わず頬を引きつらせるが、俺が何か言う前にフィーネが話を進めた。
「では、私から説明させていただきます。リナさんはシルバー様が帝国に加担したという話はご存じでしょうか?」
「連合王国の聖竜を討伐したって話かしら? たかが老竜を二匹討伐した程度で帝国に加担なんておおげさね」
「ですが、連合王国の守護聖竜です。あの介入で帝国は救われ、反乱軍は撤退を余儀なくされました。その介入はSS級冒険者としてあってはならないとギルド評議会は判断し、シルバー様を査問にかける準備をしています」
「馬鹿ねぇ。〝守護聖竜〟。その言葉がすべて物語っているわ。自国の防衛に使うというから見逃していただけ。侵攻に使ったならただのモンスターよ。私たちがSS級冒険者という枠組みから飛び出れば、大陸屈指の危険人物に成り下がるのと同じことよ」
「ギルド評議会はシルバー様がその枠組みから飛び出していると考えています。帝国への肩入れは目に余ると」
「なるほど。素敵な論法ね。それで? 彼らの真の目的は?」
「SS級冒険者をギルド評議会の管轄下に置くことかと。シルバー様が管轄下に置かれれば、前例ができます。そのうち、すべてのSS級冒険者の自由がはく奪されると思います」
フィーネの言葉を受けてリナレスはフッと笑う。
そして無言で立ち上がるとお茶の準備を始めた。
その間、フィーネは何もしゃべらない。
人には考える時間が必要だからだ。
「どうぞ、フィーネ」
「ありがとうございます」
リナレスはフィーネに淹れたお茶を差し出す。案の定、俺にはない。まぁ飲まないからいいんだが。
フィーネは礼を言って、そのお茶の香りを嗅ぐ。
「いい香りですね。落ち着きます」
「そうでしょ? 光翠花は薬にはよく使えるけど、お茶にするにはイマイチだったの。だから色々と工夫して、美味しく飲めるようにしたのよ。美容にすっごくいいわよ」
「だからリナさんは肌がお綺麗なんですね」
「もう! 上手なんだから!」
そう言って二人は他愛のない話を始める。
それは全然関係のない話だが、フィーネは笑顔でそれに応じている。
ここもフィーネの才能といえるだろう。なにせ我慢強い。
待つということも一つの戦術であることをよく理解しており、それを実行できるだけの精神力がある。
その甲斐あってか、やがてリナレスは話を戻した。
「……私の個人的な意見ではあるけれど」
「はい」
「シルバーが帝国に肩入れしていると言われるのは自業自得よ。冒険者はなるべく政治には関わらない。上のランクになればなるほど、それは重要になってくるわ。強い力を持つ者はそれだけで大きな影響を与えるから。私は前々から思っていたのよ。転移なんて便利な魔法を使えるのだから、シルバー、あなたはギルド本部に駐屯して緊急依頼が来たらそこに飛ぶという依頼の受け方をするべきじゃないかって」
「大陸全土を俺にカバーしろと?」
「あなたを必要とするのは帝国だけじゃないって話よ。私、あなたの力は認めてるのよ? 一対一の実力ならいざ知らず、できることの多さであなたに勝てるSS級はいないわ」
「意外だな。そこは認めていたか」
「もちろんよ。認めるべきところは認めるわ。どうかしら? 今の案を通せば、評議会は文句を言えないと思うのだけど? 大陸全土の民のためと考えれば悪くない話だと思うわ」
リナレスの目はどこか俺を試すような目だった。
さて、どう答えるべきか。
帝国に加担していると言われるなら、冒険者ギルド本部に居を構え、大陸中を飛び回ることを自分から提案する。そうすれば確かに評議会は何もいえないだろう。
あくまで緊急の依頼のみということにすれば、評議会からの介入も最小限に抑えられる。彼らは俺を好きに使いたいわけだが、この提案だとそういうわけにはいかない。
悪くない提案だ。
しかし、そうなると帝国では動きづらくなる。
俺の本当の姿のほうで問題が出るわけだ。
そんな風に思っていると、フィーネが静かに告げた。
「話になりません」
「あら? どうしてかしら? 民のために。それが冒険者の基本原則なのよ?」
「ですが、冒険者である前に皆、人です。生きる場所があり、関わる人がいる。それをすべて捨てろというのは横暴です。その提案ではすべての負担がシルバー様に集中してしまいます」
「だから言ったはずよ。自業自得だと」
「私は自業自得とは思いません。シルバー様は自分の手が届く範囲で全力を尽くしています。それが間違っているというなら、冒険者は何を信じて動くのですか?」
「間違っているとは言わないわ。普通の冒険者ならそれでいいの。けれど、シルバーはSS級よ。シルバーがいることで帝国はより外に力を向けられるという事実があり、シルバーはそれを証明してしまったわ」
「帝国が強国なのはシルバー様が現れる前からです。シルバー様がいなければ、いないなりに帝国は対策を講じ、外に力を向けます。帝国の強さとシルバー様を結びつけるのは詭弁です。むしろ、帝国がお金を使い、高ランクの冒険者をかき集めないというメリットが発生しています」
「そうよ。帝国は強国。大陸最強国といってもいいわ。だからこそ、諸外国は文句を言ってくるの。そしてその文句はあながち的外れじゃないわ。シルバーが帝都にいる。いつ出てくるかわからない。それだけで相手には心理的圧迫を与えられる。それは高ランクの冒険者をかき集めたところで発生しないことよ」
一瞬、リナレスとフィーネの視線が交差する。
どちらも言葉を口にしながら、相手の様子を窺っている。
高度な心理戦が繰り広げられているのだ。
「まるでシルバー様の恩恵を帝国だけが受けているというような言い方ですが、シルバー様は周辺国にも出向いています。公国の海域では海竜を討伐しているのが良い証拠です。大陸中央部にシルバー様がいることのメリットです」
「そのメリットがあるからデメリットに目を瞑れというのかしら? たとえば、諸外国がモンスターを自由に操る術を開発して、軍と一緒に攻め込んだらシルバーはそれを一瞬で壊滅させるのよ? 諸外国からしたらたまったもんじゃないわ」
「それは冒険者の基本原則に従ったものです。〝民のために〟。民に被害が出る可能性を事前に排除する。それが冒険者の仕事です。リナさんだって、同じ状況になればモンスターを討伐するはずです。違いますか?」
フィーネの言葉を受けて、リナレスは満足そうに笑う。
そしてゆっくりとお茶を飲み、告げた。
「いいわ。協力してあげる」
「ありがとうございます!」
「私程度に言い包められてるようじゃ、評議会の古狸たちに言い包められてしまうだろうから試させてもらったけれど……問題ないようね。正直、私が交渉を担当する羽目になるのはごめんだったのよ」
「そこは私が引き受けます」
「助かるわ。SS級冒険者って現場で暴れるのが仕事でしょ? みんな交渉って苦手なのよね」
「一緒にしないでもらおう」
「あなたは査問される側でしょ? 説得力に欠けるわ。やっぱり弁護は他人がしないと信用できないのよ」
そう言ってリナレスは俺を小馬鹿にしたように笑った。
やっぱりこいつとは合わない。
「ああ、そうそう。タダでっていうわけにはいかないわ」
「なんでしょうか? 私にできることがあれば……」
「駄目よ駄目。対価は本人が払わないと」
「なんだ?」
「そのダサい仮面を取りなさい。それで引き受けてあげるわ」
「えっ!?」
フィーネが驚いたようにリナレスを見つめる。
リナレスの目は本気だった。
これは外さないと協力はしてくれなそうだな。
「いいだろう」
「し、シルバー様!?」
慌てるフィーネをよそに俺は仮面を外す。
そして俺の素顔をリナレスにさらした。
「……馬鹿にしてるのかしら?」
「いや、真面目だが?」
「とても真面目には見えないわ。だって、あなたの顔が真っ黒に覆われてるもの。魔法で隠してるじゃないの」
「隠してはいけないと言われた覚えはない」
「あなたねぇ……! その魔法ごと吹き飛ばしてあげてもいいのよ?」
「お気に入りの部屋が壊れていいならやればいい」
「……嫌な男」
「利口といってほしいな」
そう言って俺は仮面を再度被る。
それを見てリナレスが顔をしかめた。
「仮面を外しなさいって、これから仮面禁止って意味だったのだけれど? 私、そのダサい仮面を被る男に協力したくないの」
「だったらそういうべきだったな。俺は一時的に外せと受け取った」
「白々しいわね……!」
ハンカチがあったらきーっと咥えて悔しがりそうな顔だ。
俺が鼻で笑うと、リナレスは今にも殴り掛かりそうな雰囲気を醸し出す。
それを見てフィーネが宥めにかかった。
「り、リナさん! 私が他の事で埋め合わせをしますので!」
「……結構よ。約束は約束。約束っていうのは過去の自分への責任。守るから美しいの。私、そこにいる不義理な男とは違うのよ」
「見事な美学と言っておこう」
「うるさいわね! あなたに褒められてもうれしくないわ! もう!」
リナレスはプンプンと怒りながら、俺とフィーネを家の外へ連れ出す。
そして真面目な口調で告げた。
「さぁ、行くわよ。自由な鳥を鳥かごに入れようとしている醜い人たちに教えてあげなくちゃ。鳥は自由だから美しいのだと」
「いや、お前を連れていくのは査問の直前だ。俺はノーネームを探さないとなんでな」
「ノーネーム? あの子ならダンジョンに行くって言ってたわよ?」
「ダンジョン?」
それは意外な形で転がってきた貴重な手がかりだった。




