第二百八十三話 非常識人ども
バイユーからドワーフの里まで必要な転移は二回。つまり、どこかで中継点が必要となる。
しかし、そんなことしたらジャックに逃げられるため、俺は二つの転移門を洞窟のようにつなげて用意していた。
本来、一回の転移でも普通の人にはそれなりに負担となるが、間を置かない連続転移はその比じゃない。
普通の人には絶対にやってはいけない。しかし、相手はSS級冒険者だ。
負担的には問題ないだろう。ただ、転移で酔いがさらに回るかもしれない。
エゴールの家が悲惨な事態になっているかもしれないが、まぁいいだろう。酒を持っていけば許してくれるはずだ。
そんなことを思いながら俺はドワーフの里に転移した。
すると。
「てめぇの差し金か! クソジジイ!!」
「やかましいわい! いきなり転移してきて吐くとかどこの国の挨拶じゃ!?」
「うるせぇ! 転移で酔いが回ったんだよ!!」
「酔うほど酒を飲むのが悪いんじゃ!」
「ブーメラン投げてんじゃねぇ!!」
エゴールの家は半壊しており、外ではエゴールとジャックが取っ組み合いをしていた。
醜い罵り合いをしている二人を見て、俺はため息を吐く。
だが、そんな俺の服を引っ張る奴がいた。
「呆れてないでさ、あれ、どうにかしてくれないかな?」
「あ、ああ……」
それはソニアだった。
ソニアは満面の笑みを浮かべながら、怒りの雰囲気を纏っていた。
言い知れぬ威圧感を覚え、俺は頷く。
そして俺は二人をそれぞれ別々の結界に閉じ込める。
だが。
「これで」
「ぬるい!」
「脆いわ!」
「……」
二人は拳一つで俺の結界を壊しやがった。
そしてまた殴り合いを始める。どちらもそれだけの力で殴っているのに、互いに大して効いてないあたりが化け物じみている。
「これだから非常識人どもは……!」
「その非常識人を他人の家に転移させた人も非常識だからね? わかってる?」
「一緒にするな。俺は酒に呑まれるようなことはない」
「そっか。お酒が入ってないのに非常識なら重症だね」
まだあの二人の酔っぱらいのほうがマシと言わんばかりの言い方に、俺は思わず眉を顰めるが今はソニアに抗議している場合ではない。
非常識人を止めるのが先決か。
俺は半壊した家を漁り、エゴールの白い杖を探し出す。これは杖であると同時にエゴールの愛刀だ。
俺はその杖とジャックの弓を手に持って、二人に声をかける。
「おい、そこの二人。自分の武器が大事なら今すぐやめろ」
「最低……」
「利口と言ってくれ」
「ああ? シルバー、てめぇ……俺を拉致したあげくに人の武器を人質に取るとかふざけてんのか!?」
「ふん! 我が愛刀がお主程度に壊されるわけないじゃろ!」
俺はエゴールの言葉を受けて、一つ頷く。
SS級冒険者の二人が使う武器だ。最上級の武器であることは間違いない。
壊すとなればそれなりに準備がいるだろうし、そんな時間を二人は与えてくれない。
だが。
「壊すとは言ってない。ランダムで転移させる」
「んだと……? なら大陸中探し回るだけだ! てめぇの言うことを聞くほうがむかつくぜ!」
「わ、わしは杖がなくても生きていけるし……」
「なら、この酒も一緒に転移させる」
俺はバイユーで買った二本の酒を追加する。
「なんじゃと!? 酒まで人質にするつもりか!?」
「この野郎……陰気な奴だと思ってたが、ここまでか!? 酒は解放しろ!」
「なんでお酒が一番効果的なのかなぁ……」
隣でソニアが呆れた様子でつぶやく。
こういうところが非常識人たちの非常識人たる所以だな。
「とりあえず喧嘩はやめて話を聞け。そうすればこの酒をくれてやる」
「……いいだろう。クソジジイと殴り合ってたら酒が抜けちまった」
「わしも酒が飲めるならそれでいいわい」
「そのお酒ってお爺さんへの報酬じゃ……」
「黙っていろ。向こうが納得しているんだ。交渉成立だ」
「……」
こうしてSS級冒険者の殴り合いは終息したのだった。
■■■
「査問ー? なんで俺がそんな面倒なことに関わらなきゃなんねぇんだよ」
半壊したエゴールの家で酒を飲みながら、ジャックが顔をしかめる。
俺とエゴールはジャックの対面に座りながら、説得にかかっていた。
「わしも面倒だとは思うがなぁ。しかし、これを許せばそのうち面倒事がわしらにも降りかかるぞ?」
エゴールは酒を杯になみなみと注ぎ、それをグイっと飲み干す。
それに負けないスピードでジャックも酒を飲んでいく。
二本では全然足りないな。
「面倒になったら冒険者ギルドを抜けるだけだ。俺は好きにやらせてもらう」
「そうならないためにお前たちに協力を仰いでいる。評議会を今回だけ黙らせるなら何とかなる。お前たちに協力を仰ぐことに比べれば、大して難しくないといえるだろう。だが、一度黙らせても諦めないだろう。それが問題だ」
ターゲットが俺ではなく、他のSS級冒険者に移ったら、そいつらは交渉などせずに冒険者ギルドを抜けると言いかねん。
それを阻止することを考えると、今のうちに評議会に大きな釘を打ち込んでおくべきだろう。
SS級冒険者は自由に行動している。それぞれ自分の好きな場所で、好きなタイミングで動く。だからか、今の評議会はSS級冒険者というものに実感がない。
報告で聞くだけの存在だと思っているから、どうにか相手ができると思うわけだ。
実際に目の前に現れればそれが盛大な勘違いだとわかるはずだ。
もちろん、それだけが目的ではないが。
「諦めさせたいならバベルに魔法でもぶち込めばいいだろうが。それでおしまいだ」
「冒険者ギルドのゴタゴタは民を不安にさせる。ただでさえ、今は大国同士の戦争が起こっている。強行手段は避けたい」
「あくまで話し合いというわけじゃな」
「そのとおり」
「民のためか……ご苦労なことだな」
ジャックはため息を吐き、ぼさぼさの亜麻色の髪をかき上げる。
髪と同じ色の瞳が俺を真っすぐに見つめてくる。
「SS級冒険者がギルドから離脱すれば、大陸中が混乱する。そんなことは……俺もわかってる。仕方ねぇから今回は協力してやる」
「感謝する」
「だが、タダでとはいかねぇ。俺の捜しモノに手を貸せ」
まぁそうだろうな。
基本的にジャックは大陸中を歩き回っていた。その捜しモノのためだ。
「いいだろう。事が終わればお前の捜しモノに手を貸してやる。できるかぎりだがな。ちなみに……その捜しモノは妻子か?」
「最初はそうだった。だが……八年前に妻は死んだ。娘が俺の師匠によって育てられている。俺の下を去ったあと、妻は師匠を頼ったらしい。だが、それを知ったのは妻が死んだことを知らせる手紙が来たときだった。せめて墓に一言詫びて、娘の成長した姿を見たい……」
「手紙には居場所について書いてなかったのか?」
「書いていなかった。ギルドに届いたものだしな。妻の遺言で師匠は俺と会わせる気はないらしい。俺も父と名乗る気はない。資格もないしな。ただ、一目見ることくらいは許してほしい……」
なるほど。
俺は一息つくと、家の外へ出る。
そしてゆっくりと深呼吸をしながら空を見る。
ジャックの師匠ということは、魔弓を使うということだろう。
そしてお爺様と呼ばれる存在から魔弓とよくわからん言葉づかいを習った少女を俺は知っている。
年を考えればジャックの娘でもおかしくないだろう。
「偶然か……?」
世の中、広いようで狭い場合もある。
だが、今、それを教えたら藩国に行くといいかねん。
とりあえず今は黙っているとしよう。
もしも偶然ではなく、必然だったとしても。
教えていいものかどうか。
「考えるだけ無駄か」
いずれまた会うこともあるだろう。
藩国は帝国と戦争中だしな。
そのときに聞けばいい。
父親に興味があるかどうかを。
全然違う赤の他人の可能性もあるしな。
そう納得して、俺は半壊したエゴールの家に戻ったのだった。




