第二百五十四話 竜王子
12時更新分。
今日から一日二回更新で頑張ってみます。
力尽きたら一回更新に戻りますm(__)m
時間は少し遡る。
フィーネたちより先に通路を抜けたトラウたちは、第二の包囲をいち早く抜けていた。
その理由はウェンディだった。ウェンディの幻術でトラウたちは兵士たちの目を掻い潜り、第二の包囲をさっさと突破していたのだ。
そして確実に第一の包囲へ向かっていた。
ただ一つ誤算があった。
ウェンディの負担を考え、トラウは自分たちの姿を消すのではなく、幻術を使って兵士の目を逸らしていた。しかし、それでは空からの目は誤魔化せなかったということだ。
「この大通りを抜ければ東門まではもう少しです。敵の包囲もあるでしょうが、そこは我々が囮になりましょう」
「殿下はクリスタ殿下たちと共に抜けてください」
「頼むでありますよ」
ライフアイゼン兄弟の提案にトラウは頷く。
皇族のために臣下が犠牲になる。それが当たり前などと思っているわけではないが、今はそれしか手がないと理解していた。
あれも嫌だ、これも嫌だと駄々をこねるのは簡単ではあるが、そうやって我儘を貫けば本当に譲れないモノも守れなくなってしまう。
譲らずに守るということができる力があれば別だが、トラウはそこまで自分を評価してはいなかった。
「皆、もう少しであります。頑張れるでありますか?」
「大丈夫……」
「リタも!」
「私も……大丈夫です」
クリスタ、リタ、ウェンディがトラウの言葉に答える。ウェンディだけは少し疲れた様子だった。今日一日で幻術を何度も使っているからだ。
これ以上頼るのは危険かもしれない。幻術を使っている最中に集中力が切れれば、相手に自分たちの存在がバレてしまう。そう思いつつ、トラウは大通りを渡るように指示を出した。
観察眼に優れたトラウが周りを見て、どこにも敵の視線がないことは確認済みだった。
絶好のタイミングに思えた。
しかし、それは空から聞こえてきた独特の風切り音によって、間違いだったと教えられた。
「殿下!!」
ライフアイゼン兄弟の兄、マルクスが剣を抜いて、トラウに投げつけられた投げ槍を弾いた。
「戦闘態勢!!」
指示は迅速だった。
トラウたちを囲むようにして防御態勢が出来上がる。
そんなトラウたちの前にゆっくりと竜騎士たちが降りてきた。
「音に聞こえたライフアイゼン兄弟がいるとは……私の勘も捨てたものではないな」
そう言うのは赤い竜に跨った男。
やや赤みがかった金髪に赤紫色の瞳。
端正に整った顔立ちをしているが、どこか野性味も併せ持った不思議な男だった。
その男の名はウィリアム・ヴァン・ドラモンド。
竜王子の通り名で知られた連合王国の第二王子だった。
「連合王国の竜王子か……騎士道精神に溢れた武人と聞いていたが、卑怯な反乱に加担するとは連合王国の騎士道も地に落ちたな」
「手厳しいが、返す言葉もない。甘んじてその言葉を受けよう。そう、私は卑怯者だ。しかし、祖国のためでもある。主を失い、第一線を離れたあなた方がここにいるのも祖国のためでは?」
「我らはトラウゴット殿下のために舞い戻ったまで。帝国のためではない。個人的忠誠のためだ」
弟のマヌエルの言葉にウィリアムは目を細める。
そして腰の剣を抜き放った。
「羨ましいことだ。良き臣下に恵まれたようでなによりだな。トラウゴット皇子」
「まったくその通り。自分にはもったいないでありますよ。そしてウィリアム王子。自分の首などあなたの武勲に加えていいのですかな?」
「謙遜はよせ、皇子。皇太子の同母弟であるあなたは特殊な立場だ。今もこうして護衛と共に城の外にいる。何かを持ち出したのではないか? たとえば近衛騎士団長より虹天玉を託されたとか」
ウィリアムはそう言ってトラウが腰につるしていた袋に目をつける。
元々、ウィリアムとその配下の竜騎士は城で待機していた。あくまで反乱はゴードンの領分だと思っていたからだ。
ゴードンにつくと決めたのはウィリアムの父である連合王国の王。ウィリアム自身は反対だった。個人的な友誼があるゆえ、帝国にはウィリアムが来たわけだが、ウィリアムとしてはゴードンには反乱などという手には頼らず玉座を手に入れてほしかった。
現皇帝に明確な落ち度があるならまだしも、ヨハネスの治世に明確な落ち度はなかった。軍部の反乱はあくまで軍部の都合。戦争がないことは民にとってはよいことであり、外交の成果でもあった。
それを軍の力を使って追い落とせば、反発は必至。
各地の諸侯は皇帝として認めないし、帝位争いの候補者たちは各地で反旗を翻すだろう。そうなれば帝国は大規模な内乱状態。
それを連合王国はもちろん、藩国や王国も望んでいた。
大陸中央に君臨する帝国は諸外国にとって、長年超えられない壁だった。領土拡大をしようにも帝国が必ず立ちふさがる。攻め込めば跳ね返され、逆侵攻を受けることも珍しくはなかった。
しかしウィリアムはそのような手段は好ましいとは思わなかった。乱れた国から領土を奪ったところで、民心はついてこない。大きな負債を手にするようなものだ。
遺恨も百年単位で残るだろう。帝国を丸ごと手に入れられるならまだしも、各国との取り合いになり、更なる戦いが生まれる。
大陸は激動の時代を迎える。乗り遅れまいとゴードンへの加担を決めた父に対して、ウィリアムは静観を提言したが聞き入れられなかった。
連合王国は島国。様子を見るということができる立地だった。
今でもウィリアムの考えは変わらない。この参戦はきっと愚策だったと思っていた。
しかし、愚策が実行されてしまった。ならば良策に変えるのが自らの役目だとウィリアムは思っていた。
そのためにゴードンの反乱は無事に成功させなければいけない。
だからウィリアムは、玉座の間で近衛騎士団長が虹天玉を守っているという情報を受けた時点で、空からの監視を行っていた。玉座の間ならば外に出る脱出路が必ずあるはずだからだ。
状況は一見すればゴードンの圧倒的有利に見えたが、虹天玉が三つでは聖剣に破られる可能性が高い。
四つ目を手に入れなければ反乱は失敗に終わってしまう。皇帝を討つのは四つ目を手に入れてからでもできる。
狙うべきは四つ目の虹天玉。
その優れた戦略眼で状況を的確に見抜いたウィリアムはこうして、トラウたちの前に現れたのだった。
「なんのことでありますか?」
「惚けるなら結構。無理やり調べるまで」
そう言ってウィリアムは配下と共にトラウたちに襲い掛かった。
竜騎士は強力だ。
小型とはいえ竜は竜。一般の兵士では太刀打ちできない力を持っている。
皇太子の側近たちで構成されたトラウの護衛といえど、苦戦は免れなかった。
竜の牙や爪を躱しつつ、竜騎士の剣や槍にも気を付けなければいけないからだ。
戦況は互角。しかし、それはウィリアムの望むところだった。
「さすがは皇太子の両翼。第一線を離れていても、私と打ち合うとはな」
「二対一で平気そうな顔をしておきながら、よく言う」
ウィリアムの相手はライフアイゼン兄弟たちだったが、ウィリアムは一歩も退かずに相手をしていた。
それを見て、竜王子という通り名は伊達ではないとトラウは感心する。
しかし、その感心はすぐに警戒に変わった。
ウィリアムが小さく笑みを浮かべたからだ。
その笑みに危機感を覚えたトラウは咄嗟に空を見上げた。
「勘の良い皇子だ」
「くっ!」
空を見上げれば数騎の竜騎士が新たに降下してきていた。
時間差での攻撃。護衛を引き付け、トラウの警護が甘くなった瞬間をウィリアムは狙っていたのだ。
急降下してくる竜騎士たちは投げ槍でトラウを狙う。
投げ槍は三本。
二本は弾いたトラウだったが、三本目は軌道を逸らすだけで精一杯だった。
「ぐぅっ!?」
左腹を投げ槍が掠る。
トラウは痛みで顔をしかめる。
しかし、痛みでうずくまったりはしない。そんなことをしている場合ではなかったからだ。
腰につけていた袋が今の一撃でトラウの下から離れていた。
道に落ちたそれをトラウは視線で追う。
自らの身よりも優先するそれを見て、ウィリアムは確信した。
「その袋を奪え! 虹天玉だ!」
ウィリアムの声を受け、竜騎士たちが一斉に動き出した。
させまいと護衛たちもその動きを阻む。
陣形は崩れ、乱戦状態になった。
そんな中、絶望的な音が聞こえてきた。
騎馬隊の音だ。
チラリとトラウはその足音の方向に目を向ける。
路地裏より現れたゴードンとその護衛と思わしき騎馬兵だった。
「まずいであります!」
トラウは叫び、袋の下へ向かう。
そんなトラウの横から竜騎士が襲い掛かった。
槍がトラウの肩を貫く。
竜騎士はそれを見て、袋に視線を移した。
しかし、それがその竜騎士の命運を分けた。
「舐めるなであります!!」
槍で肩を貫かれながら、トラウはもう片方の腕で剣を振るって竜騎士を切り伏せた。
そのまま何とか袋に手を伸ばすが、痛みで意識が朦朧として膝をついてしまう。
日頃から鍛えていなかったツケかと後悔しつつ、トラウは足に動けと命令を下す。
しかし、足は動かない。その間に敵は詰めてくる。
早く袋を。なんとか腕を伸ばすトラウの視界の中で、誰かが袋を拾い上げた。
その手は見慣れた小さな手だった。
「任せて……!」
「駄目であります! クリスタ!!」
袋を拾い上げたのはクリスタだった。
そんなクリスタに竜騎士たちが槍を伸ばすが、それをリタが弾き返す。
「通りを抜けて! クーちゃん!」
「うん……!」
家が立ち並ぶ場所に入れば、竜騎士は自由に動けない。
ゴードン達も騎馬だ。小回りが利く子供が逃げ回れば手を焼くだろう。
その判断は間違いではなかった。
だからこそ、ウィリアムはこれまでで一番強い声で命じた。
「絶対に逃がすな!!」
自らも向かいながらの命令だった。
そんな誰もがクリスタを狙う中、ルーペルトはゴードンに睨まれて硬直していた。
どうすればいいのか。
挑むのか、逃げるのか。
どちらかを選ばなければいけないのにルーペルトの足は動かない。
一番やってはいけない立ち竦むという選択をルーペルトは選んでしまっていた。
間違っているのはルーペルト自身もわかっていた。
それでも体は思うように動かない。心は冷え切り、恐怖に支配されている。
ルーペルトにとって年長の兄姉たちは恐怖の象徴だった。その中でもゴードンは特別怖かった。
だが、隣にいたアロイスの声でルーペルトの硬直は解かれた。
「殿下! 殿下! 僕がついています! 大丈夫です!」
「あろ、いす……?」
アロイスは真っ白な顔になったルーペルトの手を掴む。恐ろしいほど冷たい手だった。
それだけルーペルトは追い詰められていた。
しかし、判断はしなければいけない。
助けにいくにしても、逃げるにしても。
ゴードンはルーペルトたちとクリスタたちの間で立ち止まっていた。
ルーペルトたちが救援に動けば、それを防ぐつもりだったからだ。
「殿下、ご決断を!」
「決断……」
ルーペルトはアロイスに促され、ゴードンのさらに向こう。追われるクリスタの姿を見た。
助けなきゃと思った。せめてアロイスたちを送り込まないと。
だが、そうするとルーペルトは身動きが取れなくなってしまう。
第一の包囲がある以上、そこを突破する戦力が必要だった。
助ければ東門に行けない。
しかし、自分は囮。本物があそこにある以上は、守るのは当然。
だからルーペルトは護衛のすべてを救援に向かわせようと思った。
「助けに……」
呟いたその時。
アルの言葉がよぎった。
誰かが目の前で危機に遭っても助けちゃだめだぞ?
助けにいけば自ら囮だと明かすことになる。
そうすれば敵の戦力がすべて集中してしまう。
迷わせるのが自分の役割ならば、ここで助けにいってはいけない。
逃げるのだって勇気がいる。
フィーネの言葉をルーペルトは痛感した。
見捨てたくない。助けにいきたい。
その気持ちを封じなければいけないことがこれほど辛いとは思わなかった。
だが、ルーペルトは歯を食いしばり、涙を流しながら決断した。
「逃げよう……あの騎馬隊を引き付ける」
「殿下……わかりました!」
アロイスはルーペルトを庇いながら大通りを渡って、東門へと向かう。
それを見て、ゴードンは鼻で笑った。
「ふん、臆病者めが。あのような腰抜けが弟だと思うと虫唾が走る」
「見逃すのですか?」
「お前たちは一応追っておけ。あんな腰抜けが虹天玉を持っているわけがない。本命はトラウゴットだ。俺はあちらに行く」
「了解いたしました。追うぞ!」
騎馬隊がルーペルトを追う。
残ったゴードンはゆっくりとトラウたちのほうへ向かっていた。
その視線の先ではウィリアムがクリスタを捕らえていたのだった。




