第二百五十三話 包囲突破
アルが城で動いている頃。
フィーネたちも皇帝ヨハネスの下へ向かって動いていた。
玉座の間からの脱出路は帝都の上層に通じており、フィーネたちはそこから中層へ移動していた。
しかし皇帝がいる場所は東門。帝都の最外層のさらに向こう側だ。
そしてゴードンは皇帝に対して二重の包囲を敷いていた。
東門を囲む第一の包囲。中層付近で東門に向かう者を阻止する第二の包囲。
その第二の包囲にフィーネたちは差し掛かっていた。
「さすがにここを強行突破は頭が悪い考えだというのはわかりますですわ……」
いつも強行突破を選択するミアだが、防衛線を敷く大勢の兵士を見てそうつぶやいた。
そんなミアに苦笑しつつ、フィーネはしばし考え込む。
ここで騒ぎを起こしてしまうと、さらに奥に進むのが難しくなる。
どう考えてもここで最終防衛ラインではないからだ。情報によれば皇帝が拠点としたのは東門。そこをこの距離で包囲するなどありえない。東門近くにも包囲があるのはほぼ間違いなかった。
下手をすれば挟み撃ちですり潰されてしまう。
だからこそ、ここはすり抜けなければいけない。
しかし、ルーペルトとアロイス、そしてミツバとジアーナたちを連れてバレずに抜けるのは至難の技だといえた。
人数が多すぎて目に留まってしまうのだ。
護衛としてミアと近衛騎士がいるにはいるが、あくまで護衛。軍と戦うのは賢明とはいえない。
どうするべきか。
〝アルならどうするか〟。そのことにフィーネは思考を向ける。
限られた選択肢の中で、か細い道を見つけるのがアルは得意だった。敵も味方もすべてを観察し、分析してしまうからだ。
敵の戦力は質はともかく量は膨大。対して、こちらは量はともかく質は良好。
第一の目的はルーペルトが皇帝ヨハネスの下へたどり着くこと。第二の目的は誰も人質にならないこと。
そこまで考えて、フィーネは一つの案を導き出した。
「ルーペルト殿下。少しよろしいでしょうか?」
「な、なに? フィーネ」
「私やミアさんがいなくても殿下は大丈夫でしょうか?」
言ってる意味がルーペルトには一瞬わからなかった。
しかし、ミツバやアロイスはすぐに察した。
ミツバが心配そうな視線をフィーネに向けるが、フィーネはそれに対して微笑む。
「優先すべきはルーペルト殿下が陛下の下に向かうこと。私は囮になります」
「お、囮!? どうして!? 僕が持っているのは偽物だよ!? それを持っていくために囮になるなんて無駄だよ!」
「殿下、お忘れですか? それは本物なのです。ならばどんな犠牲を払っても陛下の下にお届けしなければいけません」
これは本物だ。
そうアルに言われたことを思い出し、ルーペルトはジッと袋を見つめる。
そう思って行動することを約束した。
しかし、偽物だとわかっている物を運ぶために、誰かが危険に晒されることにルーペルトは強い抵抗を覚えていた。
そんなルーペルトの手をフィーネは優しく包む。
「ご心配はとても嬉しく思います。しかし、これしか手はないのです。きっと私は追われるでしょうが、ミアさんもいます。それに……私は私で向かいたい場所があります」
「向かいたい場所?」
「はい。私が行くべきなのかはわかりませんが、試してみる価値はあると思います。ですから私とミアさんはこれから別行動をとります。それで生じる隙をついてください」
「でも……フィーネに何かあったら……アルノルト兄上になんて言えばいいか……」
「大丈夫です。皆ができることをやっています。アル様も、きっとレオ様も。あなたのお兄様やお姉様たちは手を尽くしています。あなたも今、自分にできることを」
そうフィーネに諭されたルーペルトは渋々ながら了承し、小さく頷いた。
そしてフィーネはミアの方を見る。
「申し訳ありませんが、お願いできますか?」
「もちろんですわ!」
「ありがとうございます。では、中層の真ん中に行きましょう。包囲は突破します」
「追手がすごいことになりそうですわ……」
「私に注意が向けばそれだけ周りが楽になります。では殿下。思いっきり逃げてくださいね。立ち向かうのは勇気がいることですが、逃げるのだって勇気がいります。感情を殺して、正しい判断をするのは難しいことですが……あなたはアル様の弟君です。きっとできます」
そう言うとフィーネは走り出した。
それに合わせてミアが矢を空に向けて放つ。
拡散したその矢は兵士たちを直撃し、防衛線に穴をあけた。
「な、なんだ!?」
「魔法か!?」
「しゅ、襲撃だ!! 襲撃だぞ!!」
兵士たちが叫ぶ中、フィーネはミアと共にその防衛線を走り抜ける。
その姿を見た兵士が叫ぶ。
「蒼鴎姫!? 蒼鴎姫だ!! 蒼鴎姫がいたぞ!! 捕らえろ!!」
「大人気ですわね……」
「知らない方から好意を示されるのはあまり好きではないんですが……今はありがたいですね」
そう言ってフィーネは笑いながらミアと共に走る。
大したお嬢様だと思いつつ、ミアは近づく兵士たちを吹き飛ばしていく。
「あなたたちにはもったいないですわ! おととい来やがれというやつですわ!」
「手練れの護衛がいるぞ! 変な喋り方の護衛だ!」
「なっ!? 今、私の喋り方を馬鹿にしたのは誰ですの!? あなた!? あなたですわね! 顔を覚えましたですわ! あとで遠くからドーンの刑ですわよ!!」
そう叫びながらフィーネとミアは中層の真ん中へと移動していく。
兵士たちの目はフィーネたちに完全に向いていた。それだけフィーネが有名であり、重要人物だからだ。
絶好の囮だといえた。
「殿下……そろそろ行きませんと」
「うん……」
アロイスに促され、ルーペルトはフィーネたちから視線を切って、移動を開始した。
万全の防衛線は綻びだらけになっており、その綻びをルーペルトたちはいとも簡単に突破した。
そうして、フィーネたちが気を引いている間にルーペルトたちは中層から外層へと向かっていく。
第一の包囲は東門の皇帝に注意が向いており、第二の包囲はフィーネたちに注意が向いているため、その道中は驚くほどスムーズだった。
しかし、簡単に行っているときに落とし穴というものは現れる。
大通りに入ったとき、ルーペルトは離れたところで交戦する一団を目にした。
「あれは!? クリスタ殿下たちでは!?」
アロイスが叫ぶ。
クリスタたちは敵に見つかったようで、交戦中だった。
問題なのはその敵が普通の敵ではなかったということだ。
「竜騎士……」
空を駆ける連合王国の竜騎士。
それがクリスタたちに襲い掛かっていた。
助けなければ。
そう思ったルーペルトだが、そんなルーペルトの視線に驚くべき人物が現れた。
ルーペルトたちとクリスタたちの間。
少数の騎馬隊が路地を抜けてやってきた。
それを率いるのは赤髪の偉丈夫。
「ゴードン兄上……」
そしてゴードンはクリスタたちを見たあと、反対方向のルーペルトたちを一瞥した。
ゴードンとルーペルトの視線が一瞬だけ合った。
その瞬間、ルーペルトの体は恐怖で硬直したのだった。




