第二百四十三話 性格
「邪魔ですわ!」
ミアはそう言って立ちふさがる兵士たちを全員まとめて吹き飛ばす。
そうして出来た道をフィーネたちは駆け抜けるが、そんなフィーネたちを行かせまいとどんどん兵士たちは湧いてきた。
城の下から中層まで何とかたどり着いたが、兵士たちは増える一方であった。
「キリがありませんですわ!」
「私たちだけに集中しているからでしょうね」
「そのようですね……」
ミツバの言葉にフィーネは頷く。
その場合、考えられるのは二つ。
自分たち以外の人質候補が捕まってしまったか、自分たち以外は全員が安全圏に入っているか。
おそらく後者だろうとフィーネは判断した。アルが裏で動き回っている以上、ほかの人質候補が捕まるというのは考えづらい。
だから他の者は無事に玉座の間に逃げ込んだのだろう。
問題なのはそのタイミング。
当初、アルは同時に人質候補を動かしていた。そうすれば敵の手も分散するからだ。しかしフィーネたちの城への突入は想定より遅れた。
後宮での足止めが思ったよりも激しく、そこで手こずったためだ。
そのせいで集中砲火を浴びる形になってしまった。
もっと上手くやれていれば。そう後悔しつつ、フィーネはミアの顔色を見る。
まだまだ元気そうではあるが、疲れていないわけではない。
このまま物量作戦で来られたら押し切られかねない。
何か考えなければ。
十字路に差し掛かり、そんな風にフィーネが少し焦り始めた時。
ミアが突然後ろを振り向いた。
そして。
「危ないですわ!」
ミアはフィーネを反対側の通路に突き飛ばし、ミツバたちを背に庇う。
すると今までフィーネたちが走っていた通路を風の刃が通りすぎ、先にある壁をズタズタにした。
「あらあら……動いちゃダメじゃない。殺せないでしょ?」
そう言って現れたのはザンドラだった。
その周りには多くの魔導師が控えていた。
「見ただけでわかりますですわ! さっきの妃の娘ですわね!? 目つきがそっくりですわ!」
言いながらミアは通路の真ん中に立つ。
咄嗟の判断とはいえ、フィーネと分断されてしまった。
ザンドラを倒さなければ合流は不可能となったからだ。
「ザンドラは禁術使いよ! 気をつけなさい!」
「気をつけなさい? 気を付けてどうにかなると思われているなんて……屈辱ね」
そう言ってザンドラは右足で床を叩く。
それを合図として、ザンドラの足元から無数の影が出現して、壁や床を伝ってミアのほうへ向かう。
「見たことない魔法ですわ!? 気持ち悪いですわね!」
言いながらミアは迫る影を撃ち抜いていく。
しかし、それを見てザンドラが笑う。
「甘いわね」
影はミアに向かっている分だけではなかった。
壁を伝ってフィーネのほうにも向かっていたのだ。
ザンドラはしてやったりといった表情を浮かべるが、それに対してミアはフィーネのほうを見ることもせずに弓だけを向けて矢を放った。
その矢は寸分違わずフィーネに迫る影をすべて撃ちぬいた。
「甘いのはそちらの認識のようですわね?」
「……調子に乗るんじゃないわよ! 一介の護衛風情が私に楯突くなんて無礼もいいところだわ!」
そう言ってザンドラは右手に光球を生み出す。
煌めくその光球に嫌な予感を覚えたミアは、咄嗟にザンドラがそれを投げるタイミングでミツバたちのほうへ隠れた。
すると徐々に巨大化しながら光球はゆっくりと通路を進んでくる。
スピードは大したことはない。問題なのはその特性だった。
光球は触れた壁や床を一瞬で塵に変えていく。
触れたモノをすべて塵に変える魔法など聞いたこともないが、目の前に事実、存在している以上はあり得ないとはいえない。
「禁術使いとはよく言ったものですわね!」
ミアはミツバたちを下がらせる。
反対側ではフィーネも後ろに下がっていた。
光球は通路を大きく削ったあと、行き止まりの壁を消失させて消えていった。
直接的なダメージはないが、フィーネとの距離が開いてしまった。
まずいと思いつつ、ミアは弓を構える。
十字路の真ん中にザンドラが立った。ちょうどフィーネとミアの間だ。
「さて、どうしてあげようかしら?」
「ザンドラ様。くれぐれも蒼鴎姫を傷つけないようにお願いします。重要な人質となるので」
そう兵士の一人がザンドラに忠告する。
興の乗ったザンドラが勢い余ってフィーネを殺さないか心配になったのだ。
それに対してザンドラは驚くほど素直にうなずいた。
「わかっているわ。皇帝に対する人質として重要だものね」
「ご理解いただきありがとうございます。ゴードン殿下もお喜びになります」
そう言って兵士が頭を下げた。
それに対してザンドラは何も言わずに左手を振った。
そして音もなく発生した風の刃が兵士の首を落とした。
「ふん! ゴードンの機嫌なんてどうでもいいのよ! 人質? 捕らえろ? そんな生ぬるいやり方じゃ私の腹の虫が収まらないのよ! すべてはあんたから始まったのよ! フィーネ・フォン・クライネルト! 蒼鴎姫と呼ばれるあんたがレオナルトとアルノルトに協力なんてするから、あの二人が調子に乗ったのよ! そのせいで私が苦渋を舐める羽目になったわ! あいつらの前であんたの首を掲げてやらないと気が済まないわ!!」
そう激昂してザンドラはミアに背を向けた。
隙だらけのその背中に向かってミアは矢を放つが、それはザンドラ配下の魔導師たちが張った結界によって防がれる。
「面倒ですわね!!」
ミアは今度は力を込めて矢を放ち、たやすく結界を打ち破るが、ザンドラはその矢を鞭で叩き落とす。
結界を破っている分だけ速度が落ちているからだ。
「ええい! 邪魔ですわ!!」
これではだめだと判断したミアは結界を張る魔導師たちを素早く倒すことを選んだ。
しかし、その間にザンドラはフィーネに迫る。
それを見てフィーネは告げた。
「ミアさん! ミツバ様たちを頼みます!!」
「フィーネ様!?」
「大丈夫です! 考えがあります! 信じてください!」
そう言ってフィーネはザンドラに背を向けて走り出した。
それをザンドラはゆっくりと歩いて追う。
フィーネ一人では決して逃げ切れぬとわかっているからだ。
狩人気分でフィーネにときおり魔法を放ちながら、ザンドラは少しずつ追い詰めていく。
「ほらほら! 逃げないと死んじゃうわよ!?」
「くっ……!」
魔法の余波で少し吹き飛ばされたフィーネは転倒するが、痛みに耐えて走り続ける。
そしてたどり着いたのはアルの部屋だった。
「はぁはぁ……」
「あらあら、アルノルトの部屋になんて逃げ込んでどうしたの? ここに何か仕掛けがあるのかしら?」
ザンドラはからかうようにして笑いながら部屋に入ってくる。
そして部屋を見渡し、高笑いし始めた。
「あっはっはっは!! もしかしてアルノルトに助けを求めにきたのかしら!? あの出涸らし皇子に!? 知らないなら言っておくけれど、あれはずる賢いだけで英雄じゃないわよ? そういう才能はすべてレオナルトに吸い取られたのがあの子だもの! 無力な卑怯者! それがアルノルトの本質よ! この状況で助けを期待する相手を間違えたわね!」
「アル様の本質はあなたにはわかりません……」
「あんたにならわかるとでも言いたいの? 笑わせないで! この状況で助けに来れる奴が長年出涸らし皇子なんて呼ばれるはずないでしょう! 策がアルノルト頼みなら死になさい! ここで死ねるならあんたも本望でしょう! あんたは選んだ男を間違えたのよ! 自らの愚かさに絶望して死になさい!」
そう言ってザンドラは風の刃を手の平に作り出す。
それをフィーネは恐れずに見つめる。
わざわざミアから離れる危険を冒したのは、この状況を作り出すため。
感情を優先させるザンドラは他者に手柄を渡したりはしない。そういう性格をフィーネは知っていた。アルの分析を常に横で聞いていたからだ。
だからこそ、フィーネが逃げれば必ず一人で追ってくると踏んでいた。
そしてそれはしっかりと的中した。
フィーネの仕事はこの状況を作り出すことまで。
この後はフィーネの仕事ではない。
だからフィーネは一言つぶやいた。
「――お願いします」
「なに? 今更許しを乞う気? やはり死ぬのが惜しいようね!」
ザンドラは勘違いをして笑い始める。
その後ろでユラリと灰色のローブを着た男が現れたことにも気づかずに。




