第二百三十五話 兵士の態度
俺たちは城の最上階である玉座の間を目指し、歩いていた。
中層から始まり、かなり上層のほうまで来たが、今のところ敵と遭遇はしていない。
敵も下層、中層と制圧するのに忙しいんだろう。兵士たちも全員が指示に従うわけではないだろうし、近衛騎士だっている。数こそ敵より少ないが、彼らは一人一人が精鋭中の精鋭。
入り組んだ城の中という場所も考えれば、兵士たちは近衛騎士たちに翻弄されていてもおかしくはない。
とはいえ、状況的に近衛騎士隊長が裏切っている。元上司について裏切る者も出てくるだろう。そうなれば近衛騎士対近衛騎士になってしまう。
どちらも精鋭。ただし裏切ったほうは奇襲できる。その差は大きいはずだ。
「急いだほうがいいかもしれませんね」
曲がり角に差し掛かって、警戒しながらのぞき込んでいたアロイスがそうつぶやく。
そんなアロイスの後ろからルーペルトが口を出す。
「こんなに順調なのに? 来る途中、敵には出会わなかったよ?」
「だが、味方にも出会わなかった。城には執事やメイドがたくさんいる。この巨大な城を維持するためにな。それなのに誰とも出会わなかった。いくら上層でも人がいないなどということはありえない」
敵に出会わないだけならまだいい。
下で手こずっているんだろうと判断できるからだ。
しかし、味方もいないとなるときな臭い。彼らはどこにいったのか?
「み、みんな避難したんじゃ……」
「どこに?」
「それは……」
「選択肢は二つ。下か上だ。敵が下にいることは彼らも察するだろう。耳の良い者なら下で剣と剣がぶつかり合い、怒号が飛び交っているのも聞こえるはずだからな。となると、避難するのは上だ。しかし俺たちも相当早く動き出している。そんな俺たちとも出会わないのは不自然だ」
避難というのは難しい。
大丈夫だろうとか、どこに行こうかと悩んでしまうからだ。
十人いれば二、三人は必ずそういう人間が出てくる。なのに、この場に残っている者が一人もいないのはおかしい。
では、なぜいないのか?
答えは簡単だ。
「俺が敵なら精鋭部隊を真っ先に玉座の間に向かわせる。それも静かに、な。これだけ人がいないならば、俺たちより先に敵の精鋭部隊が上層に来ていたと見るべきだろう」
「じゃ、じゃあ玉座の間も危ないんじゃ!?」
「普通ならそうだが、玉座の間を守っているのは近衛騎士団長だろう。魔法の使えないあの空間で、近衛騎士団長ほどの剣の達人が後れを取ることはほぼないだろう。玉座の間は安泰とみていい」
「ならなんで急ぐの?」
「精鋭部隊が玉座の間を制圧できないと聞いたら、相手が増援を送ってきます。今の位置では完全に挟み撃ちにあってしまいます」
「そのとおり」
アロイスの模範的な回答に俺は正解を出す。
俺たちはなんとしても玉座の間に入らなければいけない。そこが現在、城で一番安全だからだ。
しかし、そこを突破しようと敵も圧力をかけてくる。
時間をかければかけるほどこちらの身動きが取れなくなるし、アリーダでもどうしようもならなくなる。
「ここには敵はいなそうです。行きましょう」
念入りに廊下を確認したアロイスの言葉を受けて、俺たちは歩き出す。
そして再度、曲がり角が見えてきたとき。
その曲がり角から帝国軍の軍服を着た兵士たちが現れた。
彼らは一瞬、俺たちの姿に驚いた様子を見せたが、すぐに笑顔を向けてこちらに対応してきた。
「まだご無事な方がいましたか。よかったです。我々は味方です。どうか落ち着いてもらえないでしょうか?」
騎士たちが剣に手をかけたのを見て、一人の兵士が前に出てきた。
にこやかに接する彼らを見て、ルーペルトがほっと息を吐く。
だが、俺はルーペルトの手を掴んで、自分のほうに引き寄せた。
彼らがとてもきな臭かったからだ。
「落ち着くというのが無理な話だな」
そう言いつつ、俺は後ろに手をまわし、ハンドサインでアロイスに下がるように伝える。
ハンドサインを理解したアロイスは騎士たちに落ち着くように指示を出すフリをして、後ろに下がらせ始めた。
通路は一方通行。相手の数は五人。こちらは六人。ルーペルトが戦力外だし、俺も戦力には数えない。そうなると人数不利だ。
アロイスは城で相当剣の腕をあげたそうだが、過剰な期待はしないほうがいい。
ここは策を使わせてもらおう。
「状況からして疑ってしまうのは仕方ありません。我々も困惑しています」
「なら誰の指示で動いているか言え」
「我々は近衛騎士団長、アリーダ様の命令で動いています。上層の非戦闘員を玉座の間に連れていくのが任務です」
「近衛騎士団長が兵士に命令だと?」
「我々は反乱に加担せず、離反したのです」
「筋の通っているようで通っていない話だな。お前たちの話は上辺だけ。なんの証拠もありはしない」
「それは申し訳ありません。信じてもらいたいとしか言えません」
そう言いながら兵士たちはゆっくりとこちらに近づいてくる。
それに合わせてこちらも後ろに下がる。
再度ハンドサインで近場の部屋に入るように指示を出し、俺は時間稼ぎを始めた。
「信じてほしいならまず止まったらどうだ?」
「急いでいるのです。敵が迫っています」
「なら証拠を出せ。こちらの味方という証拠を」
「証拠はありません」
「では質問に答えろ。服についている血はいったいなんだ?」
彼らが怪しいのは態度だけじゃない。
その服には返り血がついていた。
「これは斬りかかられた際、反乱に加担した兵士を斬った際のものです」
「なるほど。面白い話だ」
そう言いつつ、俺は膝を曲げて走る準備をする。
彼らは間違いなく敵だ。
「なにが面白いのですか?」
「反乱に加担した兵士が正面から斬りかかってきたのか? なによりそんな者を近衛騎士団長がすぐに信じ、非戦闘員の保護を命じるなんてありえない。彼女が優先するのは玉座の間の守りと皇族の保護のはずだ。君らに命令するなら幼い皇族を保護しろというはずだ」
彼らはアロイスやルーペルトに反応しなかった。
アリーダならば必ず言い含めるはずだ。
俺の言葉を聞いて、兵士の顔から笑みが消えた。
その瞬間、俺はルーペルトを抱いて走り出す。
すでにアロイスたちは部屋の前におり、その部屋の扉を開けていた。
俺が滑るようにして部屋に入ると、騎士たちが扉を閉じた。
向こうからはドンドンと扉をたたく音が聞こえてくる。
「どうして敵だとわかったの……?」
「彼らの言うことがすべて本当だったとしても、彼らの態度がすべてを示していた。俺たちは曲がり角を曲がるときには慎重だった。どこで敵と会うかわからないからな。だが、彼らは確認もせずに歩いてきた。それが彼らの立場を示している。狩られる側ではなく、狩る側だと」
「あの一瞬でそこまで見ていたとは……さすがはグラウですね」
「向こうが不注意なだけだ。きっと彼らは玉座の間を制圧に動いた部隊の別動隊なんだろうな。玉座の間に向かう者を捕らえるというのが彼らの本当の任務だろう」
捕らえられないにしても、足止めをしなければ玉座の間に本隊が集中できない。
こちらの動き次第では本隊が挟み撃ちにされるからだ。
「それはわかったけど……僕らも身動きができなくなったよ?」
「それは問題ない。ルーペルト皇子、君の出番だ。そこの机の引き出しを開けてみてほしい」
俺に言われたとおり、ルーペルトは机の引き出しを開ける。
一見すれば何の変哲もない引き出しだが、底は二重になっていた。
「底にはめてある板を取ってみろ」
「板? こう?」
ルーペルトが引き出しの二重底を取ると、中から鍵が出てきた。
それを持ってこさせ、俺は今度はタンスにルーペルトを忍び込ませる。
「鍵穴があるはずだ。見つけられるか?」
「うーんっと……あった!」
ルーペルトはすぐに鍵を差し込み、それをひねる。
すると、部屋の壁が少しずれて隠し扉が現れた。
「これは……?」
「この城は知られていない隠し部屋や通路だらけだそうだ。俺はアルノルト皇子からその情報を伝えられている。あの皇子はこの城には相当詳しいらしいからな」
「全然知らなかった……でもこれで安心だね!」
そう言ってルーペルトがその隠し扉に向かおうとする。
だが、俺はそれを止めて、指を口に当てる。静かにしろというジェスチャーだ。
そして俺は騎士とアロイスたちに部屋に隠れるように伝える。
城の部屋は物だらけだ。
大人でも隠れる場所は一杯ある。
俺はルーペルトを連れて、カーテンに隠れる。
そんなことをしている間に部屋の扉が破られた。
「どこに行った!?」
「いないぞ!?」
「いや! あれを見ろ! 隠し扉だ! 少しずれている!」
「慌てて入って、閉め忘れたな! 追うぞ!!」
兵士たちは意気揚々と隠し扉を開いて、中へと入っていく。
全員が入ったのを見て、俺はカーテンから出ると隠し扉を閉めた。
「また鍵をかけてくれ。ルーペルト皇子」
「すごい! 閉じ込めた! どうして中に入ると確信できたの?」
「人は見たいモノを信じる。逃げたはず、隠れたはずと思っていればそれらしい痕跡を追ってしまうのが人というものだ。それと閉じ込めただけじゃない。地獄に落としたんだ」
「え?」
首を傾げるルーペルトを見て、俺はその頭に手を置く。
「この城の隠し通路や隠し部屋はほとんど歴代の皇帝が作ったものだそうだ。当然、そこには侵入者防止の罠がふんだんに備え付けられている。その罠を受け付けないのは皇族のみ。一応、念のために君に開け閉めをさせたのはそういうことだ」
「じゃ、じゃあ中に入った人は……?」
「さぁな。罠の種類までは把握していない。とりあえずすぐには出ることはできないだろうし、助けも期待できないだろう。即死したか、それとも苦しんでいるか。なんであれ地獄なのは間違いない」
俺の言葉を聞いて、ルーペルトが肩を震わせる。
人の死というものを感じてしまったんだろう。
「気にするなとは言わない。だが、命を狙われた以上は必死に抵抗する権利が人にはある。君も俺もその権利を行使しただけだ。だから覚えておけ。人を殺すということはこんな風に反撃されることもある。敵にもその権利があるからだ」
俺の言葉を聞いて、ルーペルトは静かにうなずいた。
十歳の子にはまだ早いことだったはずだ。
だが、状況はアロイスはもちろん、ルーペルトだって子供扱いを許してはくれない。
「行くぞ。玉座の間まではもう少しだ」
これまでは敵が思う通りにやってきたが、もう違う。
ここからは反撃の時間といかせてもらおう。




