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第二百二十一話 東西の国境




 帝国東部。

 そこには貴族が治める領地とは別の領地がある。

 ドワーフ自治領。

 皇国によって国を滅ぼされたドワーフに対して、父上が与えた自治領だ。

 広大な領地には複数の鉱山があり、そこから採れた鉱物でドワーフたちは多くの逸品を作り出す。

 それは帝国領内に出回り、その美しさに魅了された者が金を出し、その技術に魅了された職人たちが負けじと対抗する。

 ドワーフたちの懐も潤い、帝国にも多くの利益をもたらす。

 父上は居場所を失ったドワーフたちを上手く帝国に組み込んだ。

 そんなドワーフ自治領に俺は飛んだ。

 そこは精強なドワーフの精鋭たちによって守られている。帝国でも屈指の安全地帯であり、帝国とは違うルールがある場所だ。

 そこにエゴールがいると俺は知っていた。ソニアとその家族を守るためだ。

 転移したのは平凡な一軒家。

 一歩前に出ると後ろから声が聞こえてきた。


「なんじゃ、お主か。来たなら一言挨拶しにこんか」

「挨拶する間もなく後ろを取った人のセリフではないな、エゴール翁」

「これでも護衛のつもりなのでな」

「なるほど。しかし、ドワーフ自治領でそれは過剰ではないか?」


 ここを守るのはドワーフの戦士たち。

 自分たちが作った逸品で身を固め、戦場で恐れを知らないドワーフの戦士たちは、戦力換算でいえば人間の騎士の数倍はある。

 皇国がジアーナを差し出して帝国と和睦を選んだのは、このドワーフの軍勢が帝国の支援を受けて復讐しに来るのが恐ろしかったからだ。

 その自治領でSS級冒険者であるエゴールまで気を張っているのはさすがに過保護というものだろう。

 しかし。


「いつもならそこまで気を張ったりはせんよ。今は特別じゃ」

「特別?」


 そう言われて俺は結界で周りの様子を探る。

 すると明らかにドワーフの数が少なかった。

 戦士と呼べる者はほとんどいない。


「何があった?」

「ドワーフ王が皇国に攻め込むと決めてのぉ。今は軍を率いて東部国境じゃ」

「なぜこのタイミングで?」

「式典に皇国の重鎮を呼んだからだそうじゃ。今の帝国に頼っては祖国を取り戻せんと語っておった。わしも止めたが、聞く耳をもってもらえんでな」


 そう言ってエゴールはため息を吐いた。

 ドワーフたちにとって祖国を取り戻すのは悲願だ。

 だから今回の行動は不思議ではない。しかし、あまりにタイミングが悪い。


「ドワーフたちは本当に侵攻する気なのか?」

「それはないじゃろ。東部の元帥が止めておるよ」

「第一皇女か。それなら安心だな」

「そうじゃな。彼女は近場の貴族たちも呼び出し、ドワーフ王の説得に当たっているそうじゃ」

「近場の貴族? ラインフェルト公爵か?」

「たしかその貴族の名もあったのぉ」


 人づてじゃから自信はないがのとエゴールは笑う。

 だが、俺は違和感に眉をひそめた。

 あのリーゼ姉上がユルゲンを東部国境に呼び出すだろうか?

 ユルゲンはたしかに人格者だ。リーゼ姉上はたしかに説得には向かないし、ドワーフ王を説得するなら良い人選ではある。

 しかし、そんな手段をリーゼ姉上が取るだろうか?

 かなり怪しい。ユルゲンが見かねて駆け付けたというほうがしっくりくる。

 実際のところはそうなのかもしれない。

 だが、俺の頭の中では何かが引っかかる。


「何か悩み事かのぉ?」

「そんなところだ。近いうちに帝都で異変が起こる。というかすでに起きて、手一杯だ。手を借りたい」

「お主には借りがあるからの。もちろん手を貸そう」


 そう言ってエゴールは俺の言葉を待った。

 エゴールへの貸しは一度だけ。大事に使うべき貸しだ。

 この戦力をどこに向かわせるか。とても重要になる。

 帝都に来てもらうか? それとも別の場所に回すか?

 しばし考えた後、俺は口を開いた。


「では……東部国境に向かっていただきたい。いざとなればドワーフ王を力づくで止めてもらいたい」

「構わんが、わしがいかんでも元帥が止めると思うがのぉ」

「元帥と衝突したと知れれば帝国とドワーフの仲が悪化する。治安が悪化すれば冒険者たちが駆り出される。帝国の冒険者はそこまで暇ではない」


 あちこちで起きた問題で冒険者たちは駆り出されている。

 商人の護衛やら森から出てきたモンスターの討伐やら。今、冒険者は忙しいのだ。

 これ以上の問題は許容できない。

 そんな俺の言葉にエゴール翁は深く頷く。


「うむ、たしかにその通りではあるな。ではわしが行こう。わしが東部国境の砦に入れば、皇国も迂闊には動けんだろうからな」

「察しがよくて助かる」


 エゴールはドワーフの国と皇国との戦いには参加していない。冒険者だからというのと、単純にその場にいなかったからだ。

 しかし、今回は傍にいる。皇国としても東部国境に隙ができたと思ってもエゴールがいるだけで動けないだろう。

 エゴールが冒険者である前にドワーフであるということを取れば、どれだけの兵力差も意味がなくなる。

 最悪、帝国からの逆侵攻を受けかねない。

 そういう意味でもエゴールが東部国境にいることには意味がある。


「では、よろしく頼む」

「うむ、承った。しかし……お主は忙しい男じゃな。あの子に会ってはいかんのか?」

「必要ない。あなたが傍にいるのだろう?」

「もちろんじゃ。あの子に道案内してもらわんとわしは東部国境にいけんからのぉ」


 わっはっはとエゴールは愉快そうに笑う。

 そんなエゴールの様子に笑みを浮かべると、俺はその場を転移して離れた。

 残念ながらゆっくりするほどの時間はない。

 一度、帝都に転移し、そのままさらに西部へと飛ぶ。

 向かう先はクライネルト公爵領。

 その屋敷の前に飛んだ俺は静かに門の前に出る。


「何者だ!?」

「SS級冒険者のシルバーだ。クライネルト公爵に会いにきた」

「し、シルバー!?」


 門番が驚いたように後ずさる。

 しばし動揺した様子だった門番だが、すぐに我に返って門を開けた。


「し、失礼しました! あなたは無条件で通せと公爵のご命令です!」

「助かる」


 そう言って俺は門を抜けて屋敷へと入っていく。

 もう夜も遅いというのに屋敷は騒がしかった。

 しきりに人が行き来しており、その人たちは毎度俺の姿を見てギョッとしたような顔をしていく。

 なぜここまで騒がしいのか。

 疑問に思いつつ、俺はクライネルト公爵の部屋の扉を開けた。


「領内東部にいた騎士隊は呼び戻しました」

「急がせろ。最低でも朝までには五千の騎士を揃える」


 部屋の中にいたのは鎧姿のクライネルト公爵だった。

 俺の姿に気づいたクライネルト公爵は家臣を下がらせる。


「ようこそ、シルバー。残念ながら歓迎する暇はないのだ。手短に済ませられるだろうか?」

「好都合だ。こちらも時間がない。だが、その前に質問だ。この騒ぎはなんだ?」

「簡単なことだ。王国軍の動きが怪しいと西部国境から連絡が入った。この式典の際中に軍を動かすというのはただごとではない。西部国境守備軍はそう判断し、私に連絡してきたのだ。いざというときには援軍を頼むと」

「なるほど、さすがは国境守備軍。大したものだ」

「こちらも質問がある。なぜ王国軍は動く? 我が国は聖女レティシアがいるというのに」

「……俺が喋ったというのは内密に頼むぞ?」

「もちろんだ」

「――城で聖女の暗殺事件が起きた。事件の首謀者はダークエルフ。来賓として来ていたエルフに扮して、城に潜入していた」

「せ、聖女が暗殺されただと!?」


 クライネルト公爵は顔を青くして、椅子から立ち上がる。

 俺は落ち着くように両手で諫める。


「続きがある」

「早く言ってくれ……」

「聖女の暗殺は偽装だった。聖女は拉致されたのだ。それを現在、レオナルト皇子が追っている。おそらくこの一連の事件には王国も絡んでいるんだろう。王国軍がこのタイミングで動いているのが良い証拠だ」

「……いますぐにでも倒れてしまいそうだ」


 クライネルト公爵は天井をみあげて、額に手を置く。

 まぁ拉致されたという時点でまったくもって大丈夫じゃないからな。

 レオが失敗すれば経緯はどうあれ、帝国が悪者だ。

 王国との関係は決して修復できないものになるだろう。


「疲れたところ申し訳ないが、これから本題だ」

「やめてくれと言ったら喋らないでくれるか?」

「無理な相談だな。帝都で反乱の気配がある」

「……ゴードン皇子か」

「ご名答。まだ可能性の段階だが、帝都は手薄となった。仕掛けるなら明日だろう。何事もなければいいが……何か起きれば皇帝を守る者は少ない」

「いいだろう。万が一、反乱が起きたならば帝都に向かう」

「話が早くて助かる。といっても、周到な反乱の場合は俺も身動きがとれん。準備だけはしておいてほしい。動けるようになれば帝都までの道は開こう」

「それは問題ない。どうせ王国軍に備える必要があるのだから。時間があるならば他の諸侯にも声をかけておこう。我々が帝都に向かえば、西部国境に援軍として向かえる軍がいなくなってしまうからな」


 そう言ってクライネルト公爵は今後の方針を素早く示した。

 さすがは皇帝にも信頼される公爵だ。


「では俺は失礼する」

「シルバー。最後に質問がある」

「なにかな?」

「君を送り出したのはアルノルト皇子かな? いくら君でも城の内情まで手に取るようには知れないはずだ。あの皇子が動いているのだな?」

「だとしたら?」

「いや、伝言を頼みたいのだ。娘を頼むと」


 その表情はにこやかで、口調には信頼がにじんでいた。 


「ずいぶんと信頼しているようだな? 出涸らし皇子を」

「他人の評価など気にはしない。私は娘が信じるあの皇子を心の底から信じている」

「そうか……では伝えておこう」


 そう言って俺はフッと笑って転移門を開いた。

 この親にしてあの娘ありといったところか。

 そんなことを思いながら俺は帝都に戻ったのだった。











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― 新着の感想 ―
[一言] 更新ありがとうございます。
[良い点] まさに暗躍 かっこいいですね
[一言] さて、今回も色々とフラグが! この作者さんは本当に忘れたころに斜め上からのフラグ回収するから気を付けないとw 元帥が何かやらかしそうだし アルは外堀埋められそうだしw 色々と楽しみにしてい…
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