第二百七話 説明の時間
「さて――言い訳を聞こうか? アルノルト」
玉座の間にて父上が冷たい声でそう告げた。
その横にはフランツが立っており、エリクやゴードンにコンラートやヘンリックもいた。主だった接待役は勢ぞろいだ。
唯一姿が見えないのはトラウ兄さんだ。まったく、この中じゃ一番味方してくれそうだってのにどこにいるのやら。
「言い訳なんてありませんよ。父上」
「皇帝陛下だ、アルノルト」
「無駄ですよ! 皇帝陛下! こいつはレオナルトを城の封鎖を破って外に出したんです! 兄上方に斬りかかろうとしたレオナルトを、です! 二人とも正気じゃない! 今すぐ投獄すべきです! 犯人である護衛隊長はまだ見つかっていませんし、その仲間かもしれない護衛の鷲獅子騎士たちとともにおかしな弟を逃がしたんです!」
「城の封鎖は破ってないぞ? ヘンリック」
強硬な態度をとるヘンリックに向かって俺は告げる。
それを聞き、ヘンリックが俺を睨みつけてきた。
「なにぃ? ふざけたことを抜かすな! レオナルトを城の外に出しただろうが!」
「門を開けて出て行ったわけじゃない。空から出て行ったんだ。破っちゃいない」
「そんな屁理屈が通るか!」
「屁理屈じゃない。城を封鎖するのは近衛騎士団の役目だ。空から出ちゃ駄目とも言われてないし、空も封鎖されていなかった。だからレオに散歩でもしてこいって送り出したんだ。非があるとしたら近衛騎士団のほうだ」
「そんなふざけた話があるか!」
ヘンリックが顔を真っ赤にして食って掛かってくる。
だが、肝心の父上は呆れた表情を浮かべているし、その横にいるフランツに至っては笑っていた。
「フランツ。なにがおかしい?」
「失礼を。陛下。こうも見事な責任転嫁は最近、見ていませんでしたので」
「良いことではない。アルノルト。報告ではお前はエルナを使って、騎士団長の動きを制止したと聞くが?」
「それは勘違いです。騎士団長があまりに怖くて。なにせ……騎士団長の弟を死に追いやったのはレオですから。攻撃でもしてきたのかと思いましたよ」
俺の言葉に耐え切れずにコンラートも笑いだした。
それを見て、ゴードンがきつくコンラートをにらんだ。
「不謹慎だぞ。コンラート」
「俺に言われても困るっすよ。兄上。アルノルトに言ってください」
「ふん……アルノルト。真面目に答えろ」
「真面目に答えてますよ」
素知らぬ顔で俺は告げる。
するとゴードンの顔に青筋が浮かび上がった。
破裂寸前って感じだな。まぁ破裂してくれてもかまわないんだが。
しかし、そんなゴードンとはうって変わって冷静に俺を見つめてきたのはエリクだった。
「アルノルト。お前は理由があっても滅多に動かん。そんなお前が騒動になることを承知でレオナルトを外に出した。そこには何か理由があるのではないかと私は思っている」
「なるほど。そうかもしれませんね」
「ならば聞かせろ。一体、どんな理由でレオナルトを外に出した?」
「真面目に聞いていただけると?」
俺は父上に視線を向けながら告げた。
問題を起こした者を裁くといった雰囲気の中で、俺が何をいったところで誰も取り合わない。
妄言で片付けられては困るのだ。何か理由があったはずだと耳を傾けてくれなければ意味はない。
弁解でも釈明でも駄目なのだ。俺が弱い立場で何かを話すことは避けなければいけない。俺がしたいのは説明だ。
しかし、この場に完全な味方は存在しない。俺の立場はあくまで問題を起こした皇子。弱いままだ。
だからふざけたことをしゃべってみた。これではらちが明かないと判断したのか、父上は静かにうなずく。
歩み寄る姿勢を見せたのだ。
「もちろん聞こう。何か理由があったのだろう? 話してみよ」
「では俺の推測を話させていただきます。先に結論だけ言っておきますが、おそらく聖女レティシアは生きています」
「なにぃ?」
父上が目を細め、ほかの皇子たちは俺に鋭い視線を向けてきた。
それはさきほどのふざけた話以上にふざけた内容だったからだ。
だが、一度聞くと言った以上、父上は俺の言葉を遮ったりはしない。だから俺はそのまま説明を続けた。
「そう思う根拠をあげます。まず状況証拠として護衛隊長が犯人かと思われていますが、護衛隊長がもしも反帝国勢力だったとして、自分が犯人だという証拠を残すはずがありません。王国の護衛隊長が聖女を殺したところで、帝国の非にはなりませんから」
「……お前と同じ意見のようだな。フランツ」
「私がたどり着いたのは護衛隊長は犯人ではないというところまでです。聖女レティシアが生きているという可能性は思いもよりませんでした。殿下、どうぞお続けください」
さすがは宰相。あの部屋の違和感には気づいていたか。とはいえ、わかることはそれだけだ。
代々素養の高い者を血筋に加えてきた皇族は大陸屈指の名門だ。その血筋の人間がよく観察してようやく違和感に気づく。
それがあのレティシアの遺体の秘密だ。平民出身のフランツではどうあがいたって気づきようがない。だから違和感に気づいていても城の封鎖には反対しなかったんだろう。
護衛隊長の仕業に見せかけた犯行。たとえそうであっても犯人が城にまだいる可能性は十分にあったからだ。
しかし真実はそうじゃない。
「二つ目の根拠は魔奥公団です。奴らの拠点はシルバーが壊滅させましたが、そこでは聖女レティシアを魔法の実験に使うという資料がありました。それは父上も御覧になられたのでは?」
「ああ、見た」
「では不自然さに気づきませんか? 魔奥公団は魔法の研究に憑りつかれた者たちの集まり。その目的は魔法を追求すること。その魔奥公団では、聖女レティシアを捕まえる算段は立てていなかった。していたのはどうやって聖女レティシアを使うか。まるで手に入ることが前提のような行動では?」
「誰かが聖女をさらい、魔奥公団に引き渡す。その流れができていたと?」
エリクがそう質問してくる。
その顔はさきほどよりよほど険しい。
俺の話が現実的であればあるほど帝国としてはまずいから当然の反応だな。
「そう考えるのが自然でしょう。しかし、聖女レティシアの遺体はたしかにあった。あれが本当に聖女レティシアの遺体だとしたら、魔奥公団は何の得もしていません。得をしたのは王国と犯人だけとなります。王国は護衛隊長を犯人扱いし、真犯人に追手を差し向けなかった帝国の非を責めるでしょうし、犯人は逃げる時間を稼げました。これだけ手が込んでいる以上、いまだに城に残っているということはないでしょうからね」
「魔奥公団の拠点はシルバーが壊滅させた。だからこそ、方針を変更したのではないか?」
「その可能性もありますが……魔奥公団が帝都に潜入していた以上、何らかの協力関係があったことはほぼ間違いないでしょう。協力関係を結んだ以上は成果を渡すのは当然です。魔奥公団の拠点は帝都だけということはないでしょうし」
魔奥公団が組織として壊滅させられたならまだしも、壊滅させられたのは帝都の一拠点。古くから存在する犯罪組織ならあちこちに構成員がいるはずだ。
帝都で引き渡せないにしても、別の場所で引き渡すことは可能だろうし、なんなら帝都にいた奴らと聖女を受け取る奴らは別ということも考えられる。
考えればキリがない。
「となると……あの遺体はなんだという話になってくるな?」
「はい。聖女レティシアが攫われているという根拠こそ、あの遺体です。父上や兄上方はあの遺体に違和感を覚えませんでしたか?」
「……遺体を眺める趣味はないのでな。お前は感じたのか?」
「ええ、観察してたので。じっくりと」
一瞬、父上が顔をしかめる。エリクも同様だ。ゴードンはふんと鼻を鳴らして小馬鹿にしている。
所詮はすべて推測だと言いたげな表情だ。
「それでアルノルト。遺体に違和感があるからなんだ? お前が遺体を見慣れていないだけだろう?」
「逆に聞きますが、遺体を見慣れているのに違和感に気づかなかったのですか? ゴードン兄上」
俺の言葉にゴードンの目が血走った。
ゴードンが一歩前に出て俺に向かって行こうとするが、それを父上が制止した。
「ゴードン。落ち着け」
「こんな出来損ないに馬鹿にされたとあっては俺のプライドに関わるのです!」
「お前のプライドの話などどうでもいい。そもそもアルノルトの言う通りならお前が気づけなかったことをアルノルトが気づいたということになる。馬鹿にされて当然だ」
「アルノルトの言葉を信じるおつもりか!?」
「確かめる価値はある。聖女レティシアの遺体をここへ。ただし……誰も違和感を覚えなかった場合はわかっているな? アルノルト」
「どうぞ。お好きなように」
そう言って俺は軽く頭を下げる。
どうにかここまで来た。
あと一押しだ。
ここで推測が正しいことを証明されると、この場にいる者たちの俺を見る目が変わってしまう。それは望ましいことではないが――弟のためだ。
仕方ない。
所詮、侮られているのも手段の一つ。俺の目的はレオを皇帝にすることなのだから。
今回は本気の全力でいかせてもらおう。




