第百八十八話 射的
書籍版、おかげさまで順調に売れているようです(`・ω・´)ゞ
SSついているのは初回だけなので、受付嬢のSSを読みたい方はお早めに!
「美味である!」
「金を払ってから食え!」
祭りといえば露店。
そう言われて俺はオリヒメによって祭りに連れ出されていた。
もちろんお忍びでだ。
「うむ! 我が従者よ! 払っておくがよい!」
「まったく……」
俺は露店のモノを勝手に食ったオリヒメを注意しつつ、店主に頭を下げて料金を払う。
こういう祭りで要人がお忍びで回るというのは珍しいことじゃない。
過去にもそれを願い出た要人はけっこういる。帝都の祭りはそれだけデカいってことだ。
だから帝国側でもそういう時の対応は準備している。
変装用にフードつきのコートが渡され、完璧な護衛体制で祭り巡りはなされる。コートは城が保有する魔導具だ。その効果は折り紙付き。
フードを被ればほぼ気づかれない。とはいえフードが脱げれば効果は切れるし、被る前から被った者を認識していた者には通用しない。
だから俺とオリヒメの周囲には近衛騎士が一定間隔でついて回っている。エルナは少し遠目から俺たちを見ており、ほかの騎士は祭りの客に成りすましている。
俺とオリヒメの設定は従者とお忍びのお嬢様。名前を呼ぶとバレる可能性があるため、オリヒメは俺を従者と呼ぶ。俺以外の皇子なら拒否しかねない設定だが、どうせいつも従者みたいなもんだから俺に否はなかった。
そういう手の込んだ護衛の下、このお忍びは成立しているのだが、オリヒメにその自覚はない。
好き勝手に動いて、俺ですらついていくだけで精一杯だ。周りの近衛騎士たちは苦労しているだろうな。
「次はあっちだ! 従者よ!」
「おい! 待てって!」
「待たぬ!」
ハイテンションなオリヒメは人込みの中を器用に走っていく。
わっはっはー! とか妙な笑い声をあげながら走っているため、どうにか追えているがそのうち見失いそうで怖い。
まぁそのためにエルナが遠くに控えているわけだが。
はぐれたらきっとエルナがオリヒメを捕まえる。そしてその時点でお忍び終了となる。
正直、そのほうが楽なんだが、ずっと城の中だと暇だと騒いでいたオリヒメのストレス発散も兼ねているし、はぐれてエルナに捕まえられたらオリヒメが不機嫌になるのは目に見えている。
「ままならんなぁ……」
ここで面倒事を引き受けるか、あとで引き受けるかの違いだ。
それならオリヒメの機嫌が良くなる展開のほうがまだ楽ということで、必死に俺はオリヒメを追いかけた。夜になれば仮面の義賊にも会いにいかないといけないってのに、体力を使わせてくれる困った奴だ。
そしてようやく追いついたと思ったら、オリヒメは一つの露店に釘付けになっていた。
「はぁはぁ……やっと追いついたぞ……」
「我が従者よ! 妾はこれがやりたいぞ!!」
目をキラキラさせてオリヒメが告げた。
どんな露店だと俺は膝から手を離し、体を起こす。
するとそこにあったのは射的の露店だった。
おもちゃの弓で棚に並べられた景品を射って、下に落とせばその景品をもらえるという露店だ。祭りには昔からある古典的な露店といえる。
「あのなぁ……」
「やりたいやりたい!! やりたいぞ!!」
俺が露骨に嫌な顔を見せると、オリヒメが服を掴んで子供のようにせがんでくる。
上目遣いで頼んでくる姿は小動物のようでやらせてあげたい気持ちも湧いてくるが、やらせたが最後、きっと面倒なことになることは目に見えている。
こういう露店は景品がすべて取られたら商売あがったりだ。だから景品が落とされない工夫がされている。
負けず嫌いなオリヒメのことだ。絶対に夢中になって落としにかかり、しまいには駄々をこねるに決まっている。
だから俺はため息を吐いて、オリヒメにお金を渡した。
「これを使い切ったら諦めろ。それが条件だ」
「おー!! これだけあれば十分だぞ! ふふん! 妾が店の景品をすべて奪ってくれよう!!」
そう言ってオリヒメが意気揚々と露店に向かっていく。
その姿は勇ましく、まるで戦場に向かう将軍のように堂々としている。
「敗走しなけりゃいいんだがなぁ……」
無謀な戦いに向かう君主を見送る臣下とはこんな気分かと思いつつ、俺はオリヒメを見守ることにした。
■■■
「うわぁぁぁぁぁぁんん!!!! なぜだぁぁぁ!!??」
オリヒメが頭を抱えて絶叫する。
それを見て店主はホクホク顔だ。
オリヒメには結構なお金を渡したが、それをほぼ使い切ったというのにオリヒメは一つも景品をゲットできていない。
「うう……予定ではすべての景品が妾の下にあったはずなのにぃ……」
オリヒメは残り少なくなったお金を半泣きで見つめたあと、こちらをちらりと見てくる。
軍資金の増強を要請したいようだが、これ以上は増やす気はない。
「ある分でなんとかしろ」
「なぜだ……従者なのに冷たい……ううぅ……できるのはあと一回か……」
がっくりと肩を落としたオリヒメだが、すぐに気を取り直して新たな料金を払って再度トライする。
最後の突撃をかけるといったところか。
「狙うは大将首!!」
そう言ってオリヒメはケースに入った宝石を狙う。
二つの宝石が入ったそれはこの店のおそらく目玉の一つ。
そういう景品は間違いなく落ちないようになっている。だから別のを狙いにいけば一つも取れないなんてことはないんだろうが、別のところに行くという発想がないオリヒメはそればかりを狙って無残な姿を晒し続けている。
「うわぁぁぁぁ!!?? また落ちない!!」
オリヒメが放った矢はケースにかすった。
しかしケースはビクともしない。たぶん後ろに仕掛けがあるんだろうな。たぶん正面から直撃しても落ちないぞ。
そうは思っていても口は出さない。それもまた祭りの醍醐味だし、かつてどこぞの幼馴染が不正だとわめいて揉め事に巻き込まれて以来、祭りで露店にケチをつけることはしないと決めている。
「終わったなら行くぞ」
「うわーん!! 妾はあれがほーしーいー!!」
オリヒメが両手を振り回して我儘を言う。
露店にあるモノだし、どうせ大した品じゃない。
だがオリヒメは気に入ってしまったらしい。どうしても欲しいらしく駄々をこねる。
金がないわけじゃないが、一度甘い顔を見せるとまた駄々をこねる。そもそもほぼ間違いなくあれは取れないしな。
お金を渡したところで時間とお金の無駄だ。
そんな風に思っているとスッとオリヒメの横に女性が現れた。
年は俺と同じくらいだろうか。
亜麻色の髪を三つ編みにしており、琥珀色の瞳をしている。
特徴的なのは分厚い眼鏡。その眼鏡のせいでひどく野暮っぽく見える。
「どれが欲しいんですの?」
「うー……あれ」
オリヒメが聞かれた質問に対して、宝石の入ったケースを指さす。
それを聞き、女性はニッコリと笑うと店主にお金を払っておもちゃの弓を構えた。
「弓が原因ではありませんわね」
そう小さく呟き、何度か引く動作をしたあと、女性はスッと目を細めて景品に狙いを定めた。
そしておもちゃの矢が放たれる。
オリヒメが放ったときとはまったく軌道が違う。オリヒメの場合はすぐに失速したのに、女性が放った矢は糸を引くように景品に向かっていく。
だが、その矢はオリヒメが求めるケースの横にある景品に当たってしまう。しかも中央に当たらなかったため、景品が勢いよく回転していた。
一瞬、店主がホッとしたように息をつく。だが、回転していた景品が横にあるケースに当たり、ケースは後ろではなく前に落ちた。
きっと後ろには支えがあったが、前に倒れることは想定してなかったんだろう。
「はい。それはいただきますですわ」
「ちょっ! 今のはなしだ! 後ろに落とすゲームだぞ!」
女性の神技で落とされたケースを抱えて、店主がそう叫ぶ。
まさかそんな屁理屈を言われると思ってなかったのか、女性が困ったように眉を顰める。
さすがにこれ以上は困らせられないか。
俺はゆっくりと前に出ると露店の中に入り、店主に顔を寄せる。
「おい、俺の顔に見覚えはないか?」
「はぁ? 見覚えなんて……え……?」
フードを少しずらし、俺は店主にだけ見えるように顔を見せた。
つい最近、レオと一緒に顔を見せたばかりだからな。
店主もすぐに気づいたらしい。
「あ、あ、あなたは……! お、お、おう」
「ストップだ。俺の連れが欲しがっている。もらってもいいな? それなら不正については目を瞑ってやる」
そう脅しをかけると店主は黙って何度も頷き、ぎこちない動作で女性にケースを渡した。
いきなり店主の態度が変わったことに女性は首を傾げつつも、オリヒメにそのケースを渡した。
「はい、どうぞですわ」
「おおおお!!!! ありがとう! 優しい人よ! 大好きだ!!」
そう言ってオリヒメは女性に抱きつき、喜びを露わにする。
しばし、女性にべったり抱きついたあと、オリヒメは満足したのか女性に向かって手を振って別れを告げる。
「さらばだ! 優しい人よ! この恩は忘れぬぞー!!」
「恩だなんて大げさですわ」
そう言って女性は人込みの中に消えていく。
それにしても神技だったな。あんな芸当、近衛騎士でもできるかどうか。なにせおもちゃの弓だからな。
なんてことを思っていると、オリヒメが俺の腕を持ってなにやらしていた。
「なにしてる?」
「動くでない! むむ! 意外に難しいな!」
そう言ってオリヒメはしばらく悪戦苦闘したあと、晴れ渡った顔で完成を告げた。
「うむ! できたぞ!」
「これは……」
俺の右の手首にはケースの中に入っていた宝石がついていた。どうやらブレスレットだったようだ。正直、大した出来じゃない。
だがオリヒメはとても気に入っているようで、自分の手首にもつけている。
「どうだ! お揃いだぞ!」
「まったく……」
天真爛漫な笑みを浮かべるオリヒメは、俺とお揃いなのを何度も確認すると満足したのか、また人込みの中を走っていく。
そして俺はまたそれを追うのだった。




