第百六十三話 オリヒメの依頼
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俺の報告を受けた父上はすぐにS級冒険者たちを城に招き、国の主要な要人たちも集めた。
これといって役職についていない俺は玉座の間を出たが、代わりにレオが玉座の間に入った。
それは好都合だった。
理由をつけて退室しなくてよかったからだ。
事は一刻を争う。結界崩壊の原因が雷の勇兵団の独断行動だろうが、別の理由だろうが関係ない。
大事なのは結界が壊れて霊亀が動き出したという事実だ。山が動くようなものだ。周りの民を助ける必要がある。
「じゃあ行ってくる。いろいろと誤魔化しは任せる」
「かしこまりました。行ってらっしゃいませ」
そう言ってセバスがシルバー姿の俺に頭を下げる。部屋には幻術を残した。あとはセバスがやってくれるだろう。
しかし、俺は転移する前に立ち止まる。
「セバス……この秘密もそろそろ明かすべきだと思うか?」
それは初めての質問だった。
だから答えが返ってこなくても別にいいと思っていた。
だが、セバスはすぐに答えを返してきた。
「良心が痛みますか? 秘密を保つのが辛いですか?」
「……そうだな。エルナはそろそろ怪しんできてもおかしくない。それなら」
「秘密を明かしたほうが楽だと? あまり私をがっかりさせないでくださいませ。アルノルト様」
「セバス……」
「最初に明かすという手がありながら、それを取らなかった。ここまで秘密にしてきたのです。それを明かす理由が〝楽〟ではあってはなりません。決定的な利益を生み出してこそ、秘密は有効なのです。エルナ様に明かして、暗躍に協力的になったところで大した利益は生まれません。一度、秘密にすると決めたならば徹底的に秘密は守りなさいませ。レオナルト様に対して姿勢を貫けというならば、あなたもブレてはなりません。一度決めたのならば最後まで貫くべきでしょう。筋を通すというのはそういうことです」
それは説教だった。
いつもの小言じゃない。
だから俺は素直にその言葉に頷いた。そうだ。俺は周りを欺くことを選んだ。それがつらくなったからといって途中でやめるくらいなら最初からやらなきゃいい。
レオにばかり注文をつけておいて、俺がブレるのはたしかにあってはならない。
「そうだな……筋は通すべきだな」
「はい。徹底的に秘密は守るべきです。時間をかけてあなたの秘密は重くなったのです。フィーネ様のときとはわけが違います。徹底的に誤魔化し、シルバーになりきるのがよろしいでしょう」
「ああ、わかった。そうするよ」
「幼馴染一人欺けないなら、エリク殿下を欺くのは不可能です。頑張りなさいませ。微力ながら私も力をお貸ししましょう」
「……頼りにしてる」
そう言って俺は転移でその場を後にしたのだった。
■■■
城の下層部に転移すると、そのまま玉座の間に向かって階段を上がっていく。
すれ違う人々は全員、ギョッとした表情を浮かべ、慌ててあちこちに走っていった。
そうこうしている間に玉座の間の前にたどり着く。
その前では俺の来訪を父上に伝えようとしたのだろう貴族が何人か立ち止まっていた。
中からは怒声が聞こえてくる。会議は紛糾しているようだな。貴族たちはその圧におされて玉座の間に入れなかったんだろう。
扉を守る騎士たちも状況を察しているのだろう。俺の姿を認めると一礼して問うてくる。
「皇帝陛下が中に居られます。失礼ですが、お名前を伺っても?」
「冒険者ギルド帝都支部所属、SS級冒険者のシルバーだ」
「冒険者カードを確認しても?」
言われて俺は冒険者カードを差し出す。
前回来たときはトラウ兄さんやフィーネもいたが、今は単身だ。見た目でシルバーだとわかっても簡単には通してもらえない。
「確認しました。しかし、今は大事な会議の最中です」
「扉を開けろとは言わん。勝手に入るだけだ」
そう言って俺は自分の手で扉を押して勝手に玉座の間に入る。
騎士たちも邪魔はしない。どうせ押し切られるだけだとわかっているからだろう。
「だから何度も言ってるだろうが! 一番の獲物は冒険者が担当する!」
そう言って強硬に主張するのは血のように赤い髪の粗野な男。背中には大剣を背負い、挑発的な笑みを浮かべている。
こいつがイグナートだろうな。皇帝の前だってのに礼儀のなってない奴だ。
「ですから何度も言ってるはずです! イグナート殿! 今は手柄争いをしている場合ではないと! 霊亀に触発されて、ほかの目標モンスターも動き出しています! 霊亀の対応は帝国が行い、ほかのモンスターはS級冒険者の皆さんに対応していただくという当初の計画に従っていただきたい!」
「計画なんてのはもう崩れたんだ! 白紙に決まってるだろうが! 帝国が対応するって誰が行くんだ? 自慢の勇爵家を派遣するにしても場所は国境近くだ。聖剣を振り回して国境を越えたら問題があるんじゃないか? まさか他国の領域でも聖剣を振り回す気か? モンスターを理由にそんなことしたら、他国から何を言われるかわかったもんじゃねぇぞ? 霊亀は冒険者に任せろ!」
フランツとイグナートが互いの主張を激しくぶつけ合う。
霊亀の対応を帝国で行うというフランツの主張はよくわかる。だが、エルナを北の国境に派遣して万が一、ほかの国に進路を変えた場合が問題だ。
霊亀が国境を越えたら外交問題になるし、エルナも国境を越えられない。聖剣が使用できるとかできないとかの問題ではなく、モンスターを追うために仕方なくという前例を作るのがまずいのだ。
その前例を盾にして、聖剣使いが国境を越えてくる可能性がある。他国はそれを容認することはできないだろう。エルナをきっかけとして疑心暗鬼が引き起こされてしまう。
だが、かといって冒険者に任せておけば安心かといえばそうじゃない。彼らに任せられるなら最初からエルナを計算にはいれない。
勝てない可能性があるから帝国最強戦力を組み込んでいたのだから。
「俺らに任せておけ! 俺らが一番適任で、俺らが一番強い! デカいだけが取り柄のモンスターなんて楽勝だよ! それともほかに適任者がいるってのか!?」
二人が言い合いをしていたせいか、誰も俺が入ってきたことに気づいていない。
だから俺は自分に気づかせるために一言告げた。
「適任者ならここにいる」
「あん?」
イグナートが髪と同じ色の目を俺に向けてきた。
そして俺の存在を確認すると、軽く笑う。
「はっ、これはこれはSS級冒険者のシルバー様じゃねぇか。何しにきやがった? てめぇはお呼びじゃねぇんだよ。なぁ? クライドさんよ」
そう言ってイグナートは傍にいたクライドに話を振る。
クライドは苦々し気な表情を浮かべながら一つ頷く。
「その通りだ。シルバー、お前は計画に参加できない」
「聞き間違いだったか? 計画は白紙に戻ったと聞いたが?」
俺の言葉を受けて、イグナートが嫌悪感を隠さない表情で俺をにらむ。
嫌われたもんだな。まぁこいつからしたら俺を含めたSS級冒険者は目障りでしかないからな。
「討伐を予定していたモンスターが先に動き出した。先手を打つはずが、すでに後手に回っている。当初の予定に縛られるのは愚か者の行動だと思うが? 皇帝陛下」
「……冒険者ギルドとはお前を関わらせないという約束を結んでいる」
「それで民に犠牲が出ては本末転倒では?」
俺の言葉を受け、父上がクライドに視線を移す。
難しい立場に立たせられたクライドが顔をしかめる。ここで俺の参戦を許可すれば、冒険者ギルドの上層部の意向を無視することになる。それはクライドの立場を悪化させることになるだろう。
しかし、断れば冒険者の主義に反する。冒険者は民のために行動する。それが第一原則であり、なにより優先される。俺を含め、自由で身勝手な行動でも容認されるのは、それが民を救うからだ。
答えに窮したクライドを見かねて、父上が口を開こうとする。おそらくすべての問題を帝国が被ることで俺を参戦させようとしたんだろう。
帝国としては俺が参戦すれば多くの命を救えるうえに、事態の早期収拾が可能だ。俺ほど展開能力に長ける冒険者はいないからな。
だが、そんな父上が声を発する前に声を発した者がいた。
「妾が雇おう」
それはいつもとは違う声だった。
後ろを振りむくとそこにはオリヒメがいた。
そして。
「帝国と冒険者ギルドは当初の予定どおり計画を進めればよい。それとは別件で妾がシルバー、そなたを雇おう。妾の結界を壊した憎たらしい亀を討伐してほしい!!」
「なんだ? このクソガキは」
「口の利き方に気をつけろ! イグナート! あの方が仙姫殿だ!」
「あれが仙姫!?」
イグナートがクライドに指摘されて目を見開く。イメージとはだいぶ違ったようだ。
だが、今はそんなイグナートの印象なんて関係ない。
オリヒメの依頼は非常に偉そうではあるが、帝国と冒険者ギルド、そして俺にまで配慮した優しい依頼だった。
これで言い訳ができた。帝国はオリヒメが勝手にしたことといえるし、それは冒険者ギルドも同じだ。
しかもオリヒメは仙姫とよばれる有力者。ギルドの上層部だろうと、気に入らないとは思えど、何かすることはできない。
あるとすればせいぜい嫌がらせ程度だろうが、それも問題にはならない。
「……感謝する。仙姫殿」
「うむ! もっと感謝せよ! この貸しは大きいぞ! 我が国に何かあれば真っ先に駆け付けよ。そのぐらいしてもらわねば返せぬ貸しだ!」
どんな嫌がらせがこようと、俺が弾き返してやればいい。
「心得た。一度だけ――あなたからのどんな依頼でも無償で引き受けよう。竜だろうが魔王だろうが、このシルバーが討伐してみせよう。それでよろしいか?」
「おお! 太っ腹だな! 仮面の冒険者よ! よき奴と見た! 報酬は何がいい?」
「報酬か……」
SS級冒険者を雇うとなれば虹貨が三枚は必要になる。
さすがにオリヒメでもそこまで持ち合わせはないだろう。
無償でも構わないが、それではSS級冒険者の価値が下がる。
となれば貨幣以外で価値があるものをもらう必要がある。
だから俺はオリヒメが誇る物を求めた。
「では大陸最高の結界をお見せいただきたい。俺も結界を使うが、仙姫の結界を見る機会はないからな。勉強させてもらおう」
「ほほう! 見る目があるではないか! 妾の結界の価値がわかるか! うむ! よいぞ! 仙姫の結界を見せてやろう!」
「では交渉成立だな。皇帝陛下。そういうわけだ。俺は仙姫殿の個人的な依頼で、北部に行くが……一緒についてくる者はいるだろうか?」
「しばし待て。何人か選抜する。ほかのS級冒険者は予定どおり、霊亀以外のモンスターを担当せよ。それでよいな? 副ギルド長殿」
「問題ありません」
クライドは文句を言おうとするイグナートを抑えながら、そうやって頭を下げた。
こうして話はまとまった。
あとは動くだけだ。




