第百六十話 不死のモンスター
金曜日にアンケートの結果発表と連動して、書籍についての情報も公開しようと思います。
お楽しみに!
「これはどういうことだ? アルノルト?」
「小言は宰相にしてください。俺は被害者です」
エルナとオリヒメを連れて玉座の間に入った俺は、早々に父上に問い詰められた。
しかし、すみませんと謝るところじゃない。
俺がなんとかできる事態ではなかった。責任は俺にはない。
「申し訳ありません。猊下が殿下の部屋に行きたいとおっしゃったので許可を出しました」
「無条件でか?」
「結界を張っていただくという条件だったはずですが」
「騎士たちがうろついていたのをエルナが不審に思って、警備の隙をついて入ってきたんです。結界を壊して」
「……」
「……」
父上とフランツは同時に頭を抱えた。
それを見て、エルナはバツが悪そうな表情を浮かべ、オリヒメはざまぁみろといわんばかりのドヤ顔を浮かべている。
「まぁどうせエルナに話す予定だったのでしょう? ちょっとくらい早まっても問題ないのではないですか」
「それはそうだがな……お前はどこまで知っているのだ? アルノルト」
「東部の一件で帝国近辺にいた休眠期のモンスターが一斉に活性化しはじめたということ。そして帝国が冒険者ギルドと共同して討伐計画を練っていることは知っています。放置すれば記念式典に影響が出ますからね」
「ほぼすべて知っていたというわけか。秘密裏に進めていたはずなのだがな」
呆れたようにつぶやきつつ、父上はそれ以上詮索してこない。
今は俺の情報源など問題にしている場合じゃないからだろう。
「エルナ。聞いたとおりだ。この問題に対処するために仙姫殿を招いた。冒険者ギルドによればお前の力を借りねばならんモンスターが少なくとも一体はいる」
「陛下の命とあればどこへでも行き、どのようなモンスターでも討伐します。しかし……共に戦えというなら考えなければいけません」
「ほほう? 戦う前から他者の協力を当てにするとは勇爵家も大したことがないようだ。自信がないならはっきりと自信がありませんということだな。そう言えば妾が力を貸してやらんこともないぞ」
「誰が自信がないですって……? もしもの話をしてるのよ! あなたと一緒に戦うなんて絶対にごめんだもの!」
「それはこっちの台詞というもの! もう頼まれても手は貸さんぞ!」
二人が俺を挟んでバチバチと火花を散らす。
正直、場を考えてほしい。前回、皇帝の前で無礼な態度をとった奴が自死したばかりなんだがなぁ。
まぁラウレンツとこの二人を比べるのは失礼か。身分も力も桁違いだ。多少の無礼では叱責程度で済んでしまうのがこの二人だ。
とはいえ、肝心の叱責する人物は二人が言い争いをしているのを見て難しい表情を浮かべている。
これは思った以上にまずい状況なのかもな。
「オリヒメ」
「ん? なんだ、アルノルト! アルノルトがどうしてもというのであれば妾も考えんでも」
「うるさい」
「がーん……!!??」
「エルナもだ。父上の前だぞ」
「うっ……申し訳ありませんでした。陛下」
二人とも肩を落として落ち込む。
これで静かになった。落ち着いた話がようやくできる。
「どんなモンスターなんです? そのエルナの力が必要っていうモンスターは」
「……〝霊亀〟と呼ばれる超巨大モンスターだ。どこからともなく自然発生するモンスターであり、その巨大な体躯のせいで歩くだけで災害をまき散らす」
「どこからともなく? 休眠期のモンスターが活性化したという話だったはずですが?」
「そうだ。その霊亀が現れたのは二百年前。そのときから霊亀は休眠していたのだ」
「二百年も休眠? 一体、なにがあったんですか?」
数百年も眠るモンスターはいることにはいるが、非常に珍しい。
前回戦った海竜レヴィアターノは強制的に眠らされていた。そういう特殊な条件でもないかぎり、強力なモンスターでもだいたい休眠期は数十年程度だ。
何かがあったことは間違いない。
「霊亀は不死のモンスターと呼ばれておる。それはこのモンスターが通常の方法では死なぬからだ」
「どんなカラクリなんです?」
「霊亀の体は魔力でできておるというのが冒険者ギルドの見解だ。手酷い傷を負うと霊亀は体を超硬質化させて休眠に入る。そして体を強化してまた動き出すそうだ。万が一、その状態になる前に討伐されたとしても、もともとは魔力であるため、また体を再構築して現れる。最初に出現した霊亀と現在の霊亀は同一存在ということらしい。これが不死のモンスターといわれるゆえんだ」
「そんな厄介なモンスターならもっと話題になってもおかしくなさそうですが?」
「一度体を魔力に帰された霊亀が次に戻ってきたときは、体が小さくなっているようです。成長がリセットされてしまうのでしょう。その時点でまた討伐すれば大して危険なモンスターではありません」
なるほど。不死であっても討伐できないわけじゃない。
たしかに危険ではないわな。
しかし、二百年も休眠期に入っていたということは、二百年前にはそれをしくじったということだ。
「それで? 二百年前はどうして上手くいかなかったんですか?」
「二百年前、冒険者ギルドはSS級冒険者を派遣したそうです。そのSS級冒険者が討伐寸前まで追い詰めたのですが、邪魔が入って休眠状態に入られてしまったそうです」
「SS級冒険者の邪魔? 一体、どんな強者ですか?」
「かつてシルバーが討伐した古竜だ。人を狙う厄介極まりないあの古竜は、二百年前にもSS級冒険者と交戦しておったのだ。まぁ返り討ちに遭い、なんとか逃げ帰ってひっそりと休眠期に入ったようだが、厄介なモノを残していきおった」
忌々しいといわんばかりの顔を父上が浮かべる。
俺が討伐した古竜がそんなことをしていたのか。
強力な力がありながら、勇爵家とは決して正面から戦わず、しかし大陸中央に陣取って帝国に被害をもたらした狡猾な竜と聞かされていた。
俺と戦ったときも最後は逃げようとしていたしな。逃げ上手な竜という印象だったが、そんなのがわざわざSS級冒険者にちょっかいをかけてまで霊亀を助けたのか。
休眠期に入り、体を強化するということはきっと強敵に勝てるまで強化するという意味だ。それが二百年という長さにもつながるだろう。
そういうモンスターがいれば自分はもっと動きやすくなる。もしかしたら厄介な勇爵家を倒してくれるかもしれない。そういう打算で動いたのかもしれないな。
結果的に自分が先に討伐されてしまったわけだが、置き土産にしてはデカすぎるな。
「SS級冒険者に勝てるまで体を強化していたとしたら、いくらエルナでも単独では危険なのでは?」
「そこは十分、憂慮しておる。ですから仙姫殿も共に戦ってくださるとありがたいのだが」
「ふむ、皇帝陛下よ。勘違いはしないでほしい。妾はモンスター討伐のために呼ばれたのではない。危険なモンスターを封じるために呼ばれたのだ。わが身に危険が迫れば戦うが、帝国の利益のために戦うつもりはない。もちろん、貴国が我が国に膨大な利益を提供してくれるなら考えんでもないがな!」
なかなかどうしてしたたかなことを言う。
帝国はなんとしても記念式典を成功させたい。そのために冒険者ギルドに対して全力のバックアップを約束している。それはかなりの出費だろうし、記念式典による出費もかさむ。
仙姫を動かすほどの利益をミヅホにもたらすというのは難しいだろうし、さすがにリターンが少なすぎる。
仙姫はあくまで結界のスペシャリスト。巨大なモンスターを討伐する際の決定打にはなりえない。協力してくれればありがたいし、助かるだろうが絶対にいて欲しいわけでもない。
「それは残念だ。では冒険者ギルドに援護を頼むとしよう」
「あの仮面男と一緒ですか……まぁ仙姫よりはましですが」
「エルナ、今回はシルバーには頼らん。そういう条件で冒険者ギルドと帝国は動いているからな」
「っ!? あの男がなにかしたんですか!?」
「そういうわけではない。冒険者ギルドとしては人材を発掘したいというのと、シルバーばかりに手柄が集中するのは避けたいらしい。我々帝国としてもほかの冒険者が帝国に拠点を構えてくれるなら願ったりかなったりだからな」
「そんな理由で遠ざけると? あの男は気に入りませんが……帝国を守ってきたのは紛れもない事実です。帝国は第一にシルバーを頼るべきかと。もしもシルバーの心が帝国から離れたらどうするおつもりですか?」
「それについても考えてある。アルノルト。お前がシルバーと繋がっているのは聞いている」
「繋がっているというか、向こうから繋がってきているだけですがね」
「それでも連絡を取る手段は持っているな?」
「向こうが応答するかはわかりません。帝都支部と似たようなものです。シルバーは常に神出鬼没。所在を掴んでおくのは不可能です」
「応じないならば仕方ないが、試してみる前に諦めても仕方ない。ワシが会いたいと言っていたと伝えておけ」
「……何をするおつもりですか?」
「話すだけだ。ゆっくりとな」
そう言って父上はそっと城の外へ視線を向けた。
シルバーはSS級冒険者ではあるが、身分も定かでない人物を皇帝が呼ぶというのは異例だ。
勝手に入ってきた前回とは違う。
父上自らシルバーとの関係を保ちに出てきたか。
これは予想外の展開だ。




