第百五十五話 フードの少女
その日。
俺は最近の鬱憤を晴らすために城下町に繰り出した。
ヴィンが調整能力の高さを見せてくれているため、帝位争いが休戦中の今だとやることがないのだ。
今回の一件で、レオの傍には軍師がつき、勢力として形が整ってきたのを見て、レオに近づこうとする貴族は増えた。
日和見をしていては粛清されるかもしれないという恐れも手伝って、その量は相当なものだが、ヴィンは事も無げに彼らを上手くさばいている。
帝位争いが休戦中のため、勢力拡大とみなされる行為はかなり危険だ。しかし、挨拶程度なら問題はない。そこらへんを利用して、レオの予定に貴族たちの挨拶をどんどん組み込んでいる。
抜け目なく帝位争いに備えているわけだ。そういうところを見て、じゃあ俺は少し楽をしていいかなと思ったのがキッカケだったのだが……。
「思わぬ収穫があったな」
「チュピー!!」
そう言って俺は両手でがっしりといつぞやの黒いペンギンを捕まえた。
まさか帝都で見つけられるとはな。ノコノコ歩いていたのが運の尽きだ。
「さーて、ペンギンって美味いのか?」
「チュピー!!??」
命の危機だと判断したのか、やや肥満体型の体を一所懸命揺らすが、その程度では俺の手から逃れられない。
このまま料理屋に持っていって、さばいてもらうとするか。
残酷だという奴もいるだろう。だが、俺はこいつのせいで勇者に殺されかけた。そのほうがよっぽど残酷といえるだろう。いうならこいつは殺人未遂を犯している。十分にモンスター認定ができる所業だ。
そんなことを思いながら俺はどこの料理屋に持ち込むべきか思案し始める。
拒否することなく、美味くさばいてくれる料理屋となると限られてくる。なにせペンギンだからな。
「うーん、やっぱり城に持ち帰るのがベストか?」
城付きのシェフに持っていくのが一番丸い気がする。
なんて思っていると。
「あーーーー!! 何をしておる!? 妾のエンタに!」
後ろから大きな声が聞こえてきた。
振り向くとそこには黒いフードを深く被った小柄な少女がいた。
仁王立ちして、俺に指を突きつける姿は非常に偉そうだ。
「どこで料理するか考えているとこだが?」
「なにぃ!? そんな愛くるしい姿の動物を食べるつもりか!?」
「愛くるしい……?」
俺は少女の言葉を受けて改めて手に持っているペンギンを見る。
「チュ、チュピー……」
なんだか愛玩動物的な視線を俺に向けてくるが、ぽっこり出たお腹が可愛さを半減させているし、そもそも顔つき的にそこまで可愛くない。
何歩譲っても愛くるしいという言葉は出てこないな。
「まったく愛くるしくないが?」
「なんと!? この可愛さがわからんと申すのか!? うーむ、帝国の者は美的感覚に問題があるのではないか?」
いきなり帝国人を全否定とは不遜な子だな。
どんだけ上からなんだか。
まぁ正直なのは嫌いじゃない。
とはいえ、それとペンギンを解放するかはまったく別の問題だ。
「美的感覚は人それぞれだからな。ところでこれはお前のか?」
「物扱いするな! エンタは妾の友人だ!」
「チュピー!」
少女が心外だとばかりに叫び、ペンギンもそれに乗じて鳴き声をあげる。
しかし、そんなの俺には関係ない。
「そうか、友人の選び方を間違えたな」
「ああっ!? こら! エンタを連れて行くな!」
「チュピー!!」
「うるさい! 俺はこいつに殺されかけたんだぞ!? 煮て焼くくらいじゃないと気が収まらん!」
「殺されかけた……? エンタに殺されかけるとか貧弱だな、そなた」
えー、うそーと言わんばかりの声色で少女は俺を馬鹿にしてくる。
イラっときた俺は無言でペンギンを連れて行こうとするが、少女が俺の腕を掴んで引き留める。
「だから連れていくでない! これは拉致だ!」
「モンスターを討伐するだけだ」
「モンスターだと!? なんたる侮辱! エンタは燕だ!」
「……ん?」
「む?」
俺は少女の聞き捨てならないセリフに思わず固まる。
それを受けて少女も動きを止めた。
しばし無言が続き、俺はようやく一言つぶやいた。
「燕……?」
「なんだ? 気づいていなかったのか? エンタはどこからどう見ても燕であろう?」
「いやいやどこからどう見てもペンギンだろ?」
「違う! エンタは燕だ!」
「どう見てもペンギンだろ!? こいつが飛べると思ってるのか!?」
「エンタは太りすぎて飛べなくなった燕だ! 昔はスリムだった!」
「無理があるだろ!?」
スリムとか太っているとかの問題ではない。
燕はペンギンのような歩き方はしない。少なくとも俺の知っている燕はそんな奇怪な行動に出ることはない。
だが少女は決してそれを認めない。
「ええい! 妾が燕というからには燕なのだ! 妾が一番、エンタのことを知っているのだ!」
「チュピー!」
「はぁ……そうか。それならそれでいい」
「おお!? わかってくれたか!」
「ああ、わかった。飛べない燕は燕の恥だ。食ってやるのが燕のためだろう」
「なにぃ!?」
驚愕して少女は思わず俺の腕を離す。
その隙に俺はダッシュで城へ向かおうとするが、少し走ったところで何もないところで壁にぶつかったようにして転んでしまう。
結界、しかも高速で強固。
あらかじめあるなら俺が気づくはずだ。
「痛っっ!! 鼻がぁ……」
「ふふん! 悪者には天誅が下るということだ! エンタは返してもらうぞ!」
「チュピー!!」
俺の腕から逃れたペンギン、エンタは少女の下に駆け寄っていて、少女に抱きかかえられる。
いかん、ここで逃がしたら前回の惨事が今度は帝都で起きかねん。
次にあんな悪戯をされたら俺の命がない。あのペンギンは食べないまでもここで捕獲しておかねば。
「ふっ……いいだろ。取引だ」
「取引だと?」
「……それよりも可愛い動物をくれてやる。喋るし、めっちゃ強い子熊だ」
まぁ本当の熊ではないが、見た目は熊だし問題ないだろう。
一度、あいつを引き渡し、その後に逃げ出しても俺の責任にはならん。
「しゃ、喋る熊だと!? なんと珍妙な! か、可愛いのか!?」
「子供に大人気だ」
「なんと!? い、いやいや! 妾のエンタへの愛情はそのようなもので揺るがぬ!」
「あー、そうか。じゃあ別のやつに渡しちゃおうかなー」
「ああ……そ、その……そ、そなたがどうしてもというなら一日だけなら交換してやらんこともないぞ! でも食べるのはなしだ!」
なぜか上から目線で少女は告げてきた。
俺はため息を吐いて、仕方ないといった様子で少女に近づく。
そして交渉成立とばかりにエンタに手を伸ばす。
だが。
「痛っ!? このペンギン、噛んだな!?」
「チュピー!!」
「え、エンタ……そこまで嫌なのか……許せ、そなたの思いを妾はわかっていなかった。ということで、今のはなしだ!」
そう言って少女はエンタを連れて走り去っていく。
しかし、ある程度の距離まで行くと何か思い出したのか、こちらを振り返る。
「そうだ! 顔は記憶したぞ! 妾の友人を食べようとした鬼め! この借りは何倍にもして返してくれようぞ! 覚えておくがよい!」
少女は現れたときと同様に胸を張り、偉そうに指を突きつけて宣言する。
それに対して、俺は噛まれた手を痛そうに振りながら返す。
「宣戦布告は結構だが、俺がどこに住んでるのか知ってるのか?」
「む? それもそうだ。名を名乗れ! いずれ仕返しに行く!」
仕返しに行くと宣言している奴に名を名乗る奴がいると思っているんだろうか。
まぁペンギンを燕と勘違いしている奴だし、純粋なんだろう。
天真爛漫といった言葉が似合いそうな性格だしな。
「名乗るほどの名はない。ただ住んでる場所は教えてやる」
「ほう? 妾に正直に教えるとはいい心がけだ! これも妾の日頃の行いがいいからだな!」
「なぜお前の日頃の行いにつながる……まぁいい。俺が住んでいるのはあそこだ」
そう言って俺は離れたところに見える城を指さす。
それを見て少女は驚いたように上体をそらすが、構わず俺は告げる。
「来れるもんなら来てみろ」
「その挑戦、受けた! 後悔するでないぞ!」
そう言って少女は走り去る。
それを見送り、俺はため息を吐きながら小さくつぶやく。
「後を追って居場所を特定しろ。ほぼ間違いなくあれが仙姫だ。関わっておけば、いろいろと都合がいい」
「はっ」
そう言って俺はセバスに指示を出すと、ゆっくりと城への帰路につく。
まったく奇妙な縁もあるもんだ。しかし好都合でもある。
ただし。
「エルナとは会わせないようにしないとだな」
それだけを心に刻み、俺は城に戻ったのだった。




