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第百五十話 着地点

なんとかPC復活。

急いで書いたのでアラがあったらお許しくださいm(__)m



「ブリュンヒルト……いったい何をしにきた?」


 決定に異議を唱えられた父上は怒りのこもった声で皇后に尋ねた。

 ぶっちゃけた話、この二人は仲が悪い。

 元々は皇太子に対する教育方針で合わないくらいだったらしいが、三年前、皇太子が死んだときに二人の仲は決定的に崩れた。

 皇太子は戦場で死んだ。なぜ皇太子が戦場に出たのか?

 答えは皇帝である父上が命じたからだ。皇太子として周りに恥じない働きを父上は求めた。

 一方、皇后は皇太子という大事な身の我が子を手元に置きたがった。万が一があればどうするのかと、皇太子の出陣前に父上に直訴したほどだ。

 そしてその不安は的中してしまった。皇太子は命を落とし、帝国は理想の後継者を失った。

 それ以来、二人の仲は冷え切っている。皇后は皇太子が死んだのは父上が無理をして行かせたからだと思っているし、父上は父上でそういう感情を隠そうともしない皇后を遠ざけるようになった。

 とはいえ、二人の仲が冷え切ってもあまり問題ではなかった。子供に不自由しているわけでもないし、皇后は皇太子が亡くなってからは活力を失って、後宮での平穏を望むようになった。それは父上としてはありがたいことだった。後宮の治安を保つのが皇后に求められることだからだ。

 だが、その皇后がテレーゼの働きで動いてしまった。

 この展開が一番厄介だった。俺よりも上位の二人がぶつかりあってしまう。止めようにも止められない。


「血が流れるのを止めにきました」


 そう言って皇后は前に進み出る。

 それを見て父上は忌々し気に顔をしかめる。


「女の出る幕ではない。下がれ!」

「そういうわけにはまいりません」

「テレーゼに頼まれてのことだろうが、こやつらは皇族を軽視しすぎた。処罰せねば皇族の威信にかかわる」

「それは承知しています。ですが、テレーゼに頼まれただけでここへ来たわけではありません。この時期に臣下の血を流すのは国益を損ねるためお止めに参りました」

「国益を損ねるのは承知している。それでも処罰せねばならんのだ」

「各国の王族と親密に連絡を取っているのは私です。何度も手紙をやり取りし、式典に来ていただけるように努力してきました。陛下も〝冒険者ギルド〟といろいろと計画しているご様子ですし、すべてが水の泡になるのは避けたいのでは?」


 冒険者ギルド?

 その情報は入ってないな。調べてもいないから当然だが。なにせシルバーがSS級冒険者。大抵の情報は調べなくても入ってくる。まぁ気になる話ではあるし、この一件が終わったら調べてみるか。

 それよりも今は目の前のことだ。皇后の言うことはわかる。

 外務大臣であるエリクは基本的に大国との交渉にあたっている。もちろんエリクの部下たちも動いてはいるが、その外交を助けるために皇后をはじめとした妃たちは各国の王族と手紙のやり取りをしている。

 それは単純な手紙のやり取りだけじゃない。贈り物をしたり、情報を交換したり。後宮の妃たちもいろいろとやっているのだ。

 だからその努力をぶち壊すような処罰は見過ごせない。言いたいことはわかる。だが、ならどうすればいい? という話だ。

 放置などできるわけがない。


「ならばどうせよと言うのだ? まさか許せとは言うまいな?」

「もちろん罰は必要でしょう。しかし、血を流すべきではありません。時期が悪すぎます。投獄して式典が終わってから処罰してはいかがです?」

「式典のあとには恩赦がある。他の者を許せば、こやつらも許さねばならん! 処罰するならば今しかない」

「ならばそれで手を打つべきでしょう。皇帝の命により有力貴族が処刑されたとなれば、理由はどうあれ帝国への来賓は激減することは明白。皇族の権威も大事ですが、帝国の国益も大事なはずです。お忘れなく。陛下は一度、私の願いをお聞きにならず国益を損ねたことがございます」

「皇太子の話はよさんか!」


 父上は怒鳴ったあとに顔をしかめてフランツを見る。

 フランツはフランツで困り果てた表情を浮かべていた。

 皇后のいうことはもっともだ。皇族の権威の前に国益といわれてしまえば、たしかにと納得せざるをえない。だが、こいつらを許してしまえばまた次なるこいつらが現れる。それはきっと国益を損ねることにつながるだろう。

 どちらにしても帝国に利はない。

 父上は皇后から視線を外し、ラウレンツを怒りのまなざしで睨みつける。

 ラウレンツはその睨みに怯む。そりゃあ睨まれるだろうな。こいつが影響力を考えずに暴れた結果、こいつの命だけじゃ収まらない事態まで広がったんだから。

 俺がレオと明かした時点で引き下がればいいものを。もはやこの場は俺の手には余る。

 そんなことを思っていると更なる足音が聞こえてきた。

 できれば頼りたくなかったんだが、皇后が出てきたとなれば仕方ない。

 フィーネに頼んでいた助っ人が来たようだ。


「あら? アルがいると思ってきたのだけど、なぜレオがいるのかしら?」


 悪戯っ子のような笑みを浮かべ、俺の母、ミツバが玉座の間に入ってくる。さすがは我が母上。あの笑みは俺がアルだとわかったうえで言っているな。

 フィーネには母上の下にいてもらった。そして皇后が動いた場合は、母上にも動いてもらうようにと頼んでもらっていたのだ。

 そのフィーネの姿が見えないが、おそらく母上の配慮だろうな。

 フィーネにはまったく責任はないが、フィーネなら自分のせいだと気に病みかねない。


「兄さんのフリをしていたんです。母上」

「昔からあなたたちは入れ替わるのが得意だものね。けれど、皇帝陛下の前では控えなさい。無礼よ」

「はい、申し訳ありません」

「レオが失礼いたしました。陛下」

「ミツバ……お前まで何のようだ?」


 見れば父上は困惑し、フランツは胃が痛そうな顔をしている。

 皇后と皇帝のぶつかり合いだけでもあれなのに、そこに母上まで加わるとなれば心労も相当なものだろうな。

 もはや皇子と貴族の小競り合いでは済まなくなってきている。

 そんな混沌とした状況の中で母上は気にした様子もなく発言する。


「皇后陛下が玉座の間に向かわれたと聞いたので様子を見にきました。案の定、意見が対立しているようですね」

「ミツバさん……あなたは下がっていなさい」

「皇后陛下。邪魔をする気はありません。ただお互いの着地点を探すお手伝いをしにきただけです」

「あなたはレオナルトの母。レオナルトの有利な風に裁定するのではないかしら?」

「疑うのは当然です。しかし平行線なのもまた事実では?」


 母上に言葉を返されて皇后は押し黙る。

 皇后とていつまでも父上と張り合っているわけにはいかない。父上がキレたら皇后とて無事では済まないからだ。

 皇帝の言葉は絶対だ。父上がその気になればすべてのことを無視して、この場の全員を処刑することも可能となる。本人がそれをよしとしていないだけで、皇帝とはそういう存在だ。何か一つ父上の中で強権を発動させるきっかけ、もっといえば納得があれば、それですべてが終わる。

 皇后が黙ったのを見て、母上は父上を見る。

 父上も埒が明かないと判断し、一つ頷いた。


「では私が着地点を探しましょう。といっても私の意見は一つです。〝なかったことにしてしまえばいい〟かと」


 誰もが怪訝そうな表情を浮かべる。

 だが俺だけは目を細めた。

 それは俺が考えていた解決策と同じだったからだ。


「レオ、説明できるかしら? 私よりあなたのほうが上手く説明できると思うわ」

「はい。わかりました」

「どういう意味だ? レオナルトもわかっているのか?」

「はい、陛下。母上と僕の考えていることは一緒かと。今回の一件で一番問題なのは、ラウレンツ・フォン・ヴァイトリング侯爵が名門貴族の当主であり、白鴎連合の盟主であるという点です」

「それは承知している。その先を知りたいのだっ」


 皇后のせいか、父上はだいぶイラついている。

 これは早めに終わらせたほうがいいな。


「ですので、決闘を申し込んだという一件をなかったことにしてしまいましょう」

「なるほど。それは妙案です」


 すぐに意図に気づいたフランツが何度も頷く。

 だが頭に血が上っているせいか、冷静さに欠けている父上は怪訝そうな表情を浮かべる。

 それに対して俺は丁寧に説明する。


「ラウレンツ・フォン・ヴァイトリング侯爵は決闘を申し込まず、和解条約を飲んだ。その後、僕がレオナルトであることが発覚し、条約の取り消しを賭けて決闘を挑んだ。そういうことにしてしまいましょう」

「事実を捻じ曲げるというのか? ワシを含めた皇族への無礼をすべてなかったことにしてか?」

「はい。玉座の間でのことです。この場にいる人間が口を噤めば本当のことは漏れません」

「それはいい……だが、皇族の権威が損なわれるという点はまったくもって解決しないが?」


 苛立ちに満ちた視線を父上が俺に向けてくる。

 もはや父上の中ではラウレンツを処刑する以外に皇族の権威を保つ方法はないと思っているんだろうな。

 頭に血が上っているのは、皇后が皇太子の話を持ち出したからだ。

 それはこの夫婦の間では禁句に近い。


「それは決闘後の処罰で解決します。皇族に対して決闘を申し込むというのはあまりにも無礼。ゆえに条件を提示します。ラウレンツ・フォン・ヴァイトリング侯爵が負けた場合は……彼を担ぎ出した白鴎連合の主要な貴族を含めて、〝帝毒酒〟を飲むこととする。それならば皇族に無礼を働くことがどういうことを意味するのか、大勢の人に知らしめられるでしょう」


 俺が出した酒の名にその場にいる誰もが体を強張らせた。

 帝毒酒は帝国の皇族が保有する毒酒であり、帝国最強最悪の毒だ。

 一口でも飲めば七日七晩にわたって、様々な病の症状を味わうことになる。配合された無数の毒の効果であり、一日ごとに症状は違う。しかも奇妙なことにその間はぎりぎり死ぬことはない。生と死の境界をさまよい、苦しむのだ。

 そして死ぬことのできない苦しみを味わい続けたあと、飲んだ者は必ず死ぬ。

 重罪人に対してしか使われない毒であり、父上の治世では一度も使われていない。


「……その毒をワシが与えたと知れば諸外国から来賓が来ると思うか?」

「陛下が与えるのではありません。それを条件としてラウレンツ・フォン・ヴァイトリング侯爵は僕に決闘を挑むのです。そうであるならば評判の悪化も抑えられるでしょう。罪を免れるために猛毒を飲むリスクを背負って、決闘を挑んだ。それで死んだとしても挑んだ側の責任です」


 俺の言葉を受けて、白鴎連合の若手貴族たちはどんどん顔を青くしている。主要な貴族というのは、この場にいる貴族たちのことだ。

 ラウレンツが負ければ、彼らも帝毒酒を飲むことになる。


「そのような前例を作れば、死刑が確実な罪人が同じことをするのではないかしら?」

「それは大丈夫です。皇后陛下。これが終わったあとにそれを禁じる法を作ればいいだけのこと。今回かぎりのことです」

「……なるほど」

「どうでしょうか? 皇族の権威も損なわれず、帝国の評判も落とさないと思いますが?」


 俺の言葉を受けて、皇后がちらりとテレーゼを見る。

 テレーゼは諦めたように一つ頷いた。

 一発逆転のチャンスが与えられるだけありがたいことだと察したんだろう。たとえ敗北したあとに無残な死が待っていたとしても。


「……いい考えなのはわかった。だが解せんな。お前のメリットはなんだ? レオナルト」


 父上がまっすぐ俺を見据えてくる。

 そう、これには俺のメリットが皆無だ。

 決闘を受けるメリットがない。俺は現在のところ被害者であり、こいつらは何もしないでも死ぬ。起死回生の一手を与える意味はない。

 だが、だからこそ受ける価値がある。


「僕は……帝位を狙う者です。此度の一件で帝国を混乱させたことは事実。その責任を取る義務があります」

「ほう? では負けた場合はどうする? お前は勝ったことを前提に話しているが?」

「負けた場合は陛下のお好きなように。皇族から追放でも、斬首でも構いません。この場で負けるような者に帝位は取れないでしょうから」


 あんまりな発言だろう。勝手にレオのフリをして、勝手にレオのすべてを賭けているのだから。だが、レオならばこう言うだろうとは思う。もしも言わないとしても、言えるようになってもらわないと困る。

 俺の言葉を受け、父上は笑う。

 それは誰かを気に入った時に見せる笑みだった。

 これでますますレオのハードルは上がったな。


「よく言った! その気概、見事だ! 帝位を狙う者はそうでなくてはな! お前は常々甘いのではないかと心配していたが……この帝位争いの中でお前も成長しているのだな」

「まだまだ未熟です」

「謙遜だな。わかった。お前の言う通りにしよう。和解条約のあと、レオナルトであることが判明し、ラウレンツは白鴎連合を代表して決闘を申し込んだ。帝毒酒を飲むという条件でな。そういうことにする。よいな?」


 皇帝の命令は絶対だ。

 そういうことにするという強権を父上は発動した。それをしてもよいと本人が納得したからだろう。

 この場にいるすべての者が膝をついて、了承の声をあげる。

 だが、俺の横から聞こえてきたラウレンツの声は震えていた。

 もはやラウレンツには何もせず処刑されるか、俺に決闘を挑むかの二択。

 ここで抗議すれば、ならば死ねと言われるのは目に見えている。さすがにそのぐらいはわかるらしく、抗議はせずにおとなしく恐怖に震えている。

 頼みの綱の皇后とテレーゼが状況を容認した時点で、もはや逃げ場はない。


「ではヴァイトリング侯爵、署名を」


 クライネルト公爵が文章への署名を促す。

 震える手でラウレンツは文章に署名しようとするが、ペンを落としてしまう。

 それを俺は拾い上げて、しっかりと握らせる。


「さぁ、どうぞ」

「あ……」


 俺に促され、ラウレンツはまた文章に向かう。

 その文章には一つ訂正が施されてあった。ユルゲンかクライネルト公爵が混乱の間に書き換えたんだろうな。

 本来なら当主を引退となっているはずの文面には線が引かれており、新たに家門からの追放となっていた。

 つまりこれに署名した時点でラウレンツをはじめとする主要貴族は平民となる。家の責任は問われない。ラウレンツが望んだ個人の責任による決闘ということになる。

 まぁそんなものは皇帝の一言でどうにでもなるんだが、なかなかナイスなアシストだ。

 震えるラウレンツはそのことには気づかない。

 そしてラウレンツの署名がなんとか終わり、俺もすぐに署名する。

 こうして署名が終わり、晴れてラウレンツたちが平民となったところで俺はゆっくりと落ちている手袋を拾った。


「――君の決闘の申し出、レオナルト・レークス・アードラーが受けた」


 こうして俺はレオとしてラウレンツとの決闘に望むことになったのだった。

 その言葉を聞いて、ラウレンツの肩が震える。

 その顔に浮かぶのは怯えだった。命を賭ける覚悟はあったかもしれないが、さすがに帝国最強の毒を飲む覚悟まではなかったのだろう。

 目に見えて勢いがない。

 ある程度、勝負というものをわかっている者ならば俺とラウレンツの立ち姿だけで勝敗の行方がわかってしまうだろう。

 死に怯える者に勝利は舞いこまないものだからだ。

 さて、悪いがこうなった以上は仕方ない。なるべく人死には避けたかったが、こっちの努力を無駄にしたのは向こうだ。

 レオの踏み台になってもらおうか、ラウレンツ。

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[良い点] 流石としか言いようがないよ、ミツバさん……
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