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第百四十一話 三流軍師

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それと現在、校正作業中なのですが、普段から誤字報告をしていただいているおかげでだいぶ楽です。

誤字報告だと名前が見えないので直接お礼を言えませんが、この場を借りてお礼を言わせていただきます。


ありがとうございます。皆さんのおかげで作品をより良いものにできそうです。これからもよろしくお願いしますm(__)m


「相変わらずだったわ! 礼儀知らずで人の気にしてるところばかりを攻めてくる嫌な奴!」

「エルナが背のことに触れたからでしょ?」

「思いつきで貧乳なんて言葉出てくるわけないでしょ! 久々に私を見た時点で、そういう最低な印象を抱いていたに違いないわ!!」


 そう言ってエルナは顔を真っ赤にする。

 そんなエルナを見て、レオは触らぬ神に祟りなしとばかりに口を閉ざす。アルならばお前の体つきじゃ仕方ないと余計なことを言って、エルナの神経を逆なでするだろうが、女性に対して紳士的なレオはその類の発言はしない。

 だが、そのせいでエルナの怒りは長引く。当たる相手がいなければ怒りは収まらない。アルがあえて余計な発言をするのは、そういう怒りを発散させる意味合いもあるのだろうなとレオは推察する。

 そしてそういう推察をするがゆえに、レオは是が非でもヴィンを引き込まなければいけないと思っていた。


「覚えておきなさい、ヴィン! 帝都に戻ってくるなら容赦はしないわ!」

「そんなこといって、ヴィンが本当に来なかったらどうするのさ」

「ヴィンなんていなくてもレオは平気よ!」

「そうだといいけど……残念ながら僕は万能からは程遠い。力も足りなきゃ、思慮も足りない。僕は一度決めたことは絶対に貫き通したい。けど、僕はその貫くやり方が下手だから周りに迷惑をかける。ヴィンならきっと、僕の望みを叶えつつ、安全な方法を考えてくれる。文句は言うだろうけどね」

「そうね。大量の皮肉が飛んでくるわよ?」

「いいさ。僕が本気で皇帝を目指すなら……父上にとっての宰相のような存在が必要だ。それはヴィンしかありえない」


 そう言ってレオは決意を固める。

 自分をコントロールできる人物。レオはそんな人材を求めていたのだ。




■■■




「おはよう、ヴィン」


 次の日の朝。レオは笑顔でヴィンの家を訪ねた。

 読書をしていたヴィンは嫌そうな顔をしながら告げる。


「読書の邪魔だ。帰れ」

「邪魔しないよ」

「そこにいるのが邪魔なんだ。視界に入るな」

「じゃあ終わるまで外で待ってるね」

「……」


 そう言ってレオは笑顔で家を出ていく。

 そして村の者と親し気に交流を始めた。荷物を持つ夫人を助けたり、村の農作業を手伝ったり。およそ皇子とは思えない行動にヴィンは舌打ちをする。

 美点だ。間違いなく美点だ。かつての皇太子もそうだった。


「……」

「レオは良い主だと思うけど?」

「ちっ……人の家に勝手に入るな」

「ちゃんと声をかけたわよ?」

「オレに聞こえてない」

「耳が遠くなったんじゃないかしら? お祖父さんのフリなんてするから」


 言いながらエルナはヴィンの周りにある本を見る。

 政治や軍事に関する本だ。趣味で読んでいるというよりは、勉強のために読んでいる。そんな内容の本ばかりだった。


「軍師の道を諦めたわけじゃないのね」

「……オレにはこれしかないからな」

「それならレオの誘いは願ってもないんじゃないかしら? 強国である帝国の帝位争い。自分が仕えた主を皇帝に押し上げるのは、軍師にとっては誰もが望む舞台じゃない? その後は皇帝の側近も約束されるわけだし」

「……功名心がないとは言わん。帝国の歴史にオレの名を残したいという思いは確かにある。他者を出し抜き、主を玉座につかせたなら最高の気分だろうさ……。だが、オレにはその力がない」


 ヴィンは少し沈んだ表情を見せる。

 それを見てエルナは意外そうな表情を浮かべた。


「あなたが自信をなくすなんて珍しいわね」

「元々、オレは自分に自信なんて持ってない。オレは自分を二流と定義してた。だが、主が〝皇太子殿下〟ならそれでよかった。多くの優秀な臣下を抱え、本人も間違いなく一流。あの人に必要だったのは、いつでも当たり前のことができる臣下。オレはそうであろうとした」

「レオを主として、そうあればいいじゃない」

「レオは皇太子殿下とは違う、優秀だが、まだまだ足りないところも多い。それにレオの軍師となればオレが筆頭だ。求められるものがオレの器を超えている」

「だからレオの軍師にはならないの? あなたを頼ってきたのよ? 皇太子殿下はあなたにレオを弟のように思ってくれって言ってたじゃない……」

「昔の話だ……諸外国を回って気づいた。軍師なんてやってる奴らはみんな化け物ばかりだ。そいつらに混じったらオレは二流どころか三流だった。そんなオレが軍師になれば……きっとレオは負ける。そんなことをすれば皇太子殿下に顔向けができん……」


 皇太子が亡くなり、皇太子の側近だった者はそれぞれの道を辿った。だが、ほかの皇族の下に行った者は少ない。多くは理想の主を失い、隠居を選んだ。それはヴィンも同様だった。

 皇太子に仕えることを思い描き、皇太子が作った組織の中で生きることを目標としていた。それが崩れたあと、多くの者が次を描くことができなかったのだ。


「弟のように思ってるから力を貸せないってわけね。自分がレオにつけば負けるから」

「レオにもう一人、優秀な軍師がいれば話は別だがな。奇抜な発想ができる奴がいれば、オレが堅実な策で動ける。だがオレだけじゃ駄目だ。セオリー通りに動けば負ける。オレが活きるのは確実に勝てる場面。無理をせず、無駄な犠牲を出さず、勝つべくして勝つ。それがオレのスタイルだ」

「そう。なら安心ね。レオの傍にもうそういう軍師がいるから」

「なに?」


 ヴィンは怪訝そうに呟く。

 そんなヴィンにエルナは笑顔で答える。


「アルはあなたに足りない奇抜な発想ができるわ。奇抜な発想が必要ならアルに頼ればいいわ」

「アルが軍師だと?」


 ヴィンにとってアルはいつも勉強を抜け出す放蕩皇子だった。

 ときおりレオの兄らしく優秀さは見せていたが、エルナが軍師と評するほどの傑物にはとても思えなかった。


「ふん、馬鹿馬鹿しい。あいつの評判はこんな村にまで来てるぞ?」

「人の評判ではなくて自分の目で見たら?」

「昔から見ている。あいつがそこまでの人材とは思えんな」

「やっぱり三流ね。人を見る目がないわ」

「なにぃ?」


 自ら三流と評していても、それが他人、しかもエルナに言われたとあってはヴィンとしても黙ってはいられない。

 普通の女性なら泣き出してしまうだろう目つきでエルナを睨むが、エルナは笑顔を崩さない。


「ちょうどいいわ。今、アルは帝都で貴族と小競り合いをしてるの。そこでアルの成果を見てから決めたら? アルが私の言う通り、奇抜な発想ができる人材ならあなたはレオの軍師になる。アルが期待外れならあなたはまた静かな暮らしに戻る。文句はないでしょ?」

「オレの処遇をアルの成果に委ねるのか? あまりにも危険な賭けだぞ? あいつは面倒なことからすぐ逃げる」

「アルは人を守るときには逃げないわよ。私が言うんだから間違いないわ」

「……勇爵家の次期当主のお墨付きか」

「そうよ。どう? 悪い話じゃないと思うけど?」

「……」


 まだ決めかねている様子のヴィンを見て、エルナは苦笑する。

 真剣に悩むということは、それだけレオのことを考えている証拠だ。

 ヴィンは冷静に自分の力を見極め、勢力を主導する地位に就いた場合、他勢力に後れを取ると分析している。その冷静さと自分を過大評価しないところをエルナは評価していた。

 理想論を追い求めるレオのストッパーとしては申し分ない軍師といえる。

 あとは本人の納得次第。

 エルナはそう思って家を出る。そして入れ替わるようにしてレオがやってきた。


「エルナと話して気は変わったかい?」

「……わざわざエルナに説得を委ねたのはなぜだ?」

「僕が何を言っても聞かないだろ? エルナならもしかしたらと思ったんだ」

「だから連れてきたのか?」

「ううん、思いつきだよ。普通に護衛としてついてきてもらったんだ。ぞろぞろと護衛を引き連れちゃ村の人に迷惑だしね」


 そう言ってレオは笑顔で窓から外を見る。

 農作業に向かう者や、山で狩りをしてきた者。編み物をする夫人や遊ぶ子供たち。

 穏やかな光景がそこにあった。


「いい村だね」

「どこにでもある田舎村だ」

「良いことだよ。こんな村がどこにでもあるならね。でもまだ足りない。求めだしたらキリがないのはわかってるよ。全員を救えないってことも。だけど、悲しみに泣く人は減らしたい。その努力はやめたくない。僕は……皇太子ヴィルヘルムの跡を継ぐ。そのためにヴィン、君が必要だ。どうか力を貸してほしい」


 そう言ってレオはヴィンに手を差し出す。

 幼き頃、その才能を認めて皇太子は同じように手を差し出した。

 そのときのことを思いだし、ヴィンは目を瞑る。

 そして。


「……帝都にはついていく。だがお前の軍師になるかどうかはアル次第だ」

「兄さん次第?」

「アルがオレの欠点を埋められる存在なのかどうか。それを見極める」

「そっか……ならようこそ、僕の勢力へ」

「お前……人の話を聞いてたか?」

「聞いていたよ。兄さん次第だっていうならもう決まったようなもんだよ。僕の自慢の兄さんだ。きっとヴィンのお眼鏡に叶うさ」


 そう言ってレオは一切の迷いもなく言い切った。

 双子ゆえの信頼。そう取れなくもないが、ヴィンは二人の間にそれ以上の何かを感じた。まるで共に戦場を駆け抜けた戦友のような絆を。

 血縁だけではない信頼関係。それを垣間見たヴィンは、面白いとばかりにニヤリと笑う。


「上等だ。そこまで信頼するなら見せてもらおうか。アルのお手並みとやらを」


 そう言ってヴィンはレオの手を取ったのだった。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 毎度思うが俺をオレと書かないで欲しい レオと混じる オレをレオの とか読みにくくてしょうがない
[一言] 礼儀知らずなのはエルナも言えないと思いますがね。
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