57.異世界の戦士
聖戦は、サザンカの戦いから始まる。
闘技場に出ていくサザンカを、ネモが真摯な目で見送っていた。
闘技場からは、観覧席の全体像が良く見えた。
結界によって音こそ聞こえないが、サザンカの登場に観客が湧いているのがよくわかる。
まるでこれからスリリングな劇でも始まるかのような反応だ。
いや、実際にそうなのかもしれない。プライマの人間にとって戦いとはそういったものなのだろう。
ミューズでは、舞台劇で作られた戦いを見て人は満足する。
プライマでは、本当の殺し合いを見て満足するのだろう。
ミューズだって、千年前はそういった歴史もあったのだから。
サザンカは、一部の隙もない軍用鎧に身を固めている。
仕様は物理戦闘に特化したものだ。
ロイ・ヒューリーが言っていた。
帝国の五戦士はいずれも近接での戦闘に優れた者であると。
限られた閉鎖空間での一対一の戦闘という特性上、純粋な魔導師は存在しないだろうとの読みだ。
武装は魔導刃と自在砲と鴉だ。
どれも軍事目的ですら違法になるほど出力を上げた、超短期決戦仕様である。
近づかせないに重きをおいた武装であり、これらの武装こそがサザンカの強みだった。
対するサザンカの相手は、メイスを持った大男であった。
見た目だけなら鈍重そうに見えるが、それが見せかけなのはサザンカにもわかっていた。
かつてのサザンカであれば、武装から慢心した可能性もある。
原始的なメイスなど、サザンカの武装の敵ではないと。
今は、油断はなかった。
立ち上る魔力だけで、素の実力であればとても敵わない相手だとわかる。
大男の表情には色がなかった。
ただやるべきことをやる。そういった意思しかないように見える。
「名乗りだけはしようか、女神の国の戦士よ」
大男が口を開いた。
「ゴルン・ヴァーノだ」
サザンカも、名乗る。
「サザンカ・トリュート」
構える。
戦いの始まりを知らせる鐘の音が、結界内を満たした。
ゴルンが距離を詰めようとしたところで、四機の鴉を先行させた。
サザンカの両肩に収められていた、黒い三角錐状の物体が放たれる。
鴉は自立型の戦術兵器だ。
勝手に動いて勝手に殺す、その性質から、ミューズでは条約で禁止されている非人道的な兵器だ。
四機の鴉が飛翔し、ゴルンの巨体を囲んで、撃った。
魔力が弾丸となってゴルンに殺到した。
ゴルンは信じられない動きをした。
魔弾の合間を縫うように体勢を変え、迷わずサザンカに向かって切り込んできた。
サザンカは自在砲から対装甲弾を選択して迫るゴルンに向かって放った。
ゴルンが身体を斜めに倒しながらも自在砲を躱し、ズレはしてもサザンカに迫ろうとしていた。
鴉の魔弾のひとつが、ゴルンの肩口に命中した。
ゴルンが怯んだ隙にサザンカは距離を開けながら自在砲で牽制する。
やはり、とサザンカは思う。
ミューズの、それも実力者はとてつもなく頑強だ。
鴉の魔弾は、それひとつで人間相手なら風穴を空けられるような代物である。
それを、多少の打撃を受けた程度で済ませる相手は尋常ではない。
一対一である戦いを複数対一に持ち込んだはいいが、鴉は決定打にはならない。
サザンカは魔導刃を抜いた。
ゴルンは鴉の弾丸を躱しながらメイスで撃墜しようと動いているが、鴉は自在に宙を滑りそれを許さない。
サザンカが切り込もうとした時、ゴルンが大突撃を開始した。
命をかける覚悟が決まってなお、その気迫はサザンカを一瞬怯ませた。
鴉の弾丸を避けようともしない。最短でサザンカを目指している。
いくら食らおうと自分は死なないが、自分の一撃を食らえばサザンカは死ぬ、その理念からの突貫だとすぐにわかった。
この一合で勝負は決まる。サザンカの直感がそう訴えていた。
足を前に。
サザンカは跳び、ゴルンと激突する軌道に入り込んだ。
ゴルンがメイスを右から左へと振り、サザンカは魔導刃でそれを狙った。
信じられないことが起きた。
魔導刃が、光を失った。
固有能力かプライマの術法か、その瞬間にサザンカが判断できたのは、ただヤバいということだけであった。
刃を成していた魔力が霧散し、サザンカの右手はただの筒を持っただけの状態になり、その右手をメイスが打った。
激痛に叫びたくなる衝動を抑えて鴉に突撃を命じた。
返しのメイスの一撃がサザンカの胸部を狙い、サザンカは身をひねってそれをすんでのところで回避した。
かすっただけであるのに、対物理用の最高級鎧が、紙くずのように吹き飛んだ。
メイスで打たれた右手を確認している余裕などなかったし、したくもなかった。感覚がなくついているのかすらわからない。
さらなる追撃に動くゴルンの背中に鴉が激突した。
盛大な爆発が起こった。
サザンカの目から、おおよそ人が生きられるとは思えない爆発がゴルンの背後で起こった。
ゴルンの動きは大きく鈍ったが、それでもまだサザンカを狙い迫ろうとしていた。
サザンカは小さく後ろに跳んで、自在砲で迫りくるゴルンの未来位置を読んで足元を狙った。
ゴルンの巨体が、傾いだ。
粘着弾だ。
すぐに霧散してしまうがそれで、構わない。
サザンカからゴルンへと距離を詰め、苦し紛れに振るわれるメイスを体を沈めて躱し、その手を掴んで身体ごと回転させて地面へと叩きつけた。
仰向けに倒れ伏すゴルンと、その上に立つサザンカ。
制限の外れた鎧で、左腕に限界を超えた増強をかけ、ゴルンの顔めがけて拳を振り下ろした。
直撃の衝撃に、今度こそ苦しみの声を堪えられなかった。
サザンカの左腕が、粉々になる感触。
そして、ゴルンの頭部に、それ以上の破壊が起こる感触があった。




