51.わたしが始めた戦いです
ミューズでやるべきことも色々とあった。
ネモの動きを独りよがりではなくすためだ。
実質的なリの国の最高権力者である、ダレルグループのシラカバ老に話を通し――ここでもネモの出品しておかなかった作品は役に立った――リの国の首長へも相談した。
リの国の首長の反応は微妙としか言いようがなかった。
ネモの意思を尊重してくれるようではあったが、いまいちピンと来ていない、そんな感じだ。
それでもネモの聖戦が成功した暁には、プライマとの交流をあらゆる角度から注力することを約束してくれた。
最後に残った問題は、戦士の確保であった。
五人揃えなければならないうちの、三人までが揃っていた。
生半な戦力では意味がないのだ。
なにせ、相手は帝国の最高戦力だ。
運でどうにかなる相手とは思えない。
数合わせをしただけでは意味がなく、無駄な犠牲者を増やすだけだとわかりきっていた。
そんなところに、ロイからの念話が来た。
『ああ、嬢ちゃん、今からそっちに行ってもいいか?』
「今すぐにですか?」
『そうだ』
「大丈夫だと思います」
「じゃあ一時間以内にはそっちに行く」
ネモはちょうど自宅で過ごしているところであった。
一時間どころか三十分もかからずにロイは来た。
庭に飛空艇が着陸する音。ベルが鳴らされる。
ネモが部屋から出て玄関まで行くと、シラユキがすでに対応していた。
シラユキはロイがわしゃわしゃと頭を撫でようとするのを、本気で嫌がって振り払っているように見えた。
来客は、ロイだけではなかった。
サザンカがいた。
軍の儀礼服を着ていた。白い軍服に赤い鮮やかな髪の毛がいつも以上に映えていた。
「よう嬢ちゃん、いきなりで悪かったな」
「いえ、サザンカさんもお久しぶりです」
「久しぶり、色々と大変だったみたいね」
ネモは曖昧な笑みを返すしかできなかった。
「今日は、どうしたんですか? その、お二人で」
ネモは、ただならぬものを感じていた。
ロイはいつものように近所を散歩するおっさんじみた格好であるが、サザンカの儀礼服は普通でない。
「コイツが用があるっつってな」
「とりあえず、立ち話もあれですからこちらへ」
二階のリビングルームに通す手もあったが、応接室で話すことにした。
移動が済む頃には、すぐにシラユキがお茶を持ってきてくれた。
「それで、どういったお話ですか?」
言いながらも、ネモは予想ができていた。
「ネモ、あなた、プライマで『聖戦』という儀式をするのよね?」
「そのつもりです」
「それには五人の出場者が必要なのよね?」
「そうです」
「私も出るわ」
ネモの想像通りであった。
サザンカの目には有無を言わせまいとする光があった。
「どうしても、ですか?」
「なぜ? 私では力不足?」
「いえ、そうとは言いませんけど、なんというか、これはわたしのワガママで、プライマ側の問題だと思っているんです。それにサザンカさんを巻き込むのは――」
それを聞いたサザンカは、どこか寂しそうに見えた。
「ネモは、私が戦うのは嫌なの?」
「それは……」
顔には、出ていたと思う。
「嫌なのね?」
変に濁すのは、逆に失礼だと思った。
「嫌です」
「どうして?」
「サザンカさんは、聖戦での勝敗の決し方を知っていますか?」
「聞いてるわ。どちらかが死ぬまででしょう?」
「わたしはサザンカさんには死んでほしくないんです」
「じゃあ参加するらしいこの男には死んで欲しいわけ?」
ふたりの話を聞いているだけだったロイがくっくと愉快そうに笑う。
「そういうわけじゃないですけど、ロイさんはプライマの人間ですし」
「あのね、ネモ。私はこれでも軍人なの」
真っ白な軍服が改めて意識させられる。
白を貴重に金と黒のラインで装飾され、よく見ればいくつもの勲章が目に入った。
「命をかけるのも私の仕事。初めてプライマに行った時は、そういう意識も欠けていたかもしれない。けど、今は違う。プライマで死にかけて、命をかけた戦いをして、戦うということがわかったわ。その上で戦わせてくれと言ってるの。あなたがやろうとしていることは、それだけの価値があると思う」
「でも……」
「これはプライマだけの問題じゃないでしょう? プライマの人間にだけ命をかけさせるのは違うと思う」
「そうかもしれませんけど……」
「それにね、ネモ。私は、ネモがやりたいと思っていることを手伝いたいの。だって私達は友達でしょう?」
そんな言い方はずるいとネモは思った。
ネモには、こう返すしかできなかった。
「わかりました。サザンカさんの力を貸してください」
「うん、任せて」
かつて、サザンカがネモを守ると言ってくれた時のことが、脳裏をよぎった。
「まあ悪くないだろうよ。ミューズの中じゃトップでもおかしくない」
「サザンカさんがですか?」
「おうよ、この俺が鍛え直してやったからな」
「そうなんですか?」
サザンカは不服そうにしながらも、
「そうよ。ロイ・ヒューリーには軍の訓練でだいぶ世話になったわ」
「そんなこともしてたんですか?」
「実はな。これで戦士は四人か?」
「はい。ロイさんと、サザンカさんと、ルインさんと、ヒューゴ卿です」
「あとひとりのアテはあるのか?」
ネモには、考えがあった。
言えば、怒られるだろう気はした。
それでもネモは考えを変える気はなかった。
「最後のひとりは、わたしが出ようかと思います」
「あん?」
「確認しますが、帝国の五戦士は、プライマでも最強格の人間が集まっているんですよね?」
「だろうよ。少なくとも壺で頭をカチ割れるような相手は混ざってないな」
「ネモ、軍に掛け合えば志願者はいくらでもいるわよ?」
「意味がないと思います、わたしが出る以上に」
サザンカは心配そうに、ロイはどことなく不機嫌そうにネモを見ている。
ネモはそんな視線を意に介さずに続ける。
「ロイさんから見て、こちらの軍の人間が参加したとして、勝ち目があると思いますか?」
「まあないだろうな」
「それならやっぱりわたしが出るのがいいと思いますよ」
「なぜだ?」
「こちらで活動して思ったのですが、たぶん、わたしが聖戦に負けて死んでしまったとしたら、ミューズは侵略されません」
「根拠はあるのか?」
「勘ですよ。でもそうなったらそうなったで、世界の流れは変わると思います。ミューズの人々は、今は危機感に欠けているかもしれませんが、それが変わるはずです」
「四人中二人が負けたら予防策が働くってわけか」
「そうなります。そうなってほしくはないですけどね」
「でも、ネモ、あなたが命をかけなくても……」
「サザンカさん、それこそおかしいですよ。聖戦に参加する人間は相手までも命をかけてるんですから。望みを叶えようとする人間が見ているだけでいいはずないじゃないですか」
ネモの紫色の瞳がサザンカを見つめていた。
「これは、わたしが始めた戦いです」
ロイが、打って変わって機嫌の良さそうな声で言った。
「好きにしろ」
「でも!!」
サザンカはロイに掴みかかってまで抗議しようとしたが、ロイはその手を振り払った。
「サザンカ、思い出せよ。嬢ちゃんと最初に会った時のことを。まともに喋れすらしてなかっただろ?」
サザンカの表情が和らぎ、昔を懐かしむような微笑みに変わっていった。
「それが今じゃこれだ」
「そうね、そうだったわね」
サザンカが立ち上がった。
「ネモ、あなたの好きにしなさい。私はあなたの決断がどこにたどり着くのか、見せてもらうわ」




