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22.事業は拡大するもの、チャンスは与えるもの


 それから半年が過ぎて、その頃にはネモの生活も安定していた。

 変化したところと言えば、ネモの家に工房ができたことだ。

 別棟とも言える大きさの工房が新たに作られ、ようやく完成したところだ。

 

 工房が出来てからは、ネモは気ままに作品を作る生活を続けていた。

 固有能力ユニークスキルではなくネモの手で直接作る作品は世に出せるクオリティではないが、単なる楽しみとして、そしていずれはモノになるよう研鑽を積むために、本来のやり方での陶器作りを継続していくつもりだった。


 固有能力ユニークスキルで作ったネモの作品はと言えば望外の評価を得ているようだった。

 No.3は24億と6000万、No.4は28億で売れたそうだ。

 その後も、月にひとつといったペースでネモは作品を発表している。

 固有能力ユニークスキルを使える頻度で言えば月にふたつなのだが、ユリの戦略によって出品するのはひとつに制限していた。


 なんでも希少価値を高めるためだそうだ。

 余った作品はどうするのかと聞いたところ、それはそれで色々な使い道があるらしい。

 出品する作品も、とっておく作品も、管理はすべてユリに任せている。

 ユリを信頼しているのもあるが、それ以外にも理由はある。


 おかしくなってしまうからだ。

 この世界で大変な評価を得ている、と噂じみた話を聞いていた段階では嬉しいことだな、で済んだのだが、実際にあり得ない金額で自分の作品が売れているのを見た時の興奮は、言葉にはできないほどだった。

 しばらくはそのことしか考えることができず、興奮で眠れない日が続いた。

 三日ほど経ってようやく落ち着いたが、ネモは自分の作品が売れた値段は知らないほうがいいと思った。


 向いてないのだ、おそらく。

 だからそういったお金関係はユリやシラユキに丸投げすることにして、穏やかな生活を送っていた。

 幸い、インスピレーションはいくらでも湧いてきた。

 違った世界の刺激か、それとも自分が良いと思って作ったものが評価されることにより自信がついてきた故か、たぶん両方だと思うが、ネモの創作意欲は変わらなかった。 


 気ままに作品を作り、快適な暮らしを続け、ミューズの娯楽を楽しむ。

 街に出かける時はほとんどユリと一緒で、色々なところに案内してくれた。

 サザンカと出かけることもあった。

 軍人、役人といったイメージのサザンカであったが、仕事ではない時のサザンカは普通の女性であった。

 一度などはふたりで服を選ぶショッピングで一日を潰したことがあった。

 楽しい思い出だ。


 ロイはといえば、あれから会ってはいない。

 サザンカはどうやらロイの所在を知っているようだったが「アイツらしくやっている」とだけ言って細かい話は教えてくれなかった。

 アイツらしくということは、たぶんろくでもないことをしているのだろう。

 ロイとルクにもいずれ会えたらな、とネモは思う。

 

 何不自由ない、夢のような生活だった。


 午前は工房に籠もり、午後はシラユキと一緒に映画を楽しみ、なんでもない一日を過ごした夜のことだった。

 

 ユリは時々、ネモの家に来て夕食を共にした。

 シラユキの作る食事が絶品、というのも一つの理由ではあるが、もうひとつは仕事の方針についての相談をするためであることが多かった。

 細かい仕事はすべてユリに丸投げし、その全貌すら把握していないネモであったが、一応は最高責任者なのだ。

 最終決定権はネモにある。

 最高責任者としてのネモの仕事は、ユリの説明を聞いて首を縦に振り、よくわからない書類に署名をすることである。

 なので、今日もそういったなにかがあるのかな、と考えてはいた。


 夕食を終え、シラユキが食器をかたし、一息をついたあとのことだった。

 ユリが持ってきた鞄から、資料らしき紙の束を取り出したのだ。


「また仕事のなにかですか?」

「そそ、今日は面白い話を持ってきたの」

「面白い話?」


 ネモの目の前に資料が置かれる。

 表には、ブランドの設立についてと書かれている。


「ブランド?」

「そう! 当社はブランドを立ち上げようとおもいまーす!!」


 ユリはひとりでわーいパチパチと拍手して喜んでいるが、ネモにはなにもわからない。


「えっと、どういうことですか?」

「ネモぴ、ブランドってわかる?」


 わからない。ユリはネモの沈黙の意味を敏感に読み取ってくれた。


「すごーく簡単に言えば、ネモぴの工房を立ち上げるの。それで職人を雇って、ネモぴがオーケーを出したデザインのものを売りに出すってわけ。順調に行けば一品物から量産品まで色々扱うつもり」

「職人を雇うんですか? それはちょっと……」

「ちょっと……?」

「わたしみたいな人が、その、他の人の作品を評価するのは……」

「ネモぴ! いい加減に自信持って!! あなたは今やこの世界で最高の評価を得ている職人なの! 自分の手で作った作品が固有能力ユニークスキルで作ったものにだいぶ劣るっていうのはウチでもわかるよ。けど、固有能力ユニークスキルで作った作品はネモぴのセンスで作ったものでしょ? ネモぴのセンスはもう間違いないの。だから、そんなネモぴがする評価はそれだけアテになるってこと」


 そんな風に考えたことはなかった。

 ネモは固有能力ユニークスキルで作った作品は、どこかズルをして作ったような気がしていたのだ。

 自分だけが持つ能力で、自分の想像通りのものを作る。

 それは、職人としての実力ではないような気がして、心の奥底では常に後ろめたさのようなものを感じていた。

 ユリの言葉は、それを晴らしてくれた。

 センスだけは間違いない。

 その言葉は、ネモの心に響いた。


「ネモぴ?」


 ユリが不安そうな顔をしている。

 ネモは今、自分がどんな表情をしているのかわからないが、そういった反応を招く表情になってしまっていたのだろう。


「い、いえ、ちょっと、嬉しくて」

「そ、そう? とにかく、自信を持ってほしいの」

「でも、どうしてそんなことするんですか? わたしは今のままで困ってませんし、色々と順調なんですよね?」

「それはそう。けど、順調なら事業を拡大してかなくちゃ。幸い資金は捨てるほどあるし、なにもしないのはもったいないじゃない?」

「うーん?」


 ネモにはいまいちピンと来ていなかった。

 ネモは今の生活にとても満足していて、このままこれが維持できればそれで幸せなのではないか、と考えていたのだ。


「それにね、人を雇うっていうことは、その人達にチャンスを与えるってことでもあるんだよ」

「チャンス?」

「そう。もう既に職人を募ってある程度候補は絞り込んでるんだけど、若い子中心に集めてるんだ。ネモぴがそうだったみたいに、実力があるのに日の目を見ていない職人っていうのはやっぱりどこにでもいるの。だからそういった人たちを助けることにもなるわけ。埋もれている職人はチャンスを得て幸せ、商品を買う側は良いものを手に入れられるようになって幸せ、ウチらも儲かって幸せってわけ。どう? 悪いところなんてないでしょ?」


 確かに悪い部分は見当たらなかったが、それだけいいことずくめだと詐欺かなにかのように感じてしまう。

 ユリのことだからネモを丸めこむため誇張して言っている部分もありそうだが、悪くない話であるのは確実であるように思えた。


「わかりました」

「わかっちゃった!?」

「わかっちゃいました。ユリさんのその話、良いと思います」


 ユリは本当に嬉しそうにしていた。

 興奮が止まらぬといった口調で、


「じゃあじゃあじゃあ、ブランド名は何にする? ネモぴブランド? ネモフィラブランド? それともルーベルブランド?」


 どれも恥ずかしい名前に思えた。が、別の案を出すにしろネモのネーミングセンスではいいものは思い浮かばず、一番マシそうな名前を口にした。


「る、ルーベルで」

「じゃあじゃあじゃあーーー」


 それからも、ユリは今後の計画を恐ろしい勢いでまくしたて、ネモは目が回ってしまいそうな有様だった。


 ネモがこれからすべきなのは、職人の選別であった。

 今日は写真での作品を見て、後日改めて実物を見ての評価、ということになった。

 

 ネモがすべきなのは職人たちのポートフォリオの評価だ。

 その後、選別した職人をユリが面接する。

 面接の内容は録音され、それをネモが改めて聞いて、ユリとネモで相談して雇うか決めることになった。

 ネモはこの世界の魔道具が音を記録できる、というのは知っていたが、その魔道具はごく小さなもので、ポケットに入れられるようなものらしいのだ。

 まどろっこしい手順かもしれないが、ユリがネモを気づかってくれてのことだろう。

 

 また面接官をしないで済むことに、ネモはほっと胸を撫で下ろした。

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