婚約披露パーティー準備
俺たちは王都の手前の大きな町へと来ていた。
ここまで来るのにおよそ一か月半かかった。
王都まで一か月でつけるはずなのに一か月半もかかったのはこの馬車隊が小さな町で止まりたがらなかったためだ。
大きな町にある貴族御用達の宿以外で泊まる気はないらしく、普通の商隊なら泊まるような宿場町や中規模の町でさえ宿泊にならないように旅程を組んでいたらしい。
ルナンフォルシード伯爵というのは相当の高級志向な人間のようだ。
いや、貴族というのはそういうものなのか?
ちなみに俺は移動の間ずっと馬小屋で寝泊まりさせられた。
全身鎧でさえ宿で泊まっていたのにこの待遇の違いは何なのか。
そんな扱いなので行く先々で小姓と間違われていろんな作業も手伝わされた。
……いまさら言っても仕方ないし、経験だと思っておこう。
今日の宿と思しき場所について馬車が止まったので俺は馬車を降りて伸びをする。
正直、馬車の旅はそこまで苦痛ではなかった。
今俺が着ている服には風除けや防寒防熱の付与がされている。
これを着ていれば屋外だろうと室内と大して変わらない感覚でいられる。
途中で衝撃吸収の付与も追加したので馬車の揺れも全然気にならなかった。
やっててよかった付与魔術!
だが、動き回れない環境というのは肩がこる。
一日中本を読んだりすることもあるし、馬車の上ではずっと本を読んでいたから気にならなかったが、こうやって外に出て伸びをするとかなり気持ちいい。
前世からこうやってコリをほぐすように動くのは結構好きだ。
しかし、一人で体操をしている俺に話しかけてくるものがいた。
「おい! レイン」
話しかけてきたのはルナンフォルシード伯爵だった。
今まで一か月半一度も話しかけてこなかったのにどういった風の吹きまわしだろうか?
俺は体操をやめてルナンフォルシード伯爵のほうを振り向く。
そして、恭しく礼をしながら返事を返す。
「ご無沙汰しております。ルナンフォルシード伯爵閣下。この度はどういったご用事でしょうか?」
これは貴族が上位の貴族に対して返事をするときの動きだ。
実は、ジルおじさんの店にあった本の中に宮廷作法の本があったのだ。
俺は暇な一か月半の間に読破し、次あったときにはちゃんと使えるように練習しておいた。
ぶっちゃけ、このおじさんたちはどうでもいいが、婚約者が王女ということは王族の人とも会うのだ。
不敬とか言われて斬り捨てられても困る。
婚約披露パーティーの会場は逃げられるような場所かもわからないのだ。
俺の動作を見てルナンフォルシード伯爵は目を見開く。
(お? 驚いてる驚いてる)
こいつを驚かせることも目的の一つだったので俺は溜飲を下げていた。
ルナンフォルシード伯爵は驚きを隠すように頬を引きつらせながら言う。
「ほ、ほう。辺境貴族とはいえ、ちゃんと宮廷作法は学んでいたようだな」
「はい。いと、尊きお方に見苦しいものを見せるわけには行きませんので」
少し古い本の様だったので、大丈夫か不安だったが、大丈夫なようだ。
こういう作法系は古いやり方のほうが謙ってていいといわれることもあるしな。
「では、アルスフィードを貸してやるので、ここでパーティーのために衣装を一式そろえろ」
「承知いたしました」
全身鎧の男の一人が俺の前に立つ。
おそらくこの人がアルスフィードなる男なんだろう。
「よろしくお願いいたします。アルスフィード様」
「……では、付いてきてください」
お? 対応がなんか柔らかくなった。
声から今まで俺に対応していた全身鎧だと思うが、家で話したときはもっととげとげしかったが、敬語がちゃんとできるようになったからか?
これは思わぬ収穫だな。
まあ、貴族お抱えの騎士だろうと本来辺境貴族の俺のほうが身分は高いからもっとしっかりした敬語で対応しなきゃいけないはずなんだが、また辺境に帰ればもう会うことはないだろうし、数日のために講釈を垂れるのもいまいちだろう。
もし俺ならそんな講釈垂れる奴の意見なんて聞かないし。
俺は数日後のパーティーのために衣装などを買いに向かった。
この後知ったことだが、パーティーは半月後でそれまでの間、宮廷作法やダンス、一般常識の勉強をすることになるらしい。
それより、俺が気になっていたことは二か月間中央軍が俺の代わりを果たしてくれるという話だったが、パーティーが辺境を離れてから二か月後になっているんだが、帰りの移動時間は考えていないのだろうか。
(……まさか、そんなはずはないだろ。きっと言い間違いか何かだ)
この時の俺は暢気にそんなことを考えていた。
***
私はアルスフィードについていくレインの後姿を見送った。
あの女の息子だからどんな蛮族が出てくるかと思っていた。
辺境で見たレインはまさに蛮族といった感じだった。
だが、先ほどの宮廷作法は完ぺきだった。
お辞儀の角度、指の位置、セリフにいたるまで、あそこまで完璧な宮廷作法は王族に近い公爵家辺りまで行かないとお目にかかれない。
どうやら、私の優秀な血はあの蛮族に混ざろうとも高貴さを失わなかったようだな。
「閣下。あれであれば、一週間ほどの教育で何とかなるかと」
「そうだな」
私の騎士がそう進言してくる。
今回の婚約は何としても成功させたい。
対魔貴族を介してでも王族と縁戚になれるチャンスなのだから。
そのために半月も前に王都につくように迎えに行ったのだから。
中央軍の移動を半月はやめてもらうためにいろいろと手札を切ったが、その価値はあっただろう。
「これはルナンフォルシード伯爵家躍進のチャンスだ。お前たちも全力で当たれ」
「「「はっ!」」」
今回の縁談がうまくいけば私の代で侯爵。
うまくいけば公爵に名を連ねられるかもしれない。
もし爵位が上がるところまで行けなかったとしても、数多くの伯爵家の中で一歩リードすることはできるだろう。
私は我が家の明るい未来を想像しながら宿の中へと入っていった。
次は18時頃に更新します。




