54 ドリルする男
「本艦を中心に傘形陣をとれ」
離水した艦隊は、空へ向かって弾雨を溯らせつつ浮上を続ける。
上空から押し寄せる異形の飛竜――魔者ヒトゥーバーンは、次々と全身を穴だらけにされ撃墜されてゆくが、怯むこともない。
群れなす逆さ人面竜は、前を飛ぶ者が後に続く者の盾となり、艦隊の中核たる超界を目指し。
やがて遂に、数匹の竜が砲火をかいくぐり、ナメラとアヤらの直上にまで接近を果たした。
「敵口腔に高熱反応!」
「ナパーム・ブレスが来る……! 全てを防ぐ必要はありません、重要設備に防御を集中して耐えましょう」
オペレーターが青ざめて報告をよこすが、アヤは落ち着いた物腰で眼鏡のブリッジに中指をあて、艦長のナメラに進言。
ナメラも頷き、クルーに指示を飛ばす。
「障壁展開。上昇速度は落とすな。各艦は、よしよし、ついてきているね、遅れるなよ」
甲板にとりついたヒトゥーバーンが、逆さまの顎を開く。喉奥に火の玉が生まれ、輝きを増し始める。
――そして、口中に炎を蓄えた怪竜は、横合いから飛来した白い巨人に串刺しにされた。
「――あれは最新鋭アーマシング『ペガサス』!……レックス財閥私設“空軍”!」
アヤが驚き見上げるのは、全高30メートルの白い巨人。アーマシング・ユニコーンの流れを汲む純白の機体だ。背中には、推進器を集合させた翼塊を具えている。
右前腕に据え付けられた懸架盾から突き出されたパイルバンカーが、ヒトゥーバーンの側頭部を貫いていた。
絶命したヒトゥーバーンを甲板から蹴落としたペガサスが、トンボの複眼に似たアイ・ユニットを発光させると同時に、超界へ通信。
「そうとも、こちらレックス私設空軍。露払いは俺たちに任せてもらおう」
「――ええ、あなた達……あなたになら、安心して背中を預けられます!」
「おう。大将にも、よろしくな」
ペガサスはブリッジに向かって親指を立てて見せると、翼塊から青白い光をたなびかせて甲板から飛び立った。
その後ろに、周囲のヒトゥーバーンを蹴散らした同型の白翼巨人が八機続き、V字の編隊をなして魔者の群れへと突撃してゆく。
「さあ野郎ども、気張れよ! なにしろ撃墜数が今期のボーナスに響くんだからなァ!」
先頭を駆けるペガサスのコクピット内で、男が部下へ檄を飛ばす。
彼は下方の超界をチラと一目だけ見ると、義手になった右手でクセのついた金髪をくしゃりと掻いた。
*
「敵航空戦力の六割を撃退!」
怪竜を払いのけ、雲を遠く下にして、なおも艦隊は上昇を続ける。
空中駆逐艦のうち数隻は、船体から黒煙を吐き出しているものの、中心たる超界はほぼ無傷で惑星クァズーレの成層圏に到達した。
「球形陣! 各艦、援護せよ。旗艦超界は、これより次元穿行を開始する」
超界艦首から伸びる巨大長大なドリルが回転を始める。巨大さゆえに緩やかに見える回転であるが、それでも次第に速度を増し、周辺の空間を陽炎のごとく歪ませてゆく。
そして、ドリルは三次元の空間に孔を穿ち。超界は、その名の通りに空間を超え、最短ルートで“目的地”に針路を定める。
――すなわち。クァズーレの|第一衛星(月)軌道上。無間対抗戦線における、最前線である!
実に400000キロメートルの距離を“一直線”に駆け抜け、僅か五分足らずで戦線へ到達。
そこは、先の海上戦が比較にならぬ様相を呈す宇宙間戦争の只中であった。
漆黒の宇宙を塗りつぶす、生物と機械が混沌とした異形の群れ。対峙するのは、超界をも上回る巨大さを誇る戦艦、人型兵器、異能超人の混成大軍団だ。
「超界、ようやく来たか! 200年待ったぞ! セカンドムーン艦隊の指揮は貴艦に任せる! ただちにファーストムーン艦隊の増援に向かってくれ! 大日天鎧が単独で戦線を維持している!」
ナメラ達の脳裏に直接、思念の言葉が響く。軍団を統括する電脳司令官の声だ。
「敵増援十万が間もなく第128防衛ラインへ到達。遊撃隊・大螺旋旭虎珠皇が西方B宙域へ進路を向けました!」
「片翼は彼だけに任せろ。随伴機などつけては虚空ドリルの足手まといになる! 輝機神2000機はE宙域へ進行せよ。一気に畳み掛けるぞ! 無間の先遣隊を殲滅するんだ!」
矢継ぎ早に指示を飛ばす電脳司令のメカニカルな声と入れ替わりに、今度は可憐な少女の思念声が響いてくる。
「大日天鎧より超界へ。陣の防衛はこちらが引き受けます。貴艦は敵の羅召要塞を叩いてください」
超界艦橋のメインモニターに、標的を示すマーカーが表示される。
黄色い照準マークが囲っているのは、山を上下に張り合わせたように巨大な二枚貝――円盤羅召魔者『クヮーンα』である。
あまりにも大きく分厚い甲殻の裂け目は深淵の混沌空間が渦巻いており、その“向こう側”から次々と無間の尖兵が送り込まれてきていた。
超界は挨拶がわりに連装中性子レーザー砲を一撃。しかし、軌道上の魔者を巻き込んで直進したレーザーは、クヮーンαに到達する前に消滅した。
「ふむふむ。かなり強力なバリアだねぇ?」
「大日天鎧からデータ提供きました。目標は、360度全方位に一億層の多重障壁を展開しているそうです」
「なるほどなるほど。超界に白羽の矢が立つわけだ」
「僕の出番かな」
ブリッジに、爽やかな青年の思念声が響く。
その声を脳裏で聴くや、アヤは――彼女だけでなく超界の乗員は皆、眼前の敵に対する恐れが霧散していくのを感じた。
「ああ、ああ、そのようだ。準備はいいかね?」
「今すぐにでもいけますよ」
頼もしい返答に頷くナメラの下方で、副官席のアヤがインカムのマイク越しにたった一言だけ囁く。
「無事に帰ってくるのよ……ヴォルテ」
「うん、アヤ」
彼の姿はブリッジには無く、表情は見えない。アヤにとって、そんなことは問題ではない。
きっと彼は、黒い瞳に“あの”渦を巻く意志の眼差しをしているだろうから。
かくして、超界の艦底から、黒鉄の影がひとつ、飛び出した。
「――――超界螺旋脈動機関『ヴォルテックス・ファーザー』、これより敵旗艦をドリルするッ!」
*
唸りをあげるドリルは、これより幾多の天地に隧道を穿ち、無明の未来へと進んでゆく。
――――案ずることはない。
その道は、必ずどこかに行き着くのだ。
ヴォルテックス・ファーザー
――完――




