53 無間対抗空中艦隊
コンサート・ホールをそのまま縮小したような艦橋には、十名足らずのクルーが配置についている。
各々は平滑なモニターに目をやりながら、両手を半球型のデバイスに添えている。半球は、いくつかのキースイッチとダイヤルが備え付けられた入力器であった。
無駄なく洗練された入出力のインターフェイス。そして、艦橋内の壁面には淡く発光する白色のパネルがしきつめられている。
――数年前のクァズーレにあっては存在すら考え及ばなかった“未来”の設備が、今やアヤ=ルミナにとっての日常風景になっていた。
「わからないものですね」
アヤは自分のデスクから振り向いて、このコンサート・ホールの最上席――艦長のシートに座る男に話しかける。
「なになに、どうしたんだい突然」
長身痩躯を猫背に丸めた男が、いかにも不健康そうな窪んだ眼窩をアヤに向けた。彼の眼差しは穏やかである。
「あなたに、こうして私達の指揮をとっていただいていること、です。ナメラ=エラーフェ“大佐”」
「ハハ、まったくまったく。だが、その大佐、という呼び方はいささかナンセンスだね? 階級も、かつての敵味方の区別も、関係がないことじゃないか――この『超界』の中ではね」
ファーザーがもたらした、正しい殖種帰化船団の知識とは、クァズーレのはるか先を行く科学技術と、もう一つ――それを用いて戦うべき『敵』の存在であった。
――『無間』――
宇宙を破壊し、混沌へと戻す者達。
遍く生命から、理から、生滅の垣根を取り除こうとする者達。
殖種帰化船団とは、無間が破壊した宇宙から落ち延びた敗残者の集団であった。敗北に絶望せず、再起を誓う生命体の軍団であった。
ファーザーの正体とは、殖種帰化船団の造種艦のひとつ、『超界』。空間支配を可能にする永久機関コズミック・ブラフマーが生み出す無限のエネルギーにより、全能出力器からありとあらゆるもの――一人間そのものでさえ――を生み出すことができる。
自らの落とし子、ひとりの無垢なる転生者を出力したファーザーは、我が子をクァズーレの人びとに託し。果たして、その子は愛され、一人の男として成長した。
ファーザーは、惹かれたのだ。
かつての故郷に生きた者達に似た姿と心を持つクァズーレの人びとに。
ゆえに絆を求めた。
混沌を攪拌し、世界を廻し続けるための。無間の円環を螺旋へと変じるための。
同胞の絆を。そして、同志の絆を。
「お出ましだ」
ナメラの窪んだ眼窩の奥がギラリと光る。
モニターに映し出されたのは、空の果てから飛来する無数の怪物だ。
喩えるならば、コウモリの翼を持ったオオトカゲ。頭部だけが上下逆さまの人面である。
おぞましい姿をした全長20メートルにおよぶ怪竜は、まるで渡り鳥の群れのごとく退去してクァズーレ東部沖合いの空を埋め尽くした。
「魔者は、どうやら完全に敵の手に落ちたようですね」
冷静な表情のまま、アヤが眼鏡のフレームに手を添える。
数年前の美少女は、今では知的な美女へと成長していた。
「全艦、対空射撃と同時に離水せよ」
ナメラの号令で、超界の周囲に展開された艦船が一斉に、海面に同心円状の波紋を生じさせる。
各艦の喫水線から下に搭載された反重力ユニットが動作を開始し、大小様々、十数隻の戦闘艦は水面から浮き上がった。




