47 不退転
「ヴォルテ。あの機体には間違いなくアンナロゥが乗っている。固有回線で通信を繋ぐわ――私が、話してみる」
ユニコーンが肩に担いだ、設計に見覚えのある試作兵器に視線を注ぎながら、アヤは通信装置のスイッチを入れた。
「アンナロゥ大佐! あなたは根本的な勘違いをしています! 殖種帰化船団にこの惑星を害する意志は無いんです。本当の敵とは――」
「――『無間』――だろう?」
先ほどまでの爆笑から一転、アンナロゥはひどく冷酷な声音を放つ。
彼のくっきりとした美しい目元には、混沌とした澱みがゆらゆらとしている。
「……知っていたんですか。なら、どうして」
「根本的な誤謬を犯しているのは、キミの方だよ、アヤくん。無間は殖種帰化船団の敵である。それは、“ただそれだけの事”だ」
「……私達の敵ではない、と?」
アヤが“私達”と口にしたとき、アンナロゥは侮蔑的に鼻を鳴らした。
艶のある低音の美声が、いっそう冷たさを増してゆく。
「無間なる勢力に故郷を追われた連中が、我々の世界を乗っ取って反撃の足がかりを作ろうとしている。それが殖種帰化船団だ。いま一度言おう。この惑星はオマエたちには渡さない」
「そこまで分かっているなら、無間はいずれこの惑星クァズーレそのものに牙を剥くことだって分かるだろう!? どうして、手を取り合おうと思えないんだ!」
ヴォルテが割って入った瞬間、アンナロゥの放つ怒気が通信越しにも伝わってきた。
「手を取り合う? 手を貸す? この惑星の誰が、いつ、そのようなことを頼んだ! 殖種帰化船団が……オマエとファーザーがやってきたことを見ろ! 異能人造生命体『エクスポーテッド』! 機械仕掛けの魔神『ルマイナシング』! 過ぎた力を一方的に、いたずらにこの世界へ持ち込み、争いの火種を押し付けようとしているだけではないか!」
ユニコーンの脚部スラスターが淡い光を帯びる。
いつでも踏み込みをかけられる、臨戦態勢である。
「そうとも。人類の命運は、人類自身が握っていなくてはならないのだ!」
このエリアの敵軍は既に撤退。
周囲では依然、両軍が砲火を交える中、黒鉄と白磁の巨人は対峙する。
「アヤ、あのアンナロゥ大佐には――」
「ええ。話なんて、通じない。あの人にとっての絶対は、自分だけだもの。強烈なエゴに手足が生えたような存在。開発室の同僚の中には、それをカリスマと呼ぶ人も居たけれど」
ヴォルテとアヤがコクピットの装甲越しに一触即発の空気を感じる中、今度はユニコーンの方から音声が飛んできた。
「ヴォルテ=マイサンッッッ!」
あまりにも聴き慣れた戦友の声に、ヴォルテは歯軋りし喉奥から声を絞り出す。
「バンカ=T……!」
対するバンカは、狂気と鬼気を歓喜に練りこんだ高揚に任せ、呪詛のような言葉を吐き始めた。
「白黒つける絶好の舞台だよなぁ、ヴォルテ」
「何を言ってるんだ、お前」
「お前はいつだって、俺が欲しいモンをかっさらっていきやがる。“こんなものには興味ありません”なんて顔してな!」
「だから。何を言ってるんだよ」
「……そうさ。俺の通る道に横たわった障害物なんだよ、お前は。だからよォ――俺は今日こそ、お前に勝つ!」
ユニコーンの双眸が赤く明滅する。
言うまでもなく、殲滅戦を意味する光である。
「殖種帰化船団のヴォルテを撃滅せよ。それが“軍人”バンカ=T=レックスに与えられた命令だ!」
スピーカー越しに聴こえてくるバンカの声に、ヴォルテは俯いたまま。
隣に座るアヤが彼の瞳を、覗き込めば。
「まったく、どいつもこいつも……」
ヴォルテの黒い瞳は強く、強く渦を巻いていた。
「――見せてやるよ、バンカ。いま、ここに僕が生きていることを――そして! ファーザーのドリルが、廻っていることをッッッ!」
「ドコーン……ドコーン……ドゴゴゴゴゴゴゴ」
「ギュイィィィィィィィィィ」
ヴォルテの意志を受け、ファーザーの脈動が早鐘を打ち、ドリルが唸る。
「お前たちが僕らの前に立ち塞がるなら、このドリルで風穴を開けてやるッ!」




