41 ジェノサイド・アンド・レスキュー
「ア゛ッ――――」
ズボンを下ろした兵士は、悲鳴とも呻きともつかない声を喉奥から絞り出し、事切れた。
灰色の床に崩れ落ちる体の下半分は、ズタズタに切り裂かれ原形をとどめていない。
二人の兵士は絶句し、アヤにまとわりつくのを止めて身構えた。
たった今、尋問室の床を突き破って大穴を開けた“円錐状の何か”を警戒して。
陵辱の手から逃れたアヤであったが、目の前で兵士が肉塊にされるのを見て、この場で唯一の味方であるヴォルテにすがるように視線を向けた。
「――よし、いいぞ。あと“二人”だ」
呟いた彼の黒い瞳は、渦を巻いている。
強い意志を抱き、何かを為そうとする時、ヴォルテの瞳はこうして渦を巻く。
ただ、この時の彼の瞳は、意思だけでない“力”をも、開いた瞳に湛えていた。
「ファーザー!」
青年の叫びに応え、床に開けられた穴から数条の“線”が噴出した。
一つ一つが直径5cmほどある鉛色をして、意志を持つかのように自在にうねり伸びる。よく見ればそれは、螺旋の溝が切られ回転している――螺旋索とでも呼ぶべきものである。
「なんだよ、なんだよコイツはァ……がッ!」
恐慌に陥りそうになりながらも拳銃を取り出した兵士の右手を、ワイヤードリルが貫く。
それ以上の抵抗は叶わない。
彼は四方八方から伸び来たドリルに全身を串刺しにされ、絶命した。
残された一人は部屋から逃げ出そうとするが、無防備にさらけ出した背中をドリルが貫く。
「ヒューッ……ヒューッ……!」
一撃で肺を吹き飛ばされた胸板から、ドリルの尖端が顔を出している。
ワイヤードリルは男を持ち上げたまま大きくしなり、天井に叩きつける!
砕けた頭から脳漿を撒き散らし、三体目の骸が灰色の床へ放り捨てられた。
「よし、ここから脱出するぞ、ファーザー」
ヴォルテは出てきた穴へと引っ込んでいくワイヤードリルを見送って、ニヤリと微笑む。
我に返ったアヤは、ようやく気がつく。
正体不明のドリルによる突然の殺戮劇に対し、彼はまったく驚いた様子がないことに。
「――ファーザー、左腕部全能出力器、起動」
穴の下から再び何かが伸びてくる。
2本の作業用機械触腕――赤ん坊だったヴォルテを抱いていたものと同じ、機械の腕だ。
マニュピレーターの先端から切断トーチが出力。ヴォルテとアヤを繋ぐ鎖を焼き切った。
「これは……ファーザーがやった、って言うの?」
「ああ、そうさ。ファーザーと、僕がやった」
「どういうこと?」
「奴らの言う通り、僕は殖種帰化船団の転生者だったんだ。僕に持たされた能力は、マシーンの思念制御――機械と、心を通わせる能力だ」
「殖種帰化船団……ヴォルテが、本当に?」
涙の跡が残るアヤの顔がわずかに曇る。
ヴォルテは彼女の動揺に気がついた。
しかし、青年は、目の前の少女を信じ抜くことをとっくの昔に誓っていたのだ。
「だけど、僕は侵略者なんかじゃあない」
そう言って、ヴォルテはアヤに微笑みかける。
昨日までと何も変わらない、ヴォルテ=マイサンの笑顔だ。
――そうだ、彼はヴォルテだ。間違いなく、ヴォルテなんだ――
アヤは思いを込めて祈るように、組んだ両手を胸に埋め、深く頷いた。




