28 正体
深夜、物音ひとつ立てずベッドから抜け出したアノルドは、相部屋の子供が目を覚ましていないことを確認。
寝室の窓から、カーテンを継ぎ合わせた即席のロープを垂らす。
ごく手慣れた様子で、二階の窓からするすると伝い降り、外へと抜け出した。
「どこへ行くんだい、アノルド」
「ゥ……ヴォルテ、お兄ちゃん……!」
いつの間にか、ヴォルテが立っていた。
どうやら物陰に隠れていたらしい。つまり、“こうなる”ことを予測していたのだ。
「ずっと気になっていることがあったんだ。アノルド」
静かな口調である。
だが、青年の佇まいには“隙”が排除されていた。
それは、訓練された軍人特有の“警戒態勢”であった。
「きみは最初に、僕“たち”を軍人と呼んだね。たしかに乗っていた車は軍用車だし、僕は軍服を着ていた。だけど――平服のアヤ少尉まで軍人だと判ったのは、どうしてなんだい」
「それは……軍隊の車に、乗ってたから……」
「そうか。そういうことにしておこう。じゃあ、もう一つ質問だ。どうして君、アーマシングが居る方へ行こうとするのかな?」
アノルドが息を呑む。
夜闇ゆえ判然としないが、おそらく彼の顔は一瞬だけ青ざめた。
「僕にはプラナ・ドライブの音が聴こえるんだ。答えろ。きみは一体、何者だ」
「――ケッ、ここまで鋭い“ボウズ”だったとはな」
野太い声音が、アノルドの喉から吐き出された。
俯きがちでおどおどした少年の相は既になく、代わりに狡猾で老獪な『男』の険相が滲み出す。
「おい、カソルド! ズラかるぞ!」
がなり声が夜空に響き、程なく、微かであったプラナ・ドライブの動作音が次第に大きくなる。そして、音は断続的な地響きを伴っていた。
――一体のアーマシングが、跳躍を繰り返し近づいてきたのだ。
「ニイちゃん! 向かえにきたど、ニイちゃん!」
闇に浸むような紫色の二脚型アーマシングは、タキドロムス孤児院の前へ乱雑に着地した。
どことなく間の抜けた思慮に欠ける声が、外部スピーカーから発せられている。
ヴォルテが拳銃を構えるより早く、アノルドは機体から垂らされたタラップを駆け上った。
「馬鹿、ガキどもが起きちまうだろうがっ!」
「ゴ、ゴメンよニイちゃん」
声の主――弟のカソルドを叱責しながら、素早くコクピットへと乗り込む。
コンソールを操作し、ドライバー・コントロールを自分の側へと切り替えた。
「他はとるに足らん女子供だが、あの男だけは厄介だ。始末していくぞ」
紫色のアーマシングが、三つの目を怪しく発光させる。
ヴォルテは下唇を噛みながら、この状況に既視感をおぼえた。
夜空を背に立つ巨人。
ただただ見上げることしかできない、非力な自分。
傍らに在る、守りたい人たち。
――それならば。
「あの時と同じだ! あの時と同じだ!」
ヴォルテの黒い瞳が渦を巻く。
悠々と片足を持ち上げる紫色のアーマシングを、怯むことなく、臆することなく睨み。
「来いッ! ファーザァァァァァ!!」
叫びが夜空に響き、青年は黒鉄の巨人を召喚んだ。
「ドコーン……ドコーン」
「ギュイィィィィィィィ」
脈動音、回転音、そして――大地が弾ける。
ヴォルテを踏み潰そうとした紫の巨人を跳ね除けて、黒鉄の背中が雄々しくそびえ立つ。
背中のコクピット・ハッチが開放され、乗降用タラップが降りてくる。
乗り込んだコクピットは、無人であった。ヴォルテは訝ることもなくシートに座り、操縦桿を握り、フットペダルに足を掛ける。
ファーザーの視界が正面モニターに映し出された。
――さっきまで見上げていた三ツ目のアーマシングを、今は見下ろしている。
――さっきまでなす術もなかった巨人に対して、今は打ち倒す術がある。
青年ヴォルテ=マイサンは今、黒鉄のドリルロボット・ファーザーに“なった”のだ。
「この覗き魔!逃がさないぞ!」
右腕のドリルを、目の前の敵へ向け啖呵を切る。
「ありゃあ不可抗力ってヤツだ、人聞きの悪いこと言うんじゃねえ。ま、たしかに諜報活動はやろうとしたけどなァ!」」
アノルドの軽口めいた買い言葉を合図にして、二体の巨人は激突した。




