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26 帰郷

「本当に休暇をもぎとって来るんだもんなぁ……」

「何か言いました?」

「いえ、少尉の有能さに舌を巻いていた所ですよ」


 軍所有の四輪駆動車の助手席に座る少女に、ヴォルテは肩をすくめてみせる。

(クァズーレの文明レベルは、アーマシングに関連するもの以外は概ね近現代地球と同等である)


 アヤの出で立ちは、清楚な感じのする白いブラウスと空色のフレアスカートに、ブランドを知らないヴォルテでも安物でないことは分かるハンドバッグ。

 これも最初、ヴォルテには分からなかったが、どうやらメイクもいつもより華のある仕上がりである。

 普段は軍服に身を包んでいるから、辛うじて軍人であると思えるが、今のアヤはどこからどう見ても“休日を過ごすお嬢様”といった雰囲気だ。


「のどかな所ですね」


 流れていく景色は緑豊かな畑に、ぽつぽつと点在する民家のみである。

 車の窓を開けると、心地よい風が吹き込んでくる。

 アヤはたおやかな仕草で、なびく自分の黒髪をおさえた。


「このあたりは地理的に戦略上の価値は薄いですから、最近はかみの方から疎開してくる人も居たりしますよ」

「そう、なのよね。だからこそ不思議だわ。この土地は、アーマシングだとか軍隊だとかいうものとは本来無縁なのに」


  不意に真剣なトーンを取り戻したアヤの言葉を、ヴォルテは静かに手振りで遮った。


「少尉。人影です」


 注目を促した先には、たしかに道端に立つ何者かの姿。

 ヴォルテは車をその人影の側に停め、運転席に座ったまま声をかけた。


「きみ、こんな所でどうしたんだい」


 普段から穏やかな口調のヴォルテだが、この時は意識的に印象を柔らかくしようとしていることにアヤは気づいた。

 人影とは、小さな男の子であった。


「ゥン。お兄ちゃんたちの車、見てたの。軍人さんだよネ、お兄ちゃんたち」

「そうだよ。軍の車は珍しかった?」

「ゥン……父ちゃんが軍人だったの。ボク、父ちゃん探してるの」


 ヴォルテとアヤは、改めて男の子を見る。

 身につけている子供服は所々がよれ、しばらく着替えていないようだ。

 髪に浮いた脂のツヤからも、彼が充分な保護者の庇護下にないことを窺わせた。


「――自己紹介しよう。僕はヴォルテって言うんだ。きみの名前を教えてくれないか?」

「……アノルド。アノルド=ダイオード」

「ダイオードさん所のアノルドくん、だね。この先にね、タキドロムス孤児院という所があるのは知ってるかい? 知らない? 僕たちはこれからそこへ行くつもりなんだけど、きみも一緒に来るといい。とても頼りになる人が居るからさ」


 ヴォルテは「構いませんね?」という視線をアヤに送り、アヤも「もちろん」とばかりに頷いた。

 アノルド少年は、どこかオドオドとした上目遣いで二人を交互に見比べていたが、やがて口を開いた。


「え……エェと……ゥン」


 *


 施設の庭先で遊んでいた子供達は、車から降りてきたのがヴォルテだと気付くと一斉に駆け寄ってきた。


「ヴォルテ帰ってきたー! おかえり!」

「チルくんダメだよー、もっとていねいに言うんだよー! おかえりなさいませ!」

「ハハハ、タバミもチルも元気そうだね。ただいま。カナさんを呼んできてくれないかな」

「わかった! カナせんせー! カナせんせー! ヴォルテがかえってきたーよー!」


 男の子が叫びながら、建物へと全力疾走を始める。

 もう一人の女の子はその場にとどまる。

 ヴォルテの後ろに居る“見知らぬ人たち”に関心があるようだ。


「お姉ちゃん、ヴォルテのおヨメさん?」

「へっ、お嫁さん……!?」


 突然の飛躍した問いに、アヤは自分でも意外なほど動揺し、頰を紅潮させた。


「違うよ、タバミ」

「じゃあカノジョ?」

「彼女!?」

「だから、そうじゃないって。この人は、僕の上官。えらい人なの」

「ええ〜ちがうの〜! コドモがいるのに!? カノジョができるとコドモがうまれて、カノジョはおヨメさんになるのに!?」

「こ、こここ、子供が産まれ!?」

「どこでそんな偏った覚え方をしたのさ。この子はね、さっき困っていたからうちまで連れてきたの。すみません少尉、なんだか失礼なことを――少尉?」


 アヤは、真っ赤になった顔を両手で隠していた。

 頭から湯気でも出そうなほどである。


 上官の様子がおかしくなった理由が判らずヴォルテが戸惑っていると、先ほど建物の中へ向かったタバミを連れて、救いの象徴のような女性がやってきた。


 カナである。

 兵学校に居た頃も手紙のやりとりはしていたが、直接顔を合わせるのは四年ぶりであった。

 カナも気持ちがはやるのか、ヴォルテの名を呼びながら小走りで近づいてくる。

 体が上下する度に、胸元が重々しく大袈裟に揺れた。


「ただいま、カナさん。紹介するよ。こちら、アヤ少尉と、アノルド君」


 ヴォルテとアヤの後ろに隠れていたアノルドが、おずおずと会釈するのを見て、カナは慈愛に満ちた微笑みを浮かべた。

 一方、顔を隠していたアヤは、“目的”の人物と早くも対面することになったので、慌てて姿勢を正し、馬鹿丁寧に腰を折って頭を下げた。


「はじめまして、アヤ=ルミナですっ! え、ええと、よろしくお願いします、お義母かあさまっ!」


 アヤは既に自分が何を言っているのか分からなくなるほど動揺しきっていた。

 驚いて二度見してくるヴォルテにも気付かず、お辞儀を終えるなり全身を硬直させて直立不動である。


「――あらあら」


 そんな少女の様子がなんとも微笑ましくて、カナは自分の手を頰にあてて穏やかにウフフ、と笑うのであった。


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