22 ジャイアント・キリング
「畜生、おびき出されたのか!?」
後方のモニターを確認して、バンカは舌打ちした。
河にかけられた盾の橋を、敵の重装アーマシングが次々と渡っていく。
友軍の四脚アーマシング『ケンタウロス』は、ライフル砲で敵の渡河阻止を試みる。
だが、火力を分散することは、対岸から依然飛び来るデュラハンの砲撃に隙を見せることを意味していた。
さりとて、接近してきたデュラハン重装型の装甲は、白兵戦用『ケンタウロス2』の携行兵器では容易に貫けず。
敵前衛の渡河を許したことで、サウリア軍は機先を制された格好となったのだ。
「少尉。敵の前線が迫っています」
「……ええ、後退して下さい。ただし、ファーザーの視認は可能な状態に保って」
桃色の唇を噛み、アヤはつとめて頭の中を冷静に保とうとしている。
指揮支援アーマシング『アクリダ』の装甲越しに伝わってくる砲火の轟音、機械巨人たちが大地を蹴立てる地響きは、次第に大きくなってきていた。
「少尉、大隊司令アンナロゥ大佐より電文を受信しました!」
オペレータをつとめる兵士が、やや上ずった声でアヤを呼ぶ。
彼よりも年下の少女は、静かに頷きモニタに眼鏡越しの視線を向ける。
「――信号弾! ファーザーに後退指示ッ!」
アクリダから打ち上げられた信号弾の明滅に、バンカは再び舌打ち。
「おいヴォルテ、帰って来い、だってよ!」
「そう――かッ!」
ヴォルテは渦巻く瞳で正面モニターを睨み、左右の操縦桿を前後左右に繰ってファーザーに回避行動をとらせた。
直後、ブルダが振り下ろしたサーキュラー・ソーが、黒鉄の巨人をかすめて地面を派手に抉る。
続いて横薙ぎに来る回転刃。バックステップで見切った所へ、追撃のロケット弾が撃ち込まれてくる。
ファーザーは右腕のドリルを掲げ、ロケット弾を粉砕。
その爆風をX字軌道で切り裂き、ブルダの二連サーキュラー・ソーが迫る!
「この野郎ッ!」
力任せに振るったドリルを、二枚の回転鋸にブチ当てる。
回転に回転が激突し、生み出された反発力でブルダの巨腕が跳ね上げられた。
巨腕を除けられ、ドーム状の本体が露わになる。好機と見た刹那、またしてもロケット弾が足元へ着弾。
ファーザーはまたしても、追撃を阻まれる。
「畜生、このデカブツ! 死角は無いのかよ!」
「……バンカ、大丈夫だ。こいつは“倒せる”。厄介さで言えば、さっき取り逃がした『指揮官のデュラハン』の方が上だ」
「そりゃお前、確かにそう、だけどよ。倒せるったって、どうすんだよ」
ヴォルテは聴いた。
隣で問いを発する戦友の声ではない。
黒鉄の装甲越しに。
猛り狂う、敵の回転鋸が放つ金切音を聴いたのだ。
「こうするんだ――!」
ヴォルテが操縦桿を倒し、ファーザーを前方へ踏み込ませる。
当然、真正面から迫るブルダの巨腕サーキュラー・ソー。
「どわぁ!」
突然の突進に合わせ、バンカは咄嗟にトリガーを引き、ファーザーの右腕を突き出させ。
ヴォルテはペダルをベタ踏みでドリルを回転させ。
ファーザーのドリルは、ブルダのサーキュラー・ソーとぶつかって。
「――――よしッ!」
回転する円盤鋸の鉤刃と、ドリルの螺旋刃とが寸分違わず“噛み合った”。
その瞬間、ファーザーの各関節に凄まじい負荷がかかる。ドリルの回転が止められたことで、行き場を失った力が根本へと逆流しているのだ。
だが、それはサーキュラー・ソーを止められた対手とて同じことである。
「やれッ! ファーザー!」
「ドゴゴゴゴゴゴゴゴゴ」
ファーザーの脈動が重低音の早鐘を打ち、装甲の隙間から青い光が漏れた。
ブルダの巨腕を下から支える格好になっているファーザー、各関節が軋むような音をあげる。
そして、メキリ、と耳障りな音がして。
ブルダの巨腕が一本、根本からもげた。
「よくやった、すごいぞ、ファーザー」
ファーザーは五体満足。
コクピットの中、額の汗を拭うヴォルテの横で、バンカは何が起きたのか呑み込めていない。
――諸君は、小柄な合気道の達人が、屈強な男の手首を押さえただけで地面に這い蹲らせるのを見た事はないだろうか。
ファーザーが為したのは、まさにそのような類の技術であった。
直接の破壊ではなく、相手の構造を破壊する対機甲戦術は、現時点のクァズーレにおいて未だ編み出されていない――
かくして敵機小破の隙をつき、ファーザーは地中へと逃れた。




