説明できないけど、駆け落ちしました。団長と。
「はあ、なんて解放感!」
団長のいない部屋で副団長のジェイクは思わず声を出してしまった。
何の因果か、団長との付き合いは十五年に及ぶ。
恐らく彼が女性である団長を見下したり、馴れ馴れしくしたり、襲ったりしないので、彼は団長の元で三年も副団長として働けているのだろう。彼の前任者たちは問題を起こして、多くが左遷、降格、退団させられていた。
ジェイクには野心がない。生来の怠けものであり、副団長などになるつもりはなかった。
けれども、アレックスの副団長を長く続けられるものがおらず、とうとう彼に順番が回ってきた。
ジェイクは彼女の同期であり、出世欲もなく、女性に対しても横柄な態度を取ることはない。アレックスと訓練していた時も彼女に馴れ馴れしい態度を取ることはなかった。
副団長になれば給料が上がるため、両親や姉と妹は大喜び。
しかし、怠け者の彼は複雑な心境だった。
ともかく仕事をするのが嫌いなのだ。
軍に入ったのも何もすることもなく、プラプラしそうだった彼を働かせようと無理やり両親が入団させた。
体力だけはあったので、軍で落ちこぼれることもなく、歯車の一つとして軍人をやっていた。
このまま定年まで無難に過ごそうと思っていた矢先、この大抜擢である。
周りは冷やかし、ジェイクはとても嫌な気持ちで副団長の地位に座った。
アレックスは将軍の娘であり、そのコネで入団できたと言われていた。
気まぐれで入団し、すぐに値を上げると将軍も周りもおもっていたのだが、彼女は訓練をやりぬき、その実力を示した。
彼女は魔法が得意であり、筋肉強化、防御の魔法を己にかけ、接近戦もほどなくこなした。
尋常じゃない魔力は常に体から出ており、半端な者は彼女には近づけない。
しかし、ある程度の魔力があれば彼女に近づくことも可能だったので、将軍の娘と懇意になれば将来安泰と彼女に不埒な真似をするものもいた。
彼女はそのような輩をコテンパンにのして、将軍にその不埒者を渡した。
その後、その者は退団に追い込まれるか、左遷されるのだが、彼女に近づこうとするものは後を絶たなかった。
彼女は見た目が可憐なのだ。
将軍のことは抜きにしても、彼女と関係を持ちたいというものは多く、彼女は苦労していた。
彼女とは同期でもあったので、そんな苦労をジェイクは知っていた。
だからこそ、いやいやながらも副団長の地位についたのだ。
彼女の性格は苛烈、仕事にも厳しい。
なので、彼女はいる時は事務所もぴりぴりしており、ジェイクはそんな雰囲気が好きではなかった。だから、彼女がいない部屋の穏やかな雰囲気を彼は満喫していた。
なんどもやめようと考えたことがあったが、彼女のあの時は顔が過り、ジェイクはこの地位についたままだった。
入団一年目、訓練兵の時に彼女は集団に襲われた。それが最初。
襲った者の主犯は将軍の怒りにふれ、死刑。
加わったものは国を追放された。
実際はもっと重い罰則を与える予定だったのだが、高位の貴族だったため、処罰を逃れたのだ。
ジェイクは襲われた時に彼女の元へ駆けつけたのだが、時はすでに遅く、それ以上のことが行われないように守るのが精いっぱいだった。ショックを受けた彼女は呆然としていて、ジェイクはこのまま彼女は軍を辞めるのだと信じて疑わなかった。
しかし、彼女は残り、髪を短く切り、訓練に耐え、団長にまで上り詰めた。
「……いよいよ諦める時がやってきたようだ」
翌日、仕事にもどってきたアレックスがぼやいた。
「何を諦めるんですか?」
「ジェイク。お前は団長はいやだよな?」
「いやですよ。絶対に。え?団長、辞めるんですか?」
「ああ。そのようだ」
自分のことなのに、アレックスはそう答える。
「女であることが本当に悔しい」
彼女は弱音を吐くことがまったくない。
でも今日の彼女は困り果てて顔をして、弱り切った声を出していた。
「三年間。ありがとう。いや、入団時から数えると十五年か。もう子など産める歳でもないのにな」
その言葉で、ジェイクはアレックスが誰かと結婚して、退団することを理解する。
「断れないのですか?」
「断れないさ。相手は隣国の王子だ」
「王子?」
「私を妃にしたいらしい。もちろん、予備だがな」
アレックスはくくっと籠った声で笑う。
「子も産めない私を傍に置きたいそうだ」
「酷い話だ」
ジェイクは気が付けばそう答えていた。
「そんなの団長のことを全然考えていないじゃないですか」
「……家のため、国のため、最後まで働いてほしい、と。私も国に体をささげた身、こういう働きも国のためになるだろう」
「団長は、軍を指揮して、立派な働きを見せているじゃないですか?団長が団長になって以来、国境を越えた隣国の兵はいません。ここ三年、国境に近い町が襲われていない。すごいことですよ」
「それは私一人の努力ではない。君の力もある。もちろん、兵士一人一人の力も」
アレックスはジェイクの言葉に笑う。
「できれば君が団長を引き継いでほしいのだが」
「無理ですよ。あと、俺もやめますから」
「は?」
「団長。もう十分でしょう。逃げましょう」
「は?」
「俺と一緒に逃げましょう。俺と団長なら逃げきれます。たまには本気を出すのも面白いかもしれない」
ジェイクはいままで本気で魔法を使ったこともなかったし、戦ったこともなかった。
でもこの時、団長アレックスのためなら、自分の力を限界まで使ってもいいと思ったのだ。
「君にそんなことはさせられない」
「俺は自分の意志で団長と逃げることにしました。今まで、面倒だと思ったし、団長の元で働くのが嫌だった」
「やっぱり。だったら」
「あなたが誰かの妃になるなんて、嫌だ。似合わない」
「似合わないって」
「だいたい、あなたも嫌なんでしょう?」
「ああ」
「ほら、だったら逃げましょう。大丈夫、私たち二人が消えても、団長と副団長になりたいものは沢山いますから、困りません」
「それはわかるが」
「さあ、行きますよ」
「今か?」
「今ですよ。後になるとどんどん面倒になる。置手紙くらいしましょうか」
ジェイクは手紙に、団長と駆け落ちすると認め、団長と国を出た。
ジェイクは生来の怠け者。
だけど、団長のアレックスのため、動いた。
彼は自身、それがどういう感情が理解しないまま、アレックスと共に国を出た。
アレックスもジェイクに言われ、結婚したくないと強く思い、彼の手を取った。
二人の関係は、団長と副団長のままであり、ぎこちない逃避行は続く。
関係が恋に変わるのか、単なる友情で終わるのか、それは別の物語で。
(おしまい)




