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77.F級の僕は、獣人の少女を救い出す


5月20日 水曜日13



鉄格子の向こうにいる彼女は、少し(おび)えたような表情を浮かべながら音のした方向、つまり僕の方に視線を向けてきた。

ただし、彼女には、【隠密】状態の僕の姿は見えないはず。

と、彼女が、口を開いた。


「そこにいるのは……誰?」


どうしよう?

【隠密】を一旦解こうか?

だけど、この獣人の少女の素性がまだ分からない状態で、僕の姿を見せるのは、得策じゃ無い気もする。


迷った末に、僕は、【隠密】状態を維持したまま(ささや)きかけた。


「君は、誰? どうして、ここにいるの?」

「……【隠密】を使用していますね?」

「!」


まさか、【隠密】状態の僕の姿が見える?


僕は、努めて冷静に言葉を返した。


「どうして、そう思ったの?」

「私は、誇り高き戦士アク・イールの娘、ターリ・ナハ。父のスキルを知らない等という事が、有り得ましょうか?」

「僕の姿は見える?」

「あなたの姿は見えずとも、あなたの気配は感じます」


気配を感じる?

獣人特有の能力か何かだろうか?


「ごめんね。今はまだ、名乗る事が出来ないんだけど、君がどうしてここにいるのか、理由を聞かせて貰えないかな?」

「それはお断りさせて下さい。正体不明の相手に、身の上話をする趣味はございません」


彼女は、明確な言葉で僕の質問を拒絶した。

さすが、あのアク・イールの娘という所か。

見た目と異なり、なかなか芯の強い少女のようだ。


「僕は、君のお父さんからこれを託されたんだ」


話ながら、僕は、ポケットから【アク・イールのネックレス】を取り出した。

そして、それを鉄格子の隙間から中に入れ、牢屋の床に置いた。

僕の手から離れた瞬間、彼女の目にも【アク・イールのネックレス】を認識する事が出来るようになったのだろう。

彼女は、驚いたような顔で、【アク・イールのネックレス】を拾い上げた。

そして、ロケットペンダントの蓋を開けて中を確認した。

彼女の琥珀色の瞳にみるみるうちに涙が溜まってきた。

しかし、その涙は、彼女が一瞬ぎゅっと目を閉じて、再び目を開けた時には消えていた。


「父は、最後まで誇り高かったでしょうか?」


―――ドクン!


僕の心臓が跳ね上がった。

彼女は、アク・イールがもうこの世にいない事を悟っている?

だとすれば、ここで真実を捻じ曲げて伝えるのは、僕が命を奪ったアク・イールと、彼女に失礼に当たる。


そう考えていると、僕の口から、自然に言葉が(あふ)れ出した。


「……アク・イールは、誰の命も奪わずに、任務を遂行しようとしていたよ。最後も……降参すれば助かったかもしれないのに……ごめん」

「あなたが謝る必要は無いです。戦士が戦場に臨んだ以上、敗れればそれは死を意味します」

「アク・イールは、死の間際に、そのネックレスの事を口にしていた。だから、僕は君に会いに来たんだ」

「そうだったのですね……分かりました。そういう事情でしたら、私がどうしてここにいるのか、お話ししましょう」


彼女は居住(いず)まいを正すと、語り始めた……


獣人族は、元々定住地を持たず、狩猟採集生活を送る種族であった。

獲物を追い、季節ごとに常に移動する生活。

しかし、ヒューマンやエルフ達による、強大な権力を持つ国家が誕生すると、多くの獣人達の生活も次第に変わる事を余儀なくされていった。

国家の統制下に入った獣人族の中には、伝統的な生活を捨て、街や村で定住生活に入る者も増えていった。

そんな中でも、少数派ではあるが、今なお、放浪の生活を送る部族も存在し続けていた。


黄金の牙(アウルム・コルヌ)】もそんな伝統的な生活を守る部族の一つであり、その族長がアク・イールであった。


アク・イールは、部族本来の生活を守るため、アールヴ神樹王国と盟約を結んでいた。

アールヴ神樹王国は、【黄金の牙(アウルム・コルヌ)】の伝統的生活を認め、保証する事。

その代わり、【黄金の牙(アウルム・コルヌ)】は、アールヴ神樹王国の要請に従い、“任務”を遂行する事。

以来、【黄金の牙(アウルム・コルヌ)】最高の戦士でもあったアク・イールは、アールヴ神樹王国の求めに応じ、何度も“任務”を遂行してきた。


2週間前、突如状況が変わった。


アールヴ神樹王国は、些細な言いがかりにより、盟約の破棄を通告してきた。

申し開きの為、自らアールヴに赴いたアク・イールは、帰ってこなかった。

代わりに、アールヴの光樹守護騎士団がやってきて、アク・イールは、罪を得て拘束されている事、本日を以って、【黄金の牙(アウルム・コルヌ)】は、解散させられる事等を一方的に告げて来た。

部族の構成員達の中には、アールヴ神樹王国と一戦を交えるべき、と主張する者もいた。

ターリ・ナハは、そんな部族の人々を(なだ)め、自ら率先してアールヴに赴いた。

しかし彼女の希望した女王陛下との謁見も、父アク・イールとの面会も果たせぬまま、この地下牢に幽閉されてしまった……


僕は、彼女の話に衝撃を受けた。

状況から考えれば、つまり、彼女は、アク・イールが確実に“任務”とやらを果たすための人質にされた、と考えられるのではないだろうか?

そして、そのアク・イールは、僕がこの手で……


「……私の経緯(いきさつ)は、以上です」


話し終えたターリ・ナハは、そう話を締めくくった。

言葉を返せず、ただ絶句している僕に、ターリ・ナハは、囁くように懇願してきた。


「私をここから出して頂けないでしょうか?」


ここから……

そうだ!

元々、アク・イールの娘、ターリ・ナハが地下牢に閉じ込められている理由に納得いかなかったら、彼女を救い出そうと思っていた。

僕は、あの衛兵から【スリ】盗ったカギ束のカギを、鉄格子のカギ穴に1本ずつ差し込んでみた。


―――カチャッ


6本目のカギが、当たりであった。

僕は、静かに鉄格子の扉を開けると、彼女に歩み寄った。


後は、彼女を壁に固定している鎖とこの首輪を何とかしないと……


僕は腰に差していたヴェノムの小剣を抜き出した。


「ちょっとじっとしててね」


彼女が頷くのを確認した僕は、ヴェノムの小剣を思いっ切り振り抜いた。


―――ガキキン!


一撃で首輪を断ち斬る事に成功した。

彼女は、視認出来ていないはずの僕に、頭を下げてきた。


「ありがとうございます」


これでとりあえず、彼女を連れ出せる。


「あと、ここから脱出する方法なんだけどね。ちょっとこの袋を(かぶ)って貰ってもいいかな?」


僕は、エレンから貰った袋をポケットから取り出し、その場に広げて置いた。

僕が手を離した瞬間、ターリ・ナハもその袋を認識する事が出来たようであった。

直ちに僕の意図を理解したらしい彼女は、頭からすっぽりその袋を被った。

僕は、そのまま袋ごと彼女を抱き上げると、エレンの待つ入り口方向に急いで移動した。


エレンは、僕を見送った時と同じ場所、入り口の扉付近に佇んでいた。


「エレン、アク・イールの娘さんを連れて来た」

「それで、これからどうするの?」

「ちょっと転移させて欲しい所があるんだ」


僕の言葉を聞いたエレンは、地下牢の出入り口の扉に、耳を押し付けた。

しばらくそのまま何かに耳を澄ませた後、エレンが再び僕の方を見た。


「今なら大丈夫」

「ここから転移できるの?」

「違う。この扉を開けても大丈夫。この扉の向こう側に行かないと、転移できない」


どうやら、扉の向こうに、衛兵或いは巡回する精霊がいないかどうか、確認してくれたらしい。


僕は、ターリ・ナハを(くる)んだ袋を抱えながら、そっと扉を開けて外に出た。

エレンも、同時に僕の横をすり抜け、廊下の向こうへと音も無く走って行った。

詰め所の方に視線を送ると、まだ2人の衛兵は、談笑中であった。


仕事熱心でない彼等には感謝だな……


場違いな事を考えながら、僕は、慎重に、地下牢への出入り口のカギを掛け直した。

そして、そのまま一旦、詰め所の前を通り過ぎた。

少し進んだ場所で、ターリ・ナハを包んだ袋を廊下にそっと下ろしながら、囁いた。


「ちょっとここで待っててね」


僕は、再び詰め所の方に引き返した。

そして、詰め所に忍び込むと、先程カギ束を【スリ】盗った衛兵に近付き、今度は、カギ束の【スリ】渡しを試みた。

次の瞬間、カギ束は、何事も無かったかのように、衛兵の腰の元の位置に戻っていた。

衛兵は、気付くことなく、同僚と談笑している。


僕はそのまま詰め所を後にすると、ターリ・ナハを包んだ袋を再び抱え上げた。

そして前方、エレンが走って行った方向に、急いで向かった。



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[気になる点] アク・イールは、誰の命も奪わずに、任務を遂行しようとしていたよとあるが、声が出なくなるくらい喉を切られているのは普通死なないだろうか?
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