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694.F級の僕は、アナスタシアの脳筋ぶりを再確認する


6月23日 火曜日25



僕が【影】2体と手分けして全ての小屋の中の物品を外に運び出し終えた――まあ、その過程で施錠されていた全ての小屋の壁をぶち抜く羽目にはなったけれど――のとほぼ同じタイミングで、事前の宣言通りにアナスタシアが僕の(もと)へとやってきた。

彼女はこれ以上ない位、言い換えればわざとらしい位に友好的な笑顔で声を掛けてきた。


「お疲れ様」


彼女にチラッと視線を向けてから、僕は彼女に張り付けておいた【影】の召喚を停止した。

ちなみに【影】が帝都と直接交信可能な魔道具と思われる何かを破壊したのは確認済みだ。


「向こうはどうだった?」


彼女が首を(すく)めた。


「駄目ね」

「駄目、とは?」

「報告書も機密文書も特殊な呪法で処理されていたみたい。私が触れた途端、全部粉々になってしまったわ」


本当だろうか?

って、また顔に出ていたのだろう。

彼女が笑顔のまま言葉を継いできた。


「ふふふ、かなり疑心暗鬼になっているわね。でも過剰な警戒心はあなたの神経をどんどんすり減らすだけよ? 考えてみて。もし私が本当にあなたの目から機密文書なんかを遠ざけたいのなら、最初からそういった文書の保管場所について言及しないって選択肢もあったわけでしょ? でも私は事前にあなたにその事を教えて上げた。少なくとも私が表面上は協力的であろうとしているって考えておいた方が、気が楽になるわよ?」


いや、そういう事を平気で口にしてくるからこそ、僕としても全然気を抜けないわけだけど。


とりあえず僕は彼等(宮廷特務の精鋭達)の私物と思われる物品の山に発光石の光を向けた。


「ほら、運び出しておいたぞ。調べるんだろ?」


…………

……



僕が発光石で照らし出す中、たっぷり10分程かけて彼等の私物をチェックしていた彼女が顔を上げた。


「何か分かったのか?」


僕の問い掛けにしばらく何かを考える素振りを見せた後、彼女が言葉を返してきた。


「コレ、全部あなたのインベントリに収納して、後でユーリヤに見せてみて」

「ユーリヤさんにって、来歴を見てもらえって事か?」


彼女が(うなず)いた。


「例えばこれ」


彼女が手にしていた灰皮表紙の手帳をおもむろに開き、僕に見せてきた。


「何が書いてある?」


そこにはネルガルの文字で、何でも無さそうな日常の出来事が書き込まれていた。

今日は朝何時に起きたとか、朝ご飯は何を食べたとか、午後は仲間と何かのカードゲームで賭けをしていくら負けたとか。


「これがどうかしたのか?」

「これは符牒(ふちょう)よ」

「符牒?」

「そう。つまりこれらの文章そのものが仲間内だけで通じる暗号文になっているってわけ」

「それを知っているって事は、お前はこれを解読出来る?」


しかし以外にも彼女は首を横に振った。


「解読出来ないからわざわざユーリヤに見せてって頼んでいるのよ」


ん?

どういう事だ?


「え~と、ここに書かれている一見何の変哲もない内容は、符牒とやらを使った暗号文になっている?」

「ええそうよ」

「でも解読方法は知らない?」

「だからそう言っているじゃない」

「え~と……それじゃあそもそもどうしてこれが符牒だって判断出来たんだ?」


見た感じ、単なる個人的な日記としか思えないんだけど。


「これを見て」


彼女が手帳を複数広げてきた。

どれもこれも日常の些細な出来事が書かれているだけ。

もしかして宮廷特務の皆さんは、そろいもそろって全員毎日日記を書く事が義務付けられている? っていうのも、なんだかおかしい気も……


僕の心の動きを読んだかの如く、彼女が言葉を継いだ。


「ね? おかしいでしょ? だからこれは符牒と考えて間違いないはず。九分九厘、彼等に与えられている任務に関する記録だと思う。恐らく私の手の中で崩れ去った機密文書の方は、手帳の内容から目を()らさせるための単なるダミーだった可能性が高いわ」

「つまりこの手帳の内容を解読出来れば、宮廷特務、或いはその背後にいるはずのニヌルタについて何らかの情報が手に入る可能性がある?」、


アナスタシアがわざとらしく拍手してきた。


「うんうん。思ったよりは頭が回るじゃない」


今物凄くディスられている気分だけど、それは置いといて。

僕は先程から気になっている話題を持ち出してみた。


「なあ、これをユーリヤさんに見せるって事は、ここでお前と会ったって話も伝えていいって事か?」

「それは駄目よ」

「どうして?」


彼女が少し呆れ顔になった。


「忘れたの? ここを殲滅したのはあくまでもあなたが単独でって話にするはずでしょ? なのにこの件に帝国の近衛第一軍団副団長サマが関わっているって知られたら、“取引”の意味がなくなってしまうじゃない」


そういやそういう話になっていた。


「あなたはあくまでも単独でここの山賊(宮廷特務の精鋭)達を殲滅した。その後、アジトを探索してみたら不審な物品を発見した。一応ユーリヤ様にご報告させて頂きたく~みたいな感じにしておいて」

「分かった」




彼等の物品全てをインベントリに放り込み、アナスタシアと連れ立って洞窟外に出ると、日は大きく西に傾いていた。

周囲が茜色に染まる中、僕は彼女に声を掛けた。


「で、この後お前はどうするんだ?」

「どうするって、もちろん……」


彼女がおもむろに腰に差している剣を……抜いた!?


「!」


僕は思わず飛びのいた。

そして腰に差していた『ヴェノムの小剣(風)』を抜き、身構えた。

彼女は剣を下にだらりと下げたまま声を掛けてきた。


「さ・て・と。始めましょうか?」

「始める? 何を?」

「もちろん死合いよっていうのは冗談で」


彼女がおどけた雰囲気になった。


「せっかくだから今から最初の稽古を付けてあげる。私達が全力で戦えば、この場所で激しい戦闘が有った証拠を補強出来るし、結果として負傷しながらも一人切り抜ける事に成功した私が近隣の村落に潜伏しつつ、引き続きユーリヤ達の動静を探っていましたってシナリオに持ち込めるでしょ?」


なるほど。


「それじゃあいくわよって言いたいところだけど、ここで一つ提案があるの」

「なんだ?」

「あなたの展開する障壁(シールド)。それって自動で発動するのでしょ?」


隠す話でもないし。


「まあそうだな」


僕の返答を聞いた彼女が意外な事を言い出した。


「それ、私との稽古では切っておいてくれない?」


『エレンの腕輪』を外せば彼女の希望をかなえる事は出来るけれど。


「一応理由を聞いておこうか」

「簡単な話よ」


彼女が手の中の長剣をすっと僕に突き付けてきた。


「斬られるかもしれない、命を落とすかもしれないっていうひりひりした感覚だけが、あなたを私の立っているこの高みまで引き上げてくれるの」

「……」

「大丈夫! 首は狙わないし、手足の1本2本飛んでもほら、」


話ながら、彼女は“虚空”――恐らくインベントリを使用したのだろう――から薬瓶(アンプル)を何本か取り出した。


神樹の雫(HP全快ポーション)、10,000本程ストックしてあるから、完全に死なない限り半永久的に稽古を付けて上げられるわよ?」


ちょっと何言っているのか分からないけれど、こいつの脳が筋肉で出来ている事だけは再確認出来た。

まあ、“エレンの祝福”が僕を即死無効にしてくれているし、実際、以前ターリ・ナハに首を斬り飛ばして(第275話)もらっても死ななかったし……


少し躊躇した後、僕は彼女に言葉を返した。


「それじゃあ準備をするから向こうを向いて」


完全には信用しきれていない彼女に『エレンの腕輪』が障壁(シールド)自動発動に関与しているって知られるのは、少々、というより物凄く不安だし。


彼女が僕に背を向けるのを確認した後、僕は着込んでいるエレンの衣の袖をたくし上げ、腕輪を外してインベントリへと収納した。

そして袖を元に戻してから再び彼女に声を掛けた。


「もういいぞ」


振り返った彼女が少しの間僕に探るような視線を向けてきた後、ニヤリと笑った。


「へ~あの障壁(シールド)って、魔道具の効果だったのね」

「! なんでそう思ったんだ?」


腕輪は袖口で隠れて見えなかったはずだし、エレンの衣自体が体にぴったり張り付いた感じの装備じゃないし、透視能力でもない限り、こいつが腕輪の存在に気付くはずは……


「あなたの重心の位置が僅かに変化している。変化した量や方向から考えて、私が後ろを向いている間にあなたは右腕に装着していた何らかの装備品を外したのは確実ね」



……こうして物凄く絡みづらい相手との“剣の稽古”が始まった。




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