36.F級の僕は、亜空間魔法に憧れる
5月15日 金曜日9
「ん~~~、お腹いっぱい。中村君、今日は色々ありがとう」
会計を済ませ、外に出ると、関谷さんは、思いっきり伸びをした。
一緒に食事をしながら喋っている内に、いつの間にか、僕は、『中村さん』から『中村君』に“昇格”していた。
彼女は、僕が思っていた以上に、感情表現豊かな、気さくな人柄であった。
「どういたしましてって、別に僕、何もしてないよ?」
「いいのいいの。なんか、いっぱい愚痴も聞いてもらっちゃったしね」
大人しそうに見える関谷さんも、やはり日頃、色々溜め込んでいる事も多かったらしい。
そんな彼女なりの愚痴を、僕は、一生懸命聞いてあげた……
と言えば、聞こえは良いのだが、実際は、日常の大したこと無い失敗談なんかを、関谷さんが一生懸命に話し、それを僕がただ、うんうん頷いて聞いていただけ、というのが真相だ。
「それじゃ、そろそろお開きって事で」
僕は、関谷さんに右手を上げて別れの挨拶をしようとした。
そんな僕に、関谷さんが、声を掛けてきた。
「あの……また、時間が合えば、話聞いてもらっても良いかな?」
「僕は構わないけど、あんまり僕と仲良くしてると、佐藤が気を悪くするかもよ?」
冗談のつもりで口にしたのだが、関谷さんの表情が少し硬くなった。
「佐藤君は……。ううん、なんでもない。それじゃあね」
関谷さんが、自分のスクーターに跨って走り去って行くのを見送った後、僕もスクーターに跨った。
アパートの自分の部屋に帰り着いた時、時刻は、既に午後9時を回っていた。
僕は、部屋の押し入れを開けて、押し込んであった荷物を引っ張り出した。
ヘルハウンドの牙18個とキラーバットの翼23個。
昨日、N市笹山第十三ダンジョンに潜った時の“戦利品”だ。
やっぱり、このままここに置いとくわけには、いかないよな……
万一、誰かに見られたら、色々説明に困るだろうし、何より、かさばって、正直邪魔だ。
明日、とりあえず、朝から異世界イスディフイに行って、売れそうなら、全部売り払ってこよう。
僕は、シャワーを浴びると、明日に備えて、早目に寝る事にした。
万年床に潜り込み、スマホを充電装置に繋ごうとして……
チャットアプリの新着メッセージが届いているのに気が付いた。
「ん? 誰だろう?」
通知をタップすると、メッセージが表示された。
『今日はお疲れ様。おやすみなさい』
関谷さんからだった。
律儀な人だな。
僕は、目覚ましを朝6時にセットしてから、関谷さんに返事のメッセージを送った。
―――『関谷さんもお疲れ様。明日早いんで、今から寝ます。おやすみなさい』
今度こそ布団をかぶり、目を閉じた。
すぐに睡魔が襲ってきた……
5月16日 土曜日1
翌朝、目覚まし通りに起床した僕は、昨夜買っておいた菓子パンを朝食代わりに頬張りながら、早速、異世界イスディフイに向かう準備を始めた。
武器は無いので、皮の鎧だけ身に付けて、小物が入ったカバンを肩から掛けて、ヘルハウンドの牙とキラーバットの翼でパンパンに膨れ上がったリュックサックを背負って……
いや、待てよ?
こんな大きな荷物背負って、武器も持たずに異世界の森に転移して、モンスターに襲われたら、結構悲惨な事になるかも?
僕は少し考えた末、とりあえず、身軽な状態であの森に転移する事にした。
森を抜けて、ルーメルの街に近付いたら、物陰かどこかで【異世界転移】を行って、大きな荷物を、改めてあの世界に持ち込もう。
僕は、【異世界転移】のスキルを発動した。
「おはよう」
「!」
あの森に転移した直後、僕はまたも背後から声を掛けられた。
毎度の事ながら、心臓に悪い。
僕が振り返った少し先には、昨日と同じ格好をしたエレンが立っていた。
「おはよう……って、いつからいたの?」
「今朝」
エレンは、短く返事をすると、つかつかと僕に近付いて来た。
そして、自分の右側方、何もないはずの空間に向けて、やおら右手を突き出した。
「えっ?」
僕は、一瞬驚いた。
エレンの右手の肘から上が消失していた。
しかし、それも束の間、エレンが右手を引っ込める動作をすると、彼女の肘から上が再び現れた。
そして、その手には、細長い袋が握られていた。
僕は、前にノエミちゃんから聞いた話を思い出した。
確か彼女は、アイテムを亜空間に収納できる魔法が存在する、と言っていた。
僕は、エレンに聞いてみた。
「それって、亜空間魔法ってやつ?」
「そう」
なんだか、凄く便利そうだ。
亜空間魔法とやらが使えれば、僕もサンタクロースのような荷物を背負って、ウロウロしなくて済むようになる。
「それいいね。僕も使えたりしないかな?」
僕の言葉を聞いたエレンが、少し不思議そうな顔になった。
「あなたは、使えないの?」
「えっ? 亜空間魔法って、誰でも使えるの? もしかしたら、念じたら収納出来るとか?」
エレンは、小首を傾げたまま、なぜか固まってしまった。
まあいいや、ちょっと試してみよう。
もしかしたら、ステータスウインドウみたいに、念じれば何かがポップアップするのかも?
僕は、目を閉じると心の中で念じてみた。
「亜空間魔法……」
……何も起こらない。
「インベントリ」
……何も起こらない。
「アイテムボックス」
……何も起こらない。
その後も色々試してみたが、何か収納できそうな亜空間が出現する気配はしない。
ふと気づくと、エレンが、不思議そうに僕を見ていた。
「何してるの?」
「えっ? いや、その、アイテム収納出来そうな亜空間呼び出せるか、試してるんだけど」
「呼び出せるの?」
「それが呼び出せないから困っているというか……」
エレンのぶつ切り会話に、僕は、すっかり調子を狂わされてしまった。
彼女は、そんな僕に構わず、問いかけてきた。
「あなたは、亜空間にアイテムを収納したい?」
「それは勿論だよ。でも、やり方が分からないんだよね。もしかして、魔法書かスキル書あれば、身に付いたりするの? 亜空間魔法って」
「亜空間にアイテム収納するための魔法書もスキル書も存在しない」
「ええっ!? それじゃあ、どうしてエレンは、亜空間魔法使えるの?」
「生まれつき」
「そんな……」
それは、ちょっとショックだ……
便利なものを見せられた後で、これは、天性の才能ですってネタ晴らしされたら、羨ましさしか残らない……
僕が、肩を落としていると、エレンが追い打ちを掛けるような疑問を投げかけて来た。
「みんな、生まれつき使えると思っていたけど、あなたは、使えない?」
「うん……使えないみたいだ」
そこまで会話を交わして、僕は、ノエミちゃんが話していた内容をもう一度、思い返してみた。
「確か、高レベルの冒険者は、亜空間にアイテム収納出来るって聞いたよ? 生まれつきじゃ無くても、レベルが上がれば使えるようになる、とか?」
「レベルを上げても、使えるようにはならない。だけど……」
僕の言葉を聞いたエレンは、何かを思い出したような顔になった。
「あなたでも、すぐ使える方法があった」
「ホント?」
「ホント」
「どんな方法?」
エレンは、それには答えず、僕の手を取った。
「じゃあ、行こう」
「えっ?」
次の瞬間、僕の周りの景色が切り替わった。
床、壁、天井とも、綺麗に石畳が敷き詰められたような、教室位の大きさの空間。
どうやら、どこかのダンジョンの中に転移させられたらしい。
僕は、すっかり慌ててしまった。
今の僕の格好は、皮の鎧に、小物が入ったカバンのみ。
武器は持っていない。
「ちょ、ちょっと待って! まさか、またモンスターと戦わそうと思ってる? いくらなんでも、これじゃあ、戦えないよ!?」
「大丈夫、これ」
エレンは、自分が手にしている細長い袋を、僕に手渡してきた。
中を確認してみると、昨日僕がエレンに預けた魔族の小剣、エレンの衣、Bランクの魔石の他に、奇妙に捻じれた形をした小剣が入っていた。
その小剣は、妖しい紫の輝きを放っていた。
「これは?」
僕は、その奇妙な小剣を手にしながら、エレンに聞いてみた。
「センチピードの牙を加工した」
「そう言えば、加工するって言ってたけど……昨日の今日で、もう出来ちゃうなんて、エレンは、やっぱり凄いね」
エレンは、少しキョトンとした後、心なしか、嬉しそうな顔になった。
ともあれ、今までのエレンの行動から見て、九分九厘、今から何かと戦わされるはず。
僕は、急いで装備を変更する事にした。
そして、自分のステータスを呼び出してみた。
―――ピロン♪
Lv.56
名前 中村隆
性別 男性
年齢 20歳
筋力 1 (+55)
知恵 1 (+55)
耐久 1 (+55)
魔防 0 (+55)
会心 0 (+55)
回避 0 (+55)
HP 10 (+550)
MP 0 (+55)
使用可能な魔法 無し
スキル 【異世界転移】【言語変換】【改竄】【剣術】【格闘術】
装備 センチピードの牙 (攻撃+150)
エレンの衣 (防御+500)
効果 物理ダメージ50%軽減 (エレンの衣)
魔法ダメージ50%軽減 (エレンの衣)
そうか、この小剣、センチピードの牙って、そのまんまの名前だな。
でも、魔族の小剣よりも攻撃力がさらに高い。
僕は、“センチピードの牙”と表示されている部分に、そっと指で触れてみた。
この武器についての説明が表示された。
【センチピードの牙 (小剣)】
アンデッドセンチピードの牙を加工して作られた小剣。
この小剣で攻撃すれば、一定の確率で、相手を麻痺させることが出来る。
麻痺の成功確率、持続時間は、自分と相手とのレベルとステータスの差に依存する。
どうやら、特殊効果付きの武器のようだ。
僕は、改めて、エレンにお礼を言った。
「ありがとう」
「じゃあ、戦って」
エレンが、指さす先には、壮麗な装飾が施された、衣装ケース位の大きさの宝箱が鎮座していた。




