8話
夜明け前に水瀬さんと山姥さんに見送られ羅城門を出ると、あの平安京に足を踏み入れた。
「ちょっと感動するわ。暗いからはっきりは見えないけれど、歴史の資料集の中に飛び込んだみたい」
《それほど面白味のある光景とは思えんが》
「千年のタイムスリップを経験したら、この気持ちも分かるよ」
笑えば、夕霧と暁さんは成る程、と頷き合った。
・・・なんだかんだでこの二人、ちょっと仲良くなっているよね、と微笑ましく思いつつ、出発前に言われた水瀬さんの言葉を思い出す。
「ねえ、市に行くように水瀬さん言ってたよね?
市ってどこにあるの?」
《えっと・・・今は、皐月の一日だから、東市だね》
「東市?」
《京の東で許されている市だよ。月の前半では東市が開き、後半では西市が開かれるんだ。
それぞれ売っているモノも違うから面白いよ》
にっこり笑った暁さんは、市の説明をしてくれる。
平安京の市では、食品だけじゃなく、色々な物を売っているようで、布や麦、まさかの馬なんかが東市で、土器や味噌、此方もまさかの牛なんかが西市で売られていて、どちらの市でも売られているのは米や塩、魚なんからしい。
同じモノを売ってくれれば移動も楽なのに、と呟けば確かに非効率的だな・・・と夕霧が同意してくれた。
《水瀬の言っていた、市での出会いというのは気になるな。
面倒事にならなければいいが》
《水瀬殿は、非常に優秀な星詠みだったみたいだから、あの助言も星を詠んでのモノだったのだろうけれど・・・果たして吉兆かな?》
夕霧と暁さんの言葉に、吉兆でありますように。と内心で強く願ったのは言うまでもない。
《ああ、それから》
「?」
《俺と暁の姿は徒人には勿論見えぬ。
気をつけておかなければ、独り言を喋る怪しい奴だと思われるからな》
「ええええええ」
そういう大事な事は早く言って!!
初めて見る市の賑わいは、想像を遙かに超えていた。
茣蓙に並べられたモノ全てが珍しく、きょろきょろと見て回った。
「(乾物が多いなぁ・・・保存料とか添加物とかないもんねぇ・・・車もない、電車も無い時代だから、新鮮な魚とか運べないのか・・・。
着物も自分で仕立てるから、完成品なんか殆ど売ってないし・・・山姥さんに貰って助かった)」
自慢じゃないが、家庭科の成績は、裁縫が足を引っ張って2のあひるさんだった私。料理はするんだけど、どうも裁縫は苦手だった。
「ねえ夕霧?」
《なんだ?》
小声で話しかければ、夕霧は首を傾げた。大の男が首を傾げているのは可愛くはないが、美形な夕霧がすると、絵になるのだから不思議だ。
「夕霧って、裁縫出来る?ちなみに私は出来ないよ」
《・・・出来ない事はない。だが練習しなければ、裁縫は女の仕事だぞ》
「(流石オカアサン)
良いの。ずっと夕霧にしてもらうもの」
ニッコリ笑えば、夕霧は眉間に皺を寄せる
「夕霧と離れることなんか、ないもの」
《・・・それはそうだな》
《おや、旭は嫁に行かないのかい?》
「好きな人が出来たらともかく、多分出来ないから行かないよ。
このまま現代に帰れなかったら・・・多分、帰れないけど・・・死ぬまで里で暮らして良いってじーさまに言われてるし」
肩を竦めた私に、夕霧はお前は里の者なのだから、暮らして良いのは当たり前だろう、とポンポン頭を撫でられた。
そんなとき、不意に空気がピリッとした。
夕霧と暁さんも同じく気付いて、静かに辺りを見回す。
こういうピリッとした空気を感じると、大体の確率で妖が現れる。
「なに?」
《ひとまず脇に避けるぞ旭》
「・・・うん・・・」
《どうも、吉兆ではなかったみたいだね》
「・・・何も、起きないと良いんだけど」
きっと、何か起きる。そう思いつつ市の人の流れを抜けて端に向かった




