6話
ぎしりと音を立てる梯子を登って羅城門の二階に上がる。
今にも壊れそうな梯子を一段一段登っていると、奇妙な気分になる。
この階段を上がりきったら、そこは明るいのか、真っ暗なのか。
狭いのか、広いのか。
鬼は、どんな鬼なんだろうか。
怖い鬼じゃなければ良いなあ…。
それとも、階段を上がりきったら、平成でした。ってならないかな?
もう、お母さんやお父さん達の声が、どんな声だったか思い出せない。
段々、顔も思い出せなくなるんだろうな。
・・・そんなの、イヤだなあ・・・。
ぎしり、と音を立てて、最後の段を登った。
そこは、残念ながら、平成ではなく、倉庫のような空間だった。
ちょっとだけガッカリしながら、部屋を見渡す。
てっきり、灯りがなく、真っ暗だと思っていたのに、そこは外より明るかった。
目を瞬いていると、おやおや、と男の声が聞こえた。
部屋の奥からジャラジャラという音を立てて、ゆったり歩いてきたその男は、私たちを見て、へらりと笑う。
《やれ、随分珍しい客やね。
オババ、茶を準備してや》
《はいな》
斜め後ろを歩いていた白髪の腰の曲がったお婆さんに声を掛けて改めて此方を見た、その男を私はマジマジと見てみた。
「羅城門の、鬼さん?」
《せやで、ちまい嬢ちゃん。
ウチが、羅城門の鬼。そっちの前陰陽頭と同じ、鬼神やね》
じゃらりと重たそうな枷を首に嵌めているのが見えて、目を見開く。
額に1つの角があり、狐目な羅城門の鬼さんは、見た目は鬼というより、文官で、尖った角と耳が見えなければ、人と変わらない。
だからこそ、凄く首の枷が気になった。
《なんや、枷が気になるん?》
視線に気がついた羅城門の鬼が、枷を触りながら首を傾げるので、素直に頷いた。
《これは、ボクを羅城門に縛る為の楔やねん。ほら、彼処に繋がってるんや》
彼処、と指差した部屋の奥には、大きな鉄の杭が突き刺さっていた。
「何で・・・」
《この羅城門、平安京の要や。
せやから、ボクは此処を建てるとき人柱になってん》
「人柱・・・なんで、鬼さんが選ばれたの?」
《あのな、ボク、こう見えて平城の都では一番の陰陽師やってんで。
占いも呪いも百発百中。妖かてボクを避けてたわ。
せやけど、出る杭は打たれるゆー奴で、ボクを扱いきれんくなった貴族の奴等や、ボクを疎ましく思った他の陰陽師達が御上に進言して、ボクを人柱にしてん。
ほんま、憎たらしくて憎たらしくて・・・段々わからんよーなってん》
「何が、分からなくなったの?」
《何が、憎いんかわからんよーなってん。可笑しな話や。
未練めっちゃあるから、成仏せんのに、何が未練なんか分からん。
ただ、生きたかったのか、ボクを使い捨てた貴族が、ボクを陥れた陰陽師達が憎いんか・・・
よう分からんくなってなあ・・・悩んでて気付いたら土地神吸収して、鬼神なっててん》
困ったように笑う鬼さんに、私もどう反応すれば良いのか悩んだ。
酷いこと、されている。
可哀想だと思う。けれど、私が同情するのは違う気がした。
ぐるぐると悩んでいたら、そんな私に気付いたのか、鬼さんはヘラリと笑った。
《結局、ボクは縛られてるから此処を出れへんけど、土地神吸収して鬼神になったから都で何が起きている、とかは漠然と分かるようになってん。
退屈やったけど、今はそのお陰で大分面白いで?
こうして、たまーにお客様も来るしなあ!》
ニヒヒと笑う鬼さんに、ポジティブな人だなあ、と笑い返した。
《昔話はそのへんで良いか?》
《なんや、夕霧の旦那はせっかちやなあ。分かってるて!
旦那達が、陰陽寮に入る試験を受けるんも、今の都の様子も、ぜーんぶ、分かってるから!
ちゃーんと、教えたるやん》
にんまりと笑った鬼さんに、夕霧は深い溜め息を吐いていた。
うーん、悪友、って感じ?
「暁さんは、知らなかったの?羅城門の鬼さんの事」
《残念ながら。
有名なのは、あそこにいる、お茶を持ってきた老婆の鬼だからねぇ。
羅城門の鬼が別物でしかも鬼神で、元陰陽師なんて、寝耳に水だよ》
苦笑する暁さんに、前陰陽頭に気付かれない羅城門の鬼さんって、実は凄い人?と思いつつ、話し込む夕霧と鬼さんを遠目に眺めた。




