29話
毎日、勉強に修行にとバタバタ過ごし、漸く夕霧に叩き起こされるのも三回に一回になった頃。
「え、普通に多い、よね?」
「陽太酷い」
「え、えぇ!?」
わたわたする陽太に冗談だよ、と返して最後の机を拭き終わった。
最近は、起床、朝御飯、部屋の掃除、朝礼、午前は勉強、午後は修行、終礼、夕飯、就寝を繰り返す日々を送っている。
「昼飯ないのは慣れたけど、オヤツないのが辛いわぁ」
鞍馬にいたときは、さくらんぼにアケビに琵琶に、野苺、柘榴、蜜柑とフルーツがオヤツで、烏天狗や山の小さな隣人や、小鬼達が旭の為に採ってきてくれたから良かった。と山の生活を思い出し肩を落とす。
「僕は、毎日ご飯食べれて嬉しいけどなあ」
「っ陽太はもっと食べてよ?!」
「毎日お腹いっぱいになるまで食べてるよ」
ニコニコと嬉しそうな陽太に平成でも、平安時代に来てからも飢えることがなかった旭は、陽太の不意の言葉に切なすぎて泣きたくなる事が度々ある。
「旭、陽太、掃除終わっているか?」
ひょっこり顔を覗かせた重隆に終わりました‼と報告すれば、ちょいちょい、と招かれる。
「博士が呼んでいる。身形を整えて部屋に行くぞ」
「陰陽寮生が行方不明?」
怖い話だ、と夕霧と暁さんの服の裾を掴む。
「行方不明なのは、どこの部署ですのん?」
「暦署が3名、占術署が1名だな」
「我々はその捜索を?」
「うむ。正式に各博士から要請があった。幸い、緊急の任務はない。
四名一組で分担して捜索してくれ」
「組分けは?」
「お前達四人と占術署の一人で行動しなさい」
「・・・占術署と?」
ぽんぽん続いていた会話がここで初めて途切れ、イマイチ話に付いていけてなかった私と陽太は顔を見合わせた。
「占術署と仲悪いんです?」
気になったから直球で聞いちゃえと、博士の部屋を出てからすぐに先輩二人に聞く。
「仲悪いというか・・・なあ?」
「・・・一度会えば分かるさ」
スッキリしない解答に首を傾げ、まあ会えば分かるなら良いか、と先輩達の後をついて歩き、占術署に向かう。
式神署以外を訪れるのは初めてだ。
建物の位置は門に一番近く、一番訪問者の多い部署らしい。
「式神署、四名入ります」
来客用の鈴を鳴らし少しだけ待てば、入りなさい、という許可の声が建物の奥から聞こえた。
「憂鬱やなぁ」
「・・・否定しないが、のんびりしている暇もない。行くぞ」
普段はどちらかと言えば先頭立って行動するのは和盛さんなのだが、今日は違うらしい。
かといって、重隆さんも足取りは重いようで、スタスタ歩くというよりはそろそろと慎重にすら歩いていた。
理由は分からないが、二人の気分が乗らない部署というのに逆に興味が沸く。
「それにしても、随分御札が貼ってあるね」
「字は読めないけど、貼ってあるね」
壁や天井に貼られた札に、どんな効力があるのだろうと文字を読もうとしてはみた。
・・・してはみたのだが、達筆過ぎる平安の文字はまだまだ読めないとすぐ諦めてしまった。
「あの札に、俺達が書くような効果はないぞ」
「え、そうなの?」
「せや。ただの紙切れや。ワシ等が使う札には霊力が込めてあるけど、これはただの紙に字が書いとるだけ」
「初めに言ったかもしれないが、陰陽寮に所属しているからといって、霊力豊かなわけじゃない。
お前達は一次試験で終わったから知らないだろうが、他の者はあのあと入寮試験を受験している。
その結果で、他の部署に振り分けられる。この占術署もそのうちの1つ」
「いっちゃんややこしい部署やねん」
「え?」
「ややこしくて悪かったな」
「ふぉ!?」
突然第三者の声が掛けられ、飛び上がるほど驚いた。
「旭、どっから出てんその声」
「おなごなのだから、きゃーとか言った方が良いぞ」
気が抜けた声の和盛さんに対し、重隆さんはいたって真面目にアドバイスをくれた。グサッと刺さるものがあるよね。
現れたその人は、縁無し眼鏡とか分厚い本が凄く似合いそうな綺麗なイケメンだ。
ざっくり旭と陽太を上から下まで見ると顎に手を当て成る程な、と頷く。
「…この二人が有名な新人か」
「せや。羨ましいやろ?才能溢れる可愛い妹分や」
「小動物もいいぞ」
どや!という顔をして私達を紹介する先輩二人に、陽太と顔を見合わせ照れる。
「…仲がえぇのう。
ウチは仁科甚左衛門。しがない占術署の署員や」
「にしなじんざえもんさん…」
見た目と名前のギャップが凄い、と目をパチパチ瞬いた。
「旭です。こっちは陽太」
「よろしゅう。
ほな、執務室いぃ加減入るで」
何時のまにやら執務室の前についていたらしい。
仁科さんがカラカラと音をたて扉を開いた。
「ようこそ、占術署に」




