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27話



経を書きたい、と願った理由のひとつは、自分の死を穏やかな心地で迎えたいと思ったからだ。


‐私は間もなく死ぬ。だが、死とは終わりではない、と思えるようになったのは皮肉にも最近の話だ。


これを受け取った彼の和尚は笑うかな。現世に固執した私が、かくも穏やかな経を書くとは、と‐


書き終えた経を見下ろしながらかつて栄華の中にいた男は笑う。



宮中で贅を尽くした半生であったが政治の手腕はなかった故に失脚し、追われる様に京の都の外れで供は僅かで暮らさざるを得なかった・・・これも人生かと受け入れたのは失脚してそれなりの年月が経ってからだ。


それからは、多少心のゆとりも産まれたのではなかろうか、とかつてを思い起こし微笑んだ男は墨が乾いたのを確認して、最後まで供として残った部下を呼ぶ。



‐伊佐、伊佐はいるか‐


‐ここにおりまする‐


‐長らく付き合わせて悪かったな。お前に最後の仕事を任せたい。



この文を和尚の下へ届けてくれんか‐


‐承知いたしました。必ずや、届けましょう‐


‐うん、うん。お前には随分助けてもらった。心から感謝しよう。


お前がいなければ私はこうして穏やかな最期を迎える事は出来なかっただろう。



こうして、経を書くことも、死出の旅路の先を思い浮かべる事もなかったろう。


伊佐、伊佐敷清武‐



ありがとう、と笑えば勿体無いお言葉です、と声を震わせた伊佐に、ああもう眠たいな、ともう一度経を撫でた。





側近であった伊佐すら知らぬ、男の思いは経文だけが知っている。



----あのヒトの思いを届けたい



私に託した最期の思いを----



ジャマスルモノハユルサナイ









ボロボロの小屋で幾度も盗みや殺しを働いた夜盗達は、これまでの戦績である宝を風呂敷に詰めているところだった。



定期的に拠点を変えないと検非違使に捕らえられてしまうからである。



その宝の1つに、経文はあった。



「あ?こんなのあったか?」



「そりゃこの間やりあった奴らから奪ったもんのひとつやろ。経文なんか無碍に扱えん」



「いまさら極楽浄土には行けんぜ」



「そんな事は承知しとる。だが、処分するに出来ん。なんやその経文、雰囲気あるからなぁ」



「怖気づいてんじゃねーって」



夜盗の1人が、これ以上ナニを恐れる?と笑いながら血に塗れた手で経文を掴んだ、まさにその瞬間のことだ。



ぶわりと経文が、歓喜するかのように大きく震えたのは・・・・!



「っなん!!??」



≪よくもよくもよくも≫



「ひ、ひぃ!!??」



経文が一度大きく振るえたかと思えば、そこから額に角を生やし鬼火と共に十二単の女が現れた。



当然、人間のはずもなく、夜盗達は我先にとその女から離れる。



≪よくも邪魔を!!≫



カッと目を見開いた女は、怒りを爆発させるように瘴気を放出した。



爆発した瘴気は凄まじい勢いで夜盗たちを襲い、諸共壁に叩きつけられ気を失わせる。



とどめを刺さんと女が近寄ったその時だ・・・旭が夜盗と女の間に体を滑り込ませにやりと笑ったのは。



≪!?≫



「そこまで! <緊縛>」



≪!!??≫



髪を逆立たせ、鬼火を纏わせた十二単の美人な妖を五体満足で捕縛できた事を是非褒めて欲しい、と旭は力加減を調整しながら心から思った。




「間一髪じゃない??!めっちゃ褒めてよオカーサン!!」



≪よく潰さなかったな、と褒めてやるから引き続き封じる準備をしろ≫



「わかってる!」



肩をグッと掴んだ夕霧に指示されるがまま符を懐から取り出し、捕縛している妖に向ける。



「貴方の思いは分かったけれど、殺しはダメよ!せっかく綺麗な顔なんだから、怒っちゃ台無し!



<封縛>!」



≪・・・余計な一言は多いが、よしとしようか≫



「もう!夕霧はなんでそんなに偉そうなのよー私頑張ったくない?!」



≪ガンバッタガンバッタ≫



妖を封じた符を懐にしまいながら頬を膨らませれば、ずっと離れたところで見守っていた東堂さんがゆったりした足取りで近寄ってきた。



「ほんまようやったで。初めてで捕縛からの封印。捕縛も緩くなかったし、封も見たところ完璧や」



「おお!」



褒められなれてないから、褒めてと言ってはみたけど実際褒められると恥ずかしくて仕方ない私がいます。



・・・鞭鞭時々ちょい飴くらいが丁度いいのか私・・・なんてあほな事考えながら妖がいたところに雑に置かれて・・・落ちていた経文を拾い上げる。




古びた紙は、多少文字が滲んでいるものの状態としては十分良いのではないかな、と思った。





寺に届けた経文は、丁寧に奉られ時を見て、焚き上げると約束を交わした和尚は、経文の書き手の事を伝え聞いています、と穏やかに笑った。



「私の曽祖父が懇意にしていた尊き方だったと。



慎ましい生活に不慣れで、大変苦労したそうですが、晩年は穏やかに笑っていらっしゃったとか・・・。



曽祖父は長らくその方の経文を待っていたとも聞いております。



腹心の者に届けるよう頼んだので、くれぐれも頼む、と文を賜ったとか。



こうして、陰陽寮の方の手で届けられるとは数奇なものですが、交わした約束は私が曽祖父に代わって果たしましょう」



「よろしく、お願いいたします」



「確かに、承りました。



もし、何か困った事があれば是非訪ねてください。力になれるかは分かりませんが・・・それでも是非」



和尚の言葉に、何でそんなに親切に?と首を傾げる。旭は経文を寺に届けたに過ぎないのに、と続けた。



「曽祖父の心残りが、この経文だったので。



曽祖父は代々の和尚にもしかしたら、という希望を捨てず、いつか経文がこの寺に届けられたなら心を尽くすよう言い残しておりました。



何代に渡っても、果たして欲しいと願った曽祖父の心残り、私の代で叶える事が出来ることを嬉しいと思うのです。



だからこそ、届けてくださった貴方に心を尽くすのは当然の事でしょう?」



「と、当然かなぁ・・・?まあとにかく、経文、お願いします!



もし何か困った事があったら、お願いします」



「確かに、承りました。お勤めご苦労様です」



深々とお互いに頭を下げ、旭は寺を後にした。










陰陽寮に帰って、泥のように眠った旭は呼ばれるがまま抵抗する事無く伊佐の来訪を受け入れた。場所は同じあの世とこの世の境界。



頭の隅でオカアサン達に怒られるな、と予想しつつ、ちょび髭の伊佐と相対する。



「満足?」



≪ああ、とても。・・・君のおかげでかの方の思いは確かに寺に届けられた。感謝している≫



晴れ晴れとした伊佐は、ポンポンと童にするように旭の頭をなでる。



「どういたしまして。でも遅かった?妖化しちゃってるじゃない」



額に生えた角を見て、あちゃー、と呟けば伊佐は良いのだ、とちょび髭を触りながら笑った。



≪元々、妖化するには十分な時間が死んで経過していたし、恨みつらみも随分積もっていた。



・・・どうせ妖になったし、せっかくだからその懐の妖を貰い受けても良いかね?≫



「へ?」



≪その妖もまた、あの方の思いの塊のようなもの・・・。


死んで初めて思ったのだが、私は私が自覚していた以上に、あの方を慕っていたようでね。



きっとこの先もあの方を思って生きるだろう。忘れるには、随分長い事仕えていたしね≫



それに、と伊佐は此方をキョトンとした目で見る旭を見る。



≪(妖に近いが故に、滅するのではなく封印を選んだ君の力になりたい、なんて言ったら固辞されそうだから先手を打たせてもらおう。



君の選ぶ道は命を奪わぬようすればするほど困難だろうからね)≫



少しでも、力になれたら良い、という思いをこめて伊佐は旭から符を受け取るとそのまま取り込んでしまった。



「合体!!?融合!?」



きゃーっと声を上げる旭はどんどん透ける。夜明けだから目覚めるのだろう。



・・・ではまたね。ひらりと手を振って伊佐は旭を見送ったのだった。



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