第二十六章 トンの町 3.ナントの道具屋
後書きにお知らせがあります。
託された交渉の事もあるし、早々に師匠の店を辞してナントさんの店に向かう。
「今日は~」
「おや、シュウイ君か。【ワイルドボアの血液】は採れたのかい?」
「あはは、三十頭ほど狩ってやっと七本ですよ。意外に出ないもんですね」
そう答えたらナントさんは、「半日で三十頭か……」とか呟いていたけど、これくらいケインさんたちなら片手間にやっちゃうよね?
「先に細々したものを売りたいんですけど、いいですか?」
「『先に』と言うからには、『その後』があるんだろうね? 少し不安なんだけど?」
「いえ、ちょっとしたご相談があるだけですよ?」
とりあえず血液以外のドロップ品、毛皮や牙、蹄、胆嚢などを出していく。
「いやいや、毛皮だけでもこの枚数、相変わらずえげつない量だね。傷も少ないし、毛皮だけでも結構な値が付くよ?」
「そうなんですか?」
「そうだともさ。あぁ、以前に取り引きした分の代金が入金されたから、一緒に渡しておくよ」
「あ、ありがとうございます……ちなみに、どれくらいの値が付きました?」
「そうだね、主立ったものを挙げていくと……スラストボアの脊髄液が二万G、ファイアリザードの結石が三万G、ワイルドボアのたん瘤が十八万G、モノコーンベアの親知らずが二十万G、ハイディフォックスの毛皮が二万G、スラストボアの頭骨が三万G、レイダーワームの歯が十万G、ワイルドベアの神経繊維が七万G……その他を合わせて全部で百十五万Gってとこだね」
「百……」
僕が呆然としていると、ナントさんは更に追い討ちをかけてきた。
「あ、ミミックジャガーの毛皮とギャンビットグリズリーの五臓六腑は、さすがにもう少し待ってくれるかい?」
「……そっちは構いませんが、こんなに貰っていいんですか?」
「勿論、僕の方にも充分すぎるほどの儲けが入ってきてるからね。ついでに言っておくと、品物を買ったお客さん方も雀躍りしてたから」
ナントはふと美食家の貴族の姿を思い出した。ワイルドボアのたん瘤を持ち込んでみたら、物も言わずに金貨二十枚、つまり二十万Gを積み上げたのだ。その間も視線はたん瘤に釘付け。吹っかけようと思ったらもう一声二声は吹っかけられただろうが、先々の事を考えて言い値で売ったのだ。今頃は滅多に手に入らない珍味に舌鼓を打っているか、それとも上級貴族を接待しているか。どっちにしろ彼にとっても良い買い物であった筈だ。
シュウイから預かった素材の多く――まだ極め付けが残っているが――が捌けた事でやや肩の荷を下ろした気分のナントであったが、その気分はシュウイの次の言動によってあえなく吹き飛んだ。
「それで、ナントさんがさっき仰った『その後』の話なんですけど……」
それでも少しは申し訳無さそうに、シュウイが切り出した。
「紫斑毒の治療薬だって……?」
ナントはかろうじて気力を振り絞ってシュウイに訊ねた。まったく、次から次へとこの少年は何を持ち込んで来るやら。
「はい。バランド師匠が言うには、馬鹿正直に店頭に並べたら、買い手が付かないうちに余計な噂ばかり広まって、収拾がつかなくなるだろうと。なので、ここはいっその事売り先を『異邦人』、つまり、この先問題のモンスターに挑むだろうプレイヤー限定にした方が良いんじゃないかと言う事でした」
「まぁ……死刑宣告者に挑もうなんて身の程知らずはプレイヤーだけだしね。この世界の住民で毒にやられる者はほとんどいないから、商取引の観点から言っても妥当だろうし、何より騒ぎが少しは小さくなるだろうね……相対的なものだと思うけど」
「死刑宣告者?」
「あぁ、あれは……ザトウムシっていうのかな? えらく脚の長いクモみたいな姿で、高い位置から紫斑毒を撒き散らすんで、βテストの時にも嫌われたエリアボスだったよ。一旦毒を浴びたら最後、まず助からない。治癒の魔法も効果が無いどころか容態を悪化させてね。この薬が治療に役立つんなら欲しがる者は多いと思うよ」
「どれくらい効果があるかどうかは判りませんよ? 成分輸血みたいな使い方をするんでしょうけど」
「濃厚血小板ならそうだろうね。多分、君の言うとおり血小板減少症を引き起こす毒なんだろう。延命措置を施しているうちに毒が抜ける仕様なんじゃないかな? あぁ、それはそうと、これが濃厚血小板と同じなら、さっさとアイテムバッグに仕舞っておいた方が良いね」
……ナントさん、血小板減少症に詳しいみたいだな。僕はネットで一夜漬けしただけなんだけど。
「あぁ、これでも医者の息子なんだよ。僕は次男坊だから医学系の道には進まなかったけど、基礎知識程度は持ってるんだ」
「そうだったんですか……それで話を戻しますけど、お預けしてもよろしいですか?」
「うん……。バランドさんの言うとおり、現段階では僕が預かっておくのが一番良いだろうね。『黙示録』の連中には話を通しておこうと思うけど、構わないだろう?」
「ケインさんたちなら大丈夫だと思います。僕の知り合いのβテスターにも話を通して良いでしょうか?」
「うん。βテストプレイヤーなら、多分大丈夫だろう」
お墨付きも貰ったし、明日にでも匠と茜ちゃん、要ちゃんに話しておくか。
……あ、そうそう忘れるとこだった。
「ナントさん、もう一つお訊きしたい事が」
いや、大した事じゃありませんから、そう身構えなくって大丈夫ですってば。
「ジャイアントクロウの糞から分離した種子なんですけど……」
ナントさんに鳥撒布種子を得た顛末を話していく。
「ふぅん……そういう事だったのか……」
ナントさんは一人で納得したように頷いている。どういう事かな?
「あぁ、置いてけぼりにして済まないね。いや、βテストの時に、フィールドで採取した果実の種が発芽しないという話はあったんだよ。その時は、種子を買わせようとする運営側の陰謀だろうって事になってたんだけど、株分けや移植は問題なくできたから、今ひとつ納得できなかったんだ……そういう事だったのか」
「これ……どうしたらいいでしょうか?」
「う~ん……僕たちβテストプレイヤーにも責任の一端があるんだけど、僕たちが掲示板で書いた事を鵜呑みにしたせいか、栽培スキルを取ってるプレイヤーが少ないみたいなんだよね。店に置いても売れるかどうか判らないし……寧ろシュウイ君が持っていて、住民や異邦人と相談した方が良いんじゃないかと思うよ。畑を買う気があるなら、いっそ自分で栽培してもいいし」
「栽培スキルを取れる当てがないから難しいです。ナントさんはどうなんですか?」
「僕も栽培スキルは取ってないねぇ」
結局、しばらくはアイテムバッグの肥やしにしておくしかないだろうという事になった。栽培スキルを持っている住民か異邦人に出会ったら話してみるか。これも匠たちと相談だな。
【お知らせ】
唐突ですが、本作のコミカライズが決まりました。
4月28日発売の月刊バーズ6月号から、表紙&巻頭カラーで新連載となります。
タイトルはWeb版と同じ「スキルリッチ・ワールド・オンライン~レアというよりマイナーなスキルに振り回される僕~」で、作画は三ツ矢彰さんです。キャラクターデザインでは作者の意を良く汲んで下さり、イメージどおりのキャラクターを生み出して下さいました。
3月30日発売の月刊バーズ5月号、その次号予告ページに使われているカットがこちらです。
アップの二人はSRO内のシュウイとカナですね。中央の四人は、誰が誰かお判りでしょうか。
基本的な流れはWeb版と同じですが、蒐一たちの設定が微妙に変わっているので、Web版読者の方にも楽しめるのではないでしょうか。
http://www.gentosha-comics.net/birz/
Twitter @comic_birz
望外の快挙ですので、記念として本日は四話更新と致します。
次話は本日20時頃更新の予定です。




