第二十四章 トンの町 7.ナントの道具屋(その1)
バランド師匠の店を出て宿へ帰ろうとしていたんだけど、よく考えるとまだナントさんの店に行ってない事に思い至った。ギルドで納品したり師匠の指導を受けたりで満腹して、やるべき事は全部済んだような気になってたよ。
今日の戦果を売却しないと、収益もだけどアイテムバッグが空かないし、やっぱりナントさんの店に行こう。あ……でも、売る前に素材は鑑定しておきたいな。ひょっとして邪道スキルの練習に使える素材があるかも知れないし。ナントさんにも話しておいた方が良いよね。あの人、何気に交友範囲が広いし、役に立つ情報を教えてくれるかも知れないしね。
「今日は~」
「へい、らっしゃ……おや、シュウイ君か。色々噂が聞こえてきてるよ?」
「あはは……どういう噂かは聞かない事にします。買い取りお願いできますか?」
「勿論。ギルドに回した分の残りかい?」
耳が早いなぁ……。
「いえ。本当にヤバそうなものは、ギルドには提出していませんから」
「……聞くんじゃなかったね。覚悟を決めるまで、少し待ってくれるかい?」
席を離れてストレッチと深呼吸を始めたナントを見て大袈裟なと呆れるシュウイであったが、これはナントの方が正しい……というか、無理のない行動であった。何しろ、このところシュウイが持ち込んだ素材の代金だけで、βテスト時代に稼いだ金額の総計に匹敵している――特にミミックジャガーがヤバい。今回の品が前と同等だったら、総計を上回る事は間違いない。しかもシュウイは何と言った? あの少年をして「本当にヤバそうなもの」と言わしめるのはどんな代物なのか。
好奇心と共に湧き上がってくる頭痛と動悸を無視するよう努めながら、ナントはカウンター、すなわちシュウイの前の席に戻った。
「最初に素材じゃなくて武器類の買い取りをお願いしたいんですけど」
「構わないが……あぁ、『大剣』ビッグの得物の残りかい?」
「それもありますけど……盗賊の住処だったらしい場所を見つけたんですよ。残っていたものは僕が貰っていいそうなんで」
「色々と手広くやってるねぇ……」
シュウイは次から次へと武器や道具を取り出していく。盗賊達の遺品は玉石混淆といった体で、粗悪な数打ち品から凝った装飾を施した宝剣まで様々であった。それらをナントが一つ一つ鑑定し、値段を付けていく。
「……こんなところで良いかい?」
「はい。続いてモンスターの素材ですが、一応全てお見せしますが、物によってはお売りしない事になるかもしれません」
「……どういう事か聞いても?」
「はい、実は……」
シュウイは【調薬(邪道)】と【錬金術(邪道)】を取得した事と、【調薬(邪道)】の中級の解放条件として邪道スキルによる調剤行為が必要らしい事を話した。
「……成る程。何が対象になるか判らないから、手当たり次第に鑑定していく必要がある訳だね」
「はい。ナントさんもそれらしい素材をご存じでしたら教えて下さい」
「う~ん、それは構わないけど……邪道とはいえ中級スキルへのアクセスを解放、言い換えると初級スキルを鍛錬するのに、スーパーレア級の素材は必要としないんじゃないかな?」
ナントの指摘に虚を衝かれたように沈黙するシュウイ。確かに、中級へアクセスするためだけにレア素材が必要だとなれば、上級スキルではどうなのかという話になる。いくら邪道アーツとはいえ、そこまで極悪な仕様にするとは考えにくかった。
「……まぁ、一応試してみます」
そう言いながらシュウイが引き出す素材の数々に、半ば悟りに達したような表情を浮かべていたナントであったが、留めとばかりにシュウイが取り出したギャンビットグリズリーの五臓六腑ワンセットを目にすると、さすがに顔が引き攣った。
「コレ……さすがに流通には乗せられないよ……」
「買い取り不可ですか?」
「いや……王都の知り合いに直接、出所を隠して持ち込むよ。そうしないと王都どころか国中の錬金術師や魔術師、薬師が騒ぎ出すからね」
「……ログを見て珍品だっていうのは理解してましたけど……そこまでですか」
「伝説級どころか神話級、幻想級の代物だからね……」
「ご迷惑をおかけします……」
取り出したドロップ品の中にシュウイが必要とするものは無かったため、思い切りよく一切を売却する。件の内臓一式だけは支払いが後日という事になったが。
「う~ん……一体何がトリガーなんでしょうか?」
「それなんだけどね……シュウイ君、この店にある素材を片っ端から見てみないか?」




