第二十四章 トンの町 6.バランド薬剤店(その2)
《抽出スキルの修得条件を満たしていません。該当する抽出作業の経験値を一定以上取得して下さい》
「バランドさん、修得条件未達成って出たんですけど……」
表示された内容を説明すると、バランドさんはなぜか満足げに言った。
「思った通りじゃな。『邪道』で扱う抽出作業の経験を積んでおらんと、中級以上の作製はできんようじゃ」
「……どうすれば?」
「『邪道』で扱う抽出作業の経験を積む。それしかあるまい」
「抑、何から何を抽出すればいいのか判らないんですけど?」
「神託に頼ってばかりでは、人間は成長せんぞ? 薬師なら常日頃から周りに目を向け、どの素材が何に使えるのかを気に留めておく事が肝要じゃ」
・・・・・・・・
同時刻、モニターを凝視していた運営管理室のスタッフから歓声が上がった。
「よしっ! あのNPC、良い事を言うじゃねぇか!」
「AIを設計したやつは金一封もんだ!」
「これでレシピ取得の筋道が見えた!」
沸き返るスタッフたちの傍らで、木檜は椅子に腰を下ろしたまま安堵の溜息を吐く。そんな木檜に徳佐というスタッフが話しかける。
「どうにか筋道が見えてきました」
「あぁ……しかし、ヘルプファイルが個別にバラされて、【素材鑑定(邪道)】に反応して表示されるようになっているとは思わなかったな……」
「上級鑑定で表示されるテキストの体裁をとっていましたから……チェックに引っかからなかったのも納得できます」
「ともあれ、あとはシュウイというプレイヤーが飽きっぽくない事を祈るだけだ」
「【抽出】なり他のスキルなりを使ってくれれば、中級に進むのも遠くないでしょう。そうすればレアドロップの素材を自分用に確保しておこうと考えるでしょうし、レア品の流出にも歯止めが期待できます」
「そうであればいいんだが……」
ふと、問題のシュウイというプレイヤーが「トリックスター」である事を思い出し、自分たちの期待が裏切られないようにと祈る二人であった。
・・・・・・・・
バランドさんに諭されて、僕は考えを改める。確かに、他のプレイヤーが持たないだろう邪道アーツを拾えたんだから、使いこなすにはそれ相応の努力をしないとね。せっせと鑑定して問題の素材を見つけて、邪道スキルでの抽出経験を積まないと……。当面の目標もできたし、明日から頑張ろう!
ちなみに、バランドさんの店にあった素材は一通り見せてもらったけど、邪道スキルの解放に必要なものはないみたいだった。
「バランドさん、どうもありがとうございました」
「何の。老耄の知恵が役に立ったのなら幸いというもんじゃ。これも何かの縁じゃろうからな、知りたい事ができたらいつでも来るがよい。儂に解る事なら教えてやれるでな」
バランドさんの言葉と共に、ポーンという電子音が響いて空中に文字が現れた。
《NPCへの弟子入りクエスト(初級)をクリアしました。中級へ進みますか? Y/N》
いつの間にかクエストに入っていたらしい。僕はNをタッチしてウィンドウを消す。まだ中級に進む準備が整っていないしね。……あぁ、スキルを使っての作製が割と早くできたのは、称号「神に見込まれし者」のLUC値補正が効いてたのかもしれないな。
《クエスト報酬として【給水】のスキルを得ました》
おや?
「うん? どうかしたかの?」
「あ、いえ、【給水】というスキルを得たようです」
「ほう、良いスキルを貰ったの。調薬には水は不可欠じゃからな」
「バランド師匠もこのスキルを使ってらっしゃるんですか?」
初級とはいえ弟子入りクエストを達成したんだからと思って「師匠」と呼んでみると、バランドさん……いや、バランド師匠はくすぐったそうな顔をしたが、何も言わなかったから弟子と認められたんだろう。
その師匠の言葉は、僕には少し意外なものだった。
「いや。スキルで取り出した水は、ゴミとかは入っておらんが活力に欠けるでの。儂を含めて普段使いにしておる薬師はほとんどおらんよ。泉や川などの水を汲んできて、浄水石を使って清くしたものを使うのが普通じゃな」
さらっと初耳の話が出てきたぞ?
「活力? それに浄水石とは?」
そう訊くと、言い忘れていたのか、バランド師匠はややきまり悪げに教えてくれた。
「これは錬金術でも同じじゃと思うが、調薬に必要な水は、単に清いだけでは駄目なのじゃ。『活力』とでも言うべきものが必要でな、それはスキルによって生み出した水には含まれておらんのじゃよ。じゃから儂らは清い川や泉の水を汲んできて、『浄水石』を入れて汚れを吸収させるんじゃ。そうして汚れを取った『活きた』水を使って調合する。『浄水石』は魔道具を扱う店に置いてある」
「それじゃあ、『給水』スキルの出る幕は無いんじゃ……」
「いや、水が切れてしもうた時などはスキルで得た水を使う事もある。少し効果は落ちるがの。それに、冒険者を続けるなら色々と役立つスキルには違いない」
成る程。素材さえあれば出先でポーションを作れるというのは大きい。水筒要らずというのは更に大きい。良いスキルを貰ったな……あれ? 「スキルコレクター」って、クエストなどの報酬にスキルを貰えないんじゃなかったかな? まぁいいか……。
事実は、一刻も早く錬金術と調薬のレベルを上げて欲しい運営が、管理者権限で強引にスキルを与えたのだが、そんな裏事情はシュウイは知らない。素直に貰って喜んでいた。
「それではこれで失礼します」
僕は重ねてお礼を言ったあと、バランド師匠のお店を後にした。
運営管理室のスタッフも、無自覚になり振り構わなくなってきています。




