第二十四章 トンの町 5.バランド薬剤店(その1)
冒険者ギルドで思ったより時間をとられたけど、まだ陽は高い。バランドさんの薬剤店に行くのは……商売の邪魔かな? まぁ、行ってみてから考えよう。どっちみちポーションは補充しとかなきゃ駄目だしね。
「バランド薬剤店」に来てみたが、静まり返ってお客さんがいる気配は無い。……売り上げとか、大丈夫なのかな?
「今日は~。バランドさん、いますか~?」
そう声をかけながら扉を開けると……バランドさんはカウンターの奥で鼾をかいていた。暢気だなぁ……。気持ちよく寝てるけど、ここは起きてもらおうと耳元で声をかける。
「……ん? ……おぉ、いかんいかん、すっかり寝過ごしてしもうた。ん? 坊主は確か……」
「この間はありがとうございます。買わせて戴いたポーション、凄く役に立ちました」
「おうおう、南のフィールドへ従魔狩りに出かけるとか言うておった坊主じゃな。して、うまくテイムできたのか?」
「はい。彼女たちも喜んでいました」
そう言って改めてお礼を言うと、バランドさんはくすぐったそうに首を振った。
「薬を売るのは薬師の商売じゃ。して坊主、今日は何が所望じゃ?」
「ポーションの追加と……あと、ご迷惑でなければ【調薬】スキルについて教えて戴きたい事が……」
控えめな口調でそう言うと、バランドさんはしばらく僕の方をじろじろと見ていたが、やがて店の扉を閉めて戻って来た。
「込み入った話のようじゃからな、邪魔が入らん方がええじゃろ」
バランドさんは気軽にそう言うけど、僕としては恐縮するしかない。けど、バランドさん以外に頼れそうな人がいないのも事実だ。ここはご厚意に甘えておこう。
「済みません。手早く言うと、先日【調薬(邪道)】と【錬金術(邪道)】っていうスキルセットを入手したんですが、これが一体何なのか皆目判らなくて困ってるんです。何かご存じの事があれば教えてもらえませんか?」
そういうと、バランドさんは目を瞠った。
「邪道スキルじゃと? ……ずっと以前に噂を聞いたが、まさか実在しておったとはのう……」
「ご存じでしたか」
「出来上がるものは基本的に通常の【調薬】スキルと変わらんはずじゃ。材料と方法が違っておると聞いたが……済まんな、儂もこれくらいしか知らん」
結果は同じでも材料と方法が違うって……つまり、何をどうすればいいのか判らないって事?
「……それ、実際問題として使えないって事じゃ……」
「通常の【調薬】は持っておらんのか?」
「上書きされて、消えちゃったんです……」
「ふぅむ……となると、坊主は通常の【調薬】は使えんという事じゃな」
「そうなんですか!?」
「そう考えた方がよさそうじゃ」
僕ががっくりと落ち込んでいると、バランドさんはしばらく考えていたが……
「試しに、儂の【調薬】の真似をしてみんか? 邪道スキルが使えるんなら、何か反応が返ってくるかもしれん。坊主は道具は持っておるのか?」
そう訊かれて、今日、盗賊のアジトで拾った小箱の事を思い出した。これについても聞こうと思ってたんだよね。
「あ、今日拾ったものがありますけど……」
拾ったと聞いてバランドさんは顔をしかめていたけど、僕が小箱を取り出すと目を剥いた。
「これはまた……随分と大した品のようじゃが……悪いが坊主には使えんぞ」
「そうなんですか?」
「うむ。この道具は言わば上級者向けでな、坊主の技量がまるで足りておらん。いずれは坊主にも扱えるじゃろうが、今のところは無理じゃな」
「あ……だったら、初心者用の道具を一式下さい」
そう言うとバランドさんは何か頷いていたが、やがて店の奥から古ぼけた道具一式を持ち出してきた。
「儂が若い頃使っておった道具じゃ。古くはあるが、ものは確かじゃ。これで良ければ持って行くといい」
「え……でも」
「なぁに。道具にしてもずっと仕舞っておかれるよりは、使われた方が本望じゃろう」
結局バランドさんの厚意に甘えて、貰った道具でポーション作成の真似をする事になった。作るのは調薬初心者が練習で作る等級外ポーションだ。バランドさんが用意した薬草――ヴィタ草と言うらしい――を乳鉢と乳棒でよく磨り潰す。
「ここまでは問題なくできるようじゃな。よし、次じゃ」
バランドさんは磨り潰した材料を、沸騰しない程度に加熱した水に入れて静かにかき混ぜていく。五分ほど加熱を続けると、茶漉しのようなもので濾過する。バランドさんが僕の方を見たので、同じようにして濾過するところまでやってみた。
「ふむ。等級外ポーションは問題なくできたようじゃな。【鑑定】してみるが良い」
「え? 僕、【鑑定】スキルを持っていないんですけど……」
「【素材鑑定】というスキルがある筈じゃが?」
あ、そうだった。【調薬】と【錬金術】を持ってるせいか【素材鑑定W】になってるけど……鑑定してみると……
【回復アイテム】等級外ポーション HP約5%回復 品質D レア度1
薬師や錬金術師の見習いが練習で作るポーション。僅かにだがHPが回復する。
連続使用不可。クールタイムは約15分。
確かに等級外ポーションになっていた。
「よし、では次じゃ。同じ事をスキルを使ってやってみる」
バランドさんの言うとおりに、【粉砕】でヴィタ草を磨り潰し、【抽出】でエキスを抽出し、【分離】で液体を濾過する。最初のうちは何回か失敗したけど……
「邪道スキルがどうこうと言う神託は降りて来んのじゃな? なら、問題ない」
そう言うバランドさんに励まされて練習を続けると、【器用貧乏】の効果か、割とすぐに成功するようになった。
「ほう、坊主は筋が良いようじゃな。普通は何十回も失敗して泣きが入るんじゃが……。まぁ、【調薬】や【錬金術】の初級でやれる事まではできた訳じゃ」
「でも……ここまでに邪道の邪の字も出て来ていませんけど……?」
「ここからじゃ。中級ポーションの作製を試してみる。儂の予想では、ここで何かしら出て来る筈じゃ」
【調薬】の中級では、薬草から有効成分だけを単独で【抽出】して、効果の高い特化ポーションを作成するのだという。
「中級の体力回復ポーションを作ってみるかの。【粉砕】したヴィタ草から薬効成分だけを取り出すには、普通の遣り方では駄目じゃ。【抽出】の時に『カスタム抽出』と念じれば選択肢が表示される筈じゃから、『体力回復』を選んでみよ」
バランドさんの言うとおりにしてみると、確かに「カスタム抽出」の選択肢がウィンドウに表示された。その中から「体力回復」を選んでポチッと……あれ?




