第二十章 運営管理室
モニターを見ていたスタッフたちは、シュウイの選択とその結果に対して驚愕と怨嗟の声を上げた。
「折角用意した【錬金術(基礎)】と【調薬(基礎)】が……」
「【錬金術(邪道)】に【調薬(邪道)】……って、何だよ!?」
「聞いた事のないスキルだな……」
そんな中で、チーフの木檜だけは騒ぎに混ざる事もなく、難しい顔つきで考え込んでいた。
「邪道スキルか……」
その呟きを耳にしたスタッフが訝しげに訊ねる。
「木檜さん、邪道スキルって何です?」
「正規の材料と手段を用いずに生産するスキルだ。俺もそれくらいしか知らん。あのスキルを用意したのは誰だ?」
気軽な木檜の問いに応える者が誰もいなかった事で、俄に緊迫した空気が充ちてゆく。
「おい! 一体誰があのスキルを設計したんだ!?」
「僕はてっきり徳佐さんだと……」
「俺じゃない」
「じゃぁ、誰だ?」
「ここにいないやつか?」
「三田が休暇中だが……」
「いや、あいつはスキルに関わっている暇はなかったはずだ」
「開発に異動した鳴瀬は?」
「あいつはグラフィック担当だろう。第一、あの当時はアメリカに長期出張中だ」
「戀水女史でもないよな……」
ああでもないこうでもないと話が混迷を来す中、一人のスタッフが声を上げる。
「亘理……そうだ、亘理のやつだ!」
「亘理?」
「あぁ、身体を壊して辞めたやつか」
「……つまり、現時点であのスキルの事を知っているやつが社内にいないのか?」
本来なら実装されたスキルの内容は規定の書式に従って報告され、そのデータは一括して管理される。しかしSROでは何しろスキルの数が膨大な上に設計開発のスケジュールが押していたために、報告にはスキルやアーツの名前と簡単な内容だけを記載しておき、詳細な報告は後日手が空いてからというものが多かった。決して褒められた事ではないが、時間が無いという現実的な理由によって、所定の手続きは形骸化していたのである。ために、各スキルの詳細は担当者に訊くのが一番という事態がまかり通っていた。
「冗談じゃ無いぞ……」
誰かがゴクリと唾を飲む音が聞こえた。
「至急、亘理とやらに連絡を取れ! あのスキルについて訊き出すんだ。手の空いている者は、当時に亘理と親しかった者に聞き込みをかけろ。急げ!」
室内が俄に慌ただしくなった。
・・・・・・・・
一頻り社内の人間に聞き込みをかけた結果、邪道スキルについて幾つかの情報を得る事ができた。しかしその一方で……
「駄目です。亘理さんは当時の住所を引き払って故郷に帰ったみたいです。故郷の住所は不明です」
「履歴書に記載はないのか?」
「連絡先は当時の住所だけしか書いてありません」
「……せめて、そいつの出身地がどこか、知っているやつはいないのか?」
「あの……山奥の田舎だって漏らしていた事が……」
「それだけじゃ、チベットなのかアマゾンなのかも見当がつかん。木曽の山奥っていう可能性だってあるんだぞ」
「寧ろ、最後の可能性が一番高いような……」
結局、亘理の所在については更に聞き込みを続ける――興信所に依頼する事も検討された――として、邪道スキルについて判った事を整理しようと言う事になった。断片的な情報として得られたものを、大楽が整理してゆく。
「まず、邪道スキルと呼んでいたが、正しくは邪道アーツとでも呼ぶべきもののようだ。【錬金術】や【調薬】の互換アーツらしい」
「体系として存在しているのか?」
「あぁ、取得時のログ情報から辿ってみたんだが、彼が取得したのは【錬金術】や【調薬】の基礎スキルとほぼ同じものだ。で、悪い報せだが、各スキルの習熟がトリガーとなって誘導される中級アーツは、アンロックの条件がかなり厄介だ」
「……つまり?」
「速やかな上達が期待しづらい」
抑シュウイに【錬金術】と【調薬】を与えたのは、彼が理不尽に拾得するレアドロップ品を自分で利用する――はっきり言えば他所へ流さない――ようにするための布石としてである。スキルが成長せず、いつまでたってもレアドロップを利用できないのなら、当初の目論見が怪しくなる。
「それじゃ何にもならない……」
「【錬金術】と【調薬】が死にスキルかよ……」
「いや、待て。大楽、条件が厄介というのは?」
木檜チーフの問いに大楽が答える。簡潔に。
「初級の段階で邪道スキルを用いての作業……例えば【抽出】なら【抽出】を一定数こなしていないと、そのスキルを修得した事にならないようです」
「……それのどこが厄介なんだ?」
「レシピが開放されていません。シュウイ少年に許可されたリンク先を辿ってみても、レシピというかヘルプファイルが見当たらないんです」
通常、錬金術で何をどうやれば良いのかというレシピは、予めプレイヤーに開示されるようになっている。そうしないと練習そのものができないからであるが……
「……ヘルプファイルが渡されていない?」
「仮にも邪道と銘打つアーツのレシピが簡単に入手できるのはおかしいというのが、亘理の拘りのようですね」
「しかし……いくら何でも初心者には難度が高すぎるだろう」
木檜と大楽の会話に別のスタッフが割って入る。
「いや……それなんだが、どうもこの邪道アーツ、本来は【錬金術】や【調薬】を修めた者が習得するものらしい。あの少年がスキルを拾ったルートは、それこそ冗談で設定されたものみたいだ」
「何と……だがまぁ、レシピ自体はあるんだな?」
木檜の何気ない質問に、大楽の顔が曇る。
「それなんですが……最悪、実装されていない……というか、その前に亘理が体調を崩して辞めた可能性もあります」
冗談じゃないという顔をする一同。木檜が徳佐の方を見る。
「亘理が残したCDやメモリに残っているファイルを洗い出しています。現在のところ何も見つかっていません。通常ファイルのチェックが終わり次第、パスワードが設定されているファイルを覗いてみます」
「あぁ、それから……亘理が使用していたパソコンは既に初期化されているだろうが、念のために保安部に行って、サイバーセキュリティのチェック状況を当たってみてくれ。疑わしいファイルとしてコピーが保管されているかもしれん」
・・・・・・・・
努力が実ってヘルプファイルの所在が知れたのは、それから数日後の事だった。




