第十九章 トンの町 3.運営管理室
モニターを見ていた男たちからは、口々に呪いの声が上がった。
「畜生っ! なんて事を言いやがるんだ、こいつは!」
「こいつも『トリックスター』なのか?」
「いや、『トリックスター』なのはその少年だけだ。道具屋のプレイヤーは少年に当てられて舞い上がっているだけだろう」
「しかし、厄介な事を言い出してくれた」
スタッフたちの怨みがましい視線は、道具屋を営むナントというプレイヤー――の、モニター上の映像――に向けられている。
「王都の連中に伝手がある……って、何でこんな特典を許可したんだ!」
「仕方がなかろう。あの当時は彼が『トリックスター』と関わるとは予想できなかった……いや、『トリックスター』との存在すら知らない者がほとんどだったんだからな」
「よせ、昔の事を論っても始まらん。それより、この段階で珍素材が王都に流れる事の方が問題だ」
「王都が解放されるのは終盤になってからの予定だったからな……」
「まさか序盤から王都へのコンタクトがあるなんて、考えてもみなかった」
「あのプレイヤーの言葉が真実なら、既に王都のユニットの幾つかは目覚めているという事だぞ」
「それだけじゃない。今回の素材が王都に、いや王都でなくても他の町に流れたら、錬金術師や薬師のユニットは本格的に動き出すぞ」
「ナントというプレイヤーに連絡しますか? 素材を売らないように」
「馬鹿な、木檜さんじゃないが、そんな事はできん」
言下に否定したのは、以前に大楽と呼ばれていた男である。
「序盤の段階でそんな事をしてみろ、運営、ひいてはSROに対する不信感を煽るだけだ」
「不幸中の幸いに、今回得られた素材では高い貢献値は得られない。問題は今後の事だ。もしこの調子で『トリックスター』がもたらす素材が王都に流れたら……」
「いや、反駁するつもりじゃないが、王都に流れるんならまだましだ。王都のユニットは閾値を高く設定してあるから、そう簡単には動かんだろう。しかし、その他の町のユニットは……」
「閾値が低い分動き易い、クエストが解放され易い。そう言いたいのか?」
「……だとすると、ナントというプレイヤーが言っていたように、トンの町の錬金術師や薬師に持ち込むのは拙いんじゃ……」
数名のスタッフがギョッとしたように振り返るが、大楽というスタッフは動じない。
「いや……トンの町には大したクエストは仕込んでいない。例外はグランドクエストだが……さすがに起動はせんだろう……」
語尾が自信なげに小さくなったのを勇気づけるように、チーフスタッフの木檜が発言する。
「グランドクエストはいざとなれば凍結も延期もできる。解放のタイミングはこちらで選べるだろう」
一同ほっと胸を撫で下ろしたが、問題は依然として残っている。だが、ここで徳佐というスタッフが思いがけない提案をする。
「『トリックスター』から他の町へ極レア素材が流れ込むのを阻止したい。問題はそういう事だと思うが?」
「そうだが……何か策でもあるのか?」
大楽の発言に頷いて、徳佐は話を続ける。
「すぐに思いつく方法は二つ。まず、『トリックスター』が物騒な素材を入手するのを防ぐ」
「それは無理だ。プレイヤーへの不公平かつ恣意的な干渉に当たる」
「問題になるのは【落とし物】スキルだろうが、あれに手を加えるのは拙いだろう。SROのあり方そのものを問われるぞ?」
「あぁ、だが、確認したい事がある。【落とし物】によるレアドロップ発生は、パーティメンバーにどの程度反映されるのか?」
「パーティメンバーが拾えるのはレアまでです。スーパーレア以上のものは、スキル保有者にしか落ちません」
質問の答えを確認して、徳佐は話を再開する。
「では二つめの手段。『トリックスター』がレアドロップを売却するのを防ぐ」
「そんな事ができるのか?」
「そのために、『トリックスター』に錬金術と調薬のスキルを与える」
管理室の全員が――木檜も例外ではない――あっと言って、そのまま沈黙した。やがて口を開いたのは木檜である。
「……なるほど。錬金術と調薬のスキルを持っていれば、原料に使えるレアドロップは売らずに取っておく可能性が高い。他の町へ流れる危険性は低くできるか……」
「あくまで低くできるというだけでしょうが……」
言い訳めいた徳佐の言葉を遮るように発言したのは大楽である。
「いや、俺にも有効な手段のように思える。と言うより、現状では最善手だろう」
「だが……Lv1のスキルでどの程度効果があるか……」
懸念を覚えたスタッフの発言を打ち消したのは、中嶌という若いスタッフである。
「いえ……丁度良い案配に、『トリックスター』が【器用貧乏】を取得しました」
「技術習得の底上げスキルか! それならすぐにでもLv3に上がる。売らずにおこうという動機付けには充分だろう」
「だが……どういう訳で入手した事にする?」
「何も言わなくて良いだろう。そういう仕様なんだと思うさ」
何とかなりそうだとの安堵と共に、シュウイは更に二つのスキルを有耶無耶のうちに得る事になった。
ちなみに、召喚術師で錬金術師で武道経験者というキャラクターから、とあるライトノベルの主人公を連想した者はスタッフにも多くいた。だが、あそこまでのバランスブレイカーにはならんだろうという希望的観測に縋ったのか、その類似点を口にする者はいなかった。
次話は金曜日に投稿の予定です。




