Vol.33
ようやく終わった。
不思議と、晴れやかな気分にはならない。
部屋の中で悪臭を放っていたゴミを、ようやく片付けて掃除することができた。
その程度の感慨しか湧いてこない。
どうしてかと考えて、すぐに思い至る。
事前にベニーから解答を開示されたためだ。
攻略本どおりに戦ったからボスが倒せた、その程度の話なんだ。
逆に全身から力が抜けていくのを感じる。
今まで俺を支えていた何かが、消えてしまったような。
自分のやってきていることが、急にチープに思えてくる。
聖鍵に対するわだかまりとか、俺が無能だとか、そういう話ではなく。
俺がどんなにうまくやっても、どこかでうまくいかなかった世界があるのが虚しいというか。
どこかの世界ではリオミを始めとした皆が毒牙にかかっていて、それを止められなかった自分がいる。
それは別の並行世界。いわば俺にとっては他人事にも等しい過去だ。
「ああ、そういうことなのか……」
聖鍵の力を極めていけば、いつかそれらの世界を統合して、たったひとつの結末に至る方法がある。
ディオコルトやダークスという存在を根底から否定し、消滅させられるのだ。
だが、今の俺では到底そこまで到達できない。
現在、ディオコルトと戦ったという過程がある時点で、今までの俺は全員、そこまでは到達できていないのかもしれない。
あるいは、俺すらも道のりに過ぎないのかもしれない。
そのために、こんな繰り返しをする仕組みを前の俺が作ったんだとしたら……納得はできる。
「完全に馬鹿だな……」
だが、そんな馬鹿に同意できてしまう。
どこまでも子供じみていて、幼稚な我侭なのに。
聖鍵を手に入れてしまった俺が考えることなど、結局同じだということか。
なら、俺も目指そう。
お手本なら、いくらでもいる。
努力を続けている人達を、俺はたくさん知っている。
「アキヒコ様!」
ブリッジに転移してきた俺を、いの一番にリオミが出迎えてくれる。
「……待て! 本当に、アキヒコ……なんだろうな?」
シーリアが俺に駆け寄ろうとしたリオミを止める。
一瞬ディオコルトのフリでもしてやろうかと思ったが、やめておいた。
「ああ、うん。間違いなく俺だけど……どうやって証明しようか?」
悪ふざけをした場合、訂正する手段が思いつかなかったからだ。
「お任せください」
リオミが魔法を唱えている。
俺の魂を看破する魔法でも使うのだろうか?
と思ったら、聞き覚えのある詠唱のあと、リオミがキャト族に変身した。
ひゃっほい!
難しいこといろいろ考えてたけど、馬鹿馬鹿しくなったぜ!
テンション上がってきた!
「リオニャーン!!」
「この反応は本物です! アキヒコ様ー!」
お互いに抱きついて、再会を分かち合った。
周囲で見守っていたみんなが、一斉に拍手する。
「俺は勝った! あいつに勝ったよ!」
「はい! もうこれで、安心なんですね!」
さっきまでの虚しさとか、どこへやら。
もう彼女たちを奪われることのない安心感やらなんやらで、胸がいっぱいになった。
リオミを始め、女性陣が指輪を外した。精神遮蔽オプションのついた装備だ。
別に捨てるわけじゃなくて、ディオコルトの脅威から解放されたときにやろうと言い合っていた儀式のようなもんだ。
「フェイティス、メリーナは!?」
「はい、大丈夫です。早急に治療を行ないます」
「そうしてくれ! くれぐれも、記憶操作は慎重にな」
彼女には非常に可哀想なことをしてしまった。
ディオコルトに洗脳されていた間のことは覚えていないようだが、魅了を解除した途端にフランのごとく自殺をはかられてはたまらない。
「ライネル・バンシアについても、特に怪我ということもありません」
「そうか……」
結局、今回の作戦の性質上、キューピッド計画は難しいということだった。
それにメリーナは側室になった。不義密通とかされるとスキャンダルになってしまう。
「ついに、ディオコルトも終わりか」
「自分、今度一発殴りに行ってやろ」
シーリアとフランがお互いに頷き合っている。
できれば、もうふたりには会わせたくないんだけどな。
まあ、そのときはまた精神遮蔽オプションを装備させれば、ほとんど無害のはず。
元ボディが俺なんだから、ヤツの勝ち目は少しもない。
「アキヒコ様……どうか、今の私の心を読んでください」
「……いいの?」
「はい、是非!」
にこやかなリオミに、マインドリサーチを使ってみる。
感情共有モードで。
「ひぇぇ~……」
顔が真っ赤になる。
自分がこんなにも愛されてるってのを実感するのと、自分を大好きになってる感覚が綯い交ぜになって、頭が混乱してしまった。
すぐに切る。ふぅ……。
「どうでした?」
「あ、うん……俺を好きになってくれて、ありがと」
そんな言葉ぐらいしか浮かんで来なかった。
「むぅ、リオミだけずるい。私もだ」
「自分も自分も!」
「か、勘弁してくれよ……」
とか言いつつも、悪い気はしない。
いいじゃないか、聖鍵頼みでも。モテる理由はよくわからないけど。
もうループとか、因果律操作でダークス消滅とかどうでもいい。
俺はここに俺の王国を築くぞ、過去の俺ー!
……ま、好きにしなよ。
「ん? リオミ、今何か言った?」
「え? いえ……」
?
まあいいか。
別に嫌な予感とかはしないし。
「よっしゃ、明日の夜は祝勝パーティだ! ハルードからシェフを呼べ! バケシロ食うぞー!」
「「「「おー!」」」」
俺は昼に起きた。
みんなは公務の真っ最中だろう。
なんだかんだで王になったというのに、自由な時間が多い。
フェイティス頼りというだけではなく、学習した王様コピーボットが独力で公務をこなせるほど成長してしまったのだ。
この調子で、リオミとシーリアのコピーボットも製作して、ふたりの公務も代替えさせようと思う。
記憶共有ができれば、実質どちらも本物と遜色ないわけだしな。
俺の最終目標は、聖鍵王国が俺なしでも運営できるようになることだ。
別に、面倒くさいからとかいうわけじゃない。ちゃんと公務や礼儀作法についてはフェイティスの授業も欠かさず受けている。
ただ今後、いろいろやりたいことがあって、俺が王国にずっと拘束され続けるのは困るのだ。
だったら王国なんぞ作るなよという話だが。
実はこれ、最初から決めてあったことであり、みんなも了承済みのことだ。
そんなわけで、俺は学院の食堂で飯をかっくらいつつ、今後について考えていた。
「なあ、ディーラちゃん」
「なーに?」
「学院は楽しい?」
「うん! すごく楽しいよ……勉強も面白いし、人間っていろんなこと考えてるんだね」
「そっか。ヤムエルも大丈夫そう?」
「うん。今度、学院旅行っていうので、バッカスに行くんだって」
「へえ、そうなんだ。何をしに行くのかな?」
「トランさんの商会の見学だって」
「そうか~」
ディーラちゃんの頭を撫でた。
「……お兄ちゃん、どうしたの?」
「んー?」
「なんか、いつもと雰囲気違う」
「そう?」
「……お兄ちゃん、どこかに行くの?」
「……うん、ちょっと遠くに行くかもしれない」
「やだ、嘘だよね?」
「…………」
「何か言ってよ……!」
「はは! 引っかかった引っかかった!」
「ちょっ……お兄ちゃん、ひどいよ!?」
「はははは~。大丈夫大丈夫、別にいなくなったりはしないって」
「ホントに、ホントだよね?」
「うん」
ディーラちゃんは、やがて意を決したように真剣な顔になって俺を見上げた。
「あたし、いつかお兄ちゃんのお嫁さんになりたい。だから、本当に居なくなっちゃやだよ」
「……ごめん。俺はディーラちゃんのことは、本当に妹みたく思ってる」
「……あたしだけ駄目なの?」
「妹と思えるのはディーラちゃんだけなんだ。お嫁さんはたくさんいる中のひとりだけど、妹はディーラちゃんしかいないんだよ。特別なんだ」
「…………」
「だめ?」
「……ううん、ダメじゃない。希少価値だね」
「そそ」
「じゃあ、妹でいる。お兄ちゃんだけど、愛さえあれば関係ないよね?」
「本当にダメだからね」
昼食を終え、ディーラちゃんと別れた。
講義を受けず、なんとなく転移履歴から適当な場所に跳んだ。
アズーナン王国の街道だ。
もうちょっと行った先でカドニアの傭兵崩れに襲われたのだ。
懐かしい。
今見ると、風景が全然違って思えるのだから不思議だ。
いや、実際に今は違う。
街道のところどころでバトルオートマトンが周辺を警戒しているし、ドロイドトルーパーが行進しているのが見える。
なんとなく、街道を外れてある場所まで歩いてみた。
2~30分ぐらい歩いただろうか、一向に到着しないのでとうとう諦めて転移を使う。
目の前に、石造りの砦のようなものが現れた。
ところどころをルナ・オリハルコン板などで補強されていて、各種生産施設が増設されている。
実際に見たのは初めてだが、元々カドニア傭兵崩れがアジトにしていた場所を、ドロイドトルーパーの拠点に改造したのである。
他にも、山賊などがアジトにしていた洞窟や廃墟などを接収し、警備の拠点に作り変えてある。
見張りのドロイドトルーパーに一瞬見咎められたが、すぐに敬礼してきた。
聖鍵を持っていないのに、何で認証してるんだろう。やはり顔か。
変身魔法とかで誤魔化されたりしないんだろうか。
ググってみると、顔、DNA、精神などの複合認証方式のようだ。
俺だと判断すると、リオミの着替えの最中でも扉が開くわけね。
特に意味はないが、中も見聞してみる。
メンテナンス用の設備がある以外、普通の砦と変わりないようだ。
人間が出入りすることがないので、生活設備はまったくない。
「こんなふうになってたんだな」
制圧を任せて、その後拠点にしたことしか知らないので、実際に見るのは初めてだ。
カドニアやら、ディオコルトやらのせいで落ち着く時間がなかったので、なかなか来られなかったが。
「ここを拠点にして、盗賊退治! なんてことも考えてたんだよな~」
あのときバッカスまで飛ばなかったら、そうなっていただろうか。
いや、魔物の大量発生が報告され次第、俺は同じような対応を行ない、結局カドニアに向かっただろう。
「…………」
砦の壁をなぞる。
深い意味はない。思い入れなど、あるわけがない。
だが、不思議と気分が落ち着いた。
「ああ、今、俺……自由だ」
やらなきゃいけないこともなく。
急かされることもなく。
ただ、なんとなく、思ったことをやりたい。
「風呂でも入るか」
砦の屋上は見晴らしがいい。
見張りのドロイドトルーパーを追い出して、バスルームユニットを召喚した。
排水口もあるので、砦が水浸しになることもない。
「ふぅ……」
なんの風情もない露天風呂だが、気分はよかった。
周囲はちょっとした森になっており、鳥の鳴き声が聞こえてきたり、風が草花の匂いを運んでくる。
「そういや、南極で風呂に入るのが夢だったなぁ……」
別に実現しようと思ったわけじゃないけど。
寒いところで入る風呂は、気持ちがいいだろうなあと思っていた程度だ。
「やってみるか」
バスルームユニットに、簡便なセキュリティを設置。
いざというときは、周囲に快適な温度を保てるフィールドを展開できるよう調整する。
――聖鍵、起動。
――対象、俺及びバスルームユニット。
――転移先、凍土地帯。
景色が変わった。
一面真っ白。吹き荒れる吹雪によって、何も見えない。
「さぶぶぶぶ」
パキパキと、やばげな音をたてて、お湯が凍っていく。
すぐにフィールド展開。
あ、あぶなかった。
幸い、バスルームユニットそのものは故障しなかったようで、お湯もすぐに暖かくなった。
もうちょっと気候の安定した場所を地図検索で探し、そっちへ跳び直した。
「おお、すげー。オーロラだ」
七色の垂れ幕が、全天を覆い尽くしていた。
こんな光景を眺めながら、風呂に入っている事実に、ちょっとニヤけてしまった。
「ふふ……何やってんだろうなぁ、俺」
フィールドを一旦解除すると、すぐに寒くなった。
またフィールドを戻して、体を温めなおす。
温度差の快感を味わう。
「んー、たまらん」
しばらく、こんなふうに聖鍵で遊んだことはなかった。
国の運営のために使ったり、女性関係の悩みを解決するのに使ったり、そんなんばっかりだった。
自分のためだけに何の意味もなく使うと、ものすごく楽しく感じる。
今、この瞬間だけはあらゆる義務から解放され、リオミもシーリアに一切気を遣うこともなく、俺は世界にただひとり。
圧倒的な開放感に酔い痴れる。
「よし、いいこと思いついた」
ハイパーイオノクラフトを発生するプレートの上に、バスルームユニットを載せた。
これで、凍土を風呂で移動できるぜ!
こんなアホみたいなことを、子供の頃は真面目に考えていた。風呂と車を合わせたら最強じゃね? と。
そんなわけで移動を開始したのだが、シロクマが現れた。
咄嗟に検索すると、ポーラーベアという名の魔物らしい。何体が現れて行く手を塞いできた。
殺すのはかわいそうなので、ソード・オブ・マインドアタックを発射して気絶させる。
更に進むと、なんとドラゴンの巣に遭遇してしまった。
真っ白なドラゴンが、こちらを威嚇している。
「グルアアアアッ!」
「ぬおッ!?」
鼓膜が破れると思った!
ドラゴンの咆哮は、敵を気絶させたり混乱させたりする強烈な魔法攻撃の一種だ。
今は絶対魔法防御オプションのあるパワードスーツを装備していないので、バスルームユニットに設置したセキュリティが頼りだ。
どうやら、防音設備と対魔法防御のおかげで、俺には五月蝿い鳴き声程度にしか感じられなかった。
とりあえず、ドラゴンの正体をルナベースで検索し、ホワイトドラゴンのアダルトと判明。
ドラゴンの中では、動物並の知性しかない色彩種だ。
こいつがいるってことは、どこかから瘴気が出てるのかもしれない。
ホワイト・レイの結界はあるけど、一応……闇避けの指輪を装備しておくか。
あれ、俺なんでこんなことしてるんだ?




