Vol.31
複雑な説明回。
ドリッパーちゃんカスタムの戦果は劇的であった。
ゴーディス地下帝国の魔物たちは、幾度となくホワイト・レイの洗礼を浴びて、どんどん力を失っていった。
瘴気は奴らの魔力源でもあるからな。特にイヴィルエルフには効果覿面だった。
それにしてもドリルが貫通したように見えても魔物には傷ひとつない不殺攻撃……イレイサーの効果って空間を削り取るはずなのに、それも魔法的に処理できてしまうんだなぁと感心してしまった。
そんなこんなで、3日間だけでも地下帝国ゴーディスに巣食う魔物のダークス係数は半減していた。
生来邪悪な種族は救うことができないことをチグリに説明したところ、彼女は《レイスチェンジ》を条件発動にすることで、ダークス係数が減った相手の種族そのものを呪いから解放できないかと提案してきた。
どうなんだろう? わからないので、その辺も地下帝国で実験することにしようか。
ドリッパーは1週間ほど休みなく投入し続けるので、その都度データをとってもらうことにしよう。
これで残る問題は、ディオコルトのみ。
「ご主人様、メリーナ王女を四号側室として受け入れてよろしいですか?」
「後宮は俺以外の男子禁制なんだけど……この条件、どう思う?」
「近衛騎士を連れて行きたい、という希望ですか」
メリーナ王女が俺の側室になることに唯一出してきた条件が、騎士ライネル・バンシアの同行だった。
ここにディオコルトの意志が介在していないとは考えにくいが……。
「これを断った場合、メリーナは来ないみたいだ……」
「不気味ではありますが、相手方の作戦に乗らなければ、条件を整えるのも難しいかと」
「……そうだな。ライネルの受け入れを許可しよう」
もちろん、受け入れに際してはマインドリサーチ他……ダークス係数のチェックなど、あらゆる検査を行った。
他の側室もチェックしているので、この辺は同じだが……メリーナとライネルに関しては念入りにやった。
異常は発見できず。
尤も、ディオコルトはこれまでもルナベースの目から逃れてきた。
聖鍵や、実際に表に姿を現したときの情報以外は目撃情報すらない。
逆にいうと、ヤツは確実に俺たちの目をかいくぐる手段を、ひとつ以上持っているということだ。
俺はマザーシップ中枢区に入る。
「ベニー、いるか?」
『はいはーい! お呼びとあらば即参上で~す!』
どこからともなく映像が浮かび上がる。
ブライ○ーとか、懐かしいネタ知ってるなあ。
きっと別の”俺”が教えたんだろう。
「いくつか聞きたい。まず、キミと教団の関係についてだ」
『はい、なんなりと』
「教団を作ったのはキミか?」
『半分だけ肯定です。私はあそこの管理を任されてましたけど、教団すべての指揮権とかは持ってないです』
詳しく聞いてみると、どうも教団の概念を最初にアースフィアに取り入れたのは数週目の俺自身だったらしい。
アースフィアに文化や技術、一定レベルの教育などを施したのだ。
だが、教団スタイルが浸透するのに何十年も時間がかかった。
だから、その時の俺はこう考えた。
自分が召喚される前に、最初から教団をアースフィアの基盤に設置してしまえばいい。
その世界の俺は晩年、世界がループしている可能性についても気づいていたらしい。
「だから、俺が召喚される前にベニーが教団の概念をアースフィアに広げてたってわけか」
『浄火プログラムの基礎部分は作りましたけど、アイデアはいろんな人のを取り入れましたよ。王宮の洗脳とかはフェイティス、メタルノイドを改造したアンダーソンはチグリ。ちなみにお金や水道、ヲタク文化は聖鍵陛下ですねー』
なぁるほど。
教団があったり、通貨が円だったり、無駄に技術があったりしたのは、そういうことだったのか。
教団の存在自体が、ループの伏線だったわけね。
彼女はAAランク。もしルナベースが最初からあったものなのなら、俺が来る前からかなりの介入ができるはずだ。
最も聖鍵に入るまでは、自由度の高い介入は難しいらしい。聖鍵を通ることによってようやく活動を本格化できるようだ。面倒そう。
『ちなみにいつも聞かれるので先にお答えしますが、教団や技術、マザーシップや基地の配置は現状のスタートが最も安定しますので、変更予定はありません』
「んー、了解……」
デフォルト設定は変更不可、ね。
クッ……だが教団開祖の俺よ。お前のせいで、シーリアが変態になってしまったのかもしれんのだぞ……。
あらゆる意味で自業自得かよ、畜生。
「待てよ、ひょっとして情報開示システムを作ったのも、ひょっとして……」
『は~い、私で~す』
「超宇宙文明じゃなかったの!?」
『最初にあったのは、聖鍵、マザーシップ、ルナベースだけですよ~? 最初の陛下は、マニュアルもなにもない状態から始めてたので大変だったそうです』
マニュアルも情報開示も、全部俺に対する親切設計だったというのか。
ひょっとすると、超宇宙文明そのものがフェイティスが考えた設定とかだったりして……。
ははは、まさか。ある情報と矛盾するから、それはないだろう。情報が嘘ならわからないが。
「ヒュプノウェーブ発生装置のことは情報開示されたのに、前回の強化装置が秘密だった理由は?」
『あれ、教団で設置したんじゃなくて、私の独断なんですよ~。何度かクラリッサが魔王軍の攻撃で陥落して、私が介入できなかったときがあるので。今の私では情報開示プログラムを弄れないんで、装置のことは書き加えられないんですよね』
「おかげですごい苦労したんだけど。ていうか、俺が来るってわかってただろ。どうして起動したし」
『すいません〜。でも、聖鍵陛下なら絶対突破できるのはわかってましたし、かっこいいとこ見てみたかったんです!』
うわー、乙女チックに言われてしまった。
信用されてるのはいいけど、愛が重い。
まともに相手すると疲れそう……。
そろそろ本題に入るか。
「一応もう一度聞くけど……他の世界であったことを教えてくれるって言ってたよな?」
『肯定です』
彼女は並行世界で起きたことについて、情報を持っている。
これは俺にとって有益だ。
『ですが、お答えできないこともあります』
「それはどうして?」
『あんまり介入しすぎると、逆に良くない結果になることもありますし……一部、記憶がロックされていることもあります』
いわゆる禁則事項というやつか。
情報開示システムも同じような理由なのかな?
『あと、ぶっちゃけ私が答えていいことなのかどうなのか……判断に困ることはお話しないことにしてます。一応、もうアースフィア関係のことならほとんどお答えしちゃっていいかなと思いますけど』
次の開示情報は「外宇宙」だもんな。
別に世界に介入するとパラドックスが起きるから云々ではなく、どうも別の”俺”の指示らしい。
おそらく、その”俺”は今の俺より情報深度が高い。
命令の撤回は、やめておいたほうがいいだろう。
『少しずつわかったことなのですが、先のことがわかりすぎると、聖鍵陛下にとってもあんまりよろしくないのです。
私にとっても、同じような結果しか観測できななくなりますから、好ましくありませ~ん。
それに最善を求めた結果が最善とは限らないみたいですので。お答えできない場合は、そのように申し上げま~す』
うーん……確かに、なんでもわかっちゃうと、今度は最適解を探し求めて目的を見失いそう。参考程度に留めるべきか。
彼女の様子を見る限り、それほど深刻な事態は無さそうだと楽観しよう。
次は確認だ。
「未来に起きる事件については答えられる?」
『肯定です。ただ確実に起きるとも言い切れませんので、予測でよろしければある程度なら』
「過去に起きた事件については答えられる?」
『肯定です。もっとも、この世界で起きているとは限りません』
「現在進行中の事件については答えられる?」
『条件付き肯定です。世界の流れなども踏まえねばなりませんので、確実性には欠けますね~』
解答はできる。
だけど、確実にそれが「発生した」「発生する」「発生するであろう」とは限らない……か。
確かにこの条件で鵜呑みにするのは危険過ぎるか。
今からする質問は、できればあんまりしたくない……が、聞いておく。
「キミが知るかぎり、ディオコルトに籠絡されたことのある俺の身近な女性を教えてくれ」
『敬称略ファーストネームのみ、現世界で聖鍵陛下が見知った女性。この条件でお答えしてよろしいですか?』
「ああ」
「リオミ。シーリア。フライム。リプラ。チグリ。メリーナ。ヒルデガルド。ドナ。タニア。ヘレナ。マリス。以上、12名です」
覚悟してた。けど、きつい……。
リオミまで……くそっ、俺がヤツに異常な殺意を抱くわけだ。
つか、知らない名前があるな。誰だ?
「俺の知り合い マリス」で調べたら、出てきたのはロードニア王都の冒険者ギルド受付嬢。
ああ、思い出した! いつも角に足の小指ぶつけてた子だ。
なるほどな。確かにアイツに会わせるわけにはいかないって思考した覚えがある……。
冒険者のルートを通れば、親密になる機会があったのだろうな。
つか、ヘレナって誰だっけ……。
少佐じゃん!?
騎士団は対策バッチリのはずなのに。いったい、どういうルートで堕とされるんだろう……。
建国しなかった場合かな。
ディーラちゃんは大丈夫みたいだ。ドラゴンだからか?
ザーダスもいない。そもそも彼女が生きているという情報は極力隠蔽しているし、ヤツも知る機会がないのだろう。
フェイティスが一度もないのは、流石というべきか。
ヤムエルがいないのは……うん、まあ、ヤツもさすがにそうか。
ちなみにタニアは、リオミのお母さんだ。
彼女にも精神遮蔽オプション渡しておいて正解だったか。
「12名って、多いのか少ないのか……」
『今知り合ってない女性も含めれば、100を超えます。名前は必要ですか?』
「いやいい……要するに、ヤツに対する対策が全然できなかったときがあるんだな……」
ベニーは出会った俺が常にディオコルトのことは知ってると言っていたが、聖鍵の情報から対策を練らなかった呑気な俺もいたというわけか?
あるいは、ベニーが全部の俺を知ってるわけではないのか。
ひぃー、頭から煙が出そうだ。
『こういう言い方は変かもしれないですけど……”最近”はほとんどないですよ』
彼女の言葉は気休めではなく、実際にあった出来事だ。
実に心強い。
どういうことがあって彼女たちがヤツに寝取られたのかを聞く必要はない。
ヤツとは、もうすぐ決着を付ける。
だから、気になったことを聞いた。
「ディオコルトに対策できなかった俺は、聖鍵から情報を得ていなかったのか?」
『多分、なかったんじゃないですかね』
「多分って、全部見てきたんじゃないのか?」
『私達も全部の世界を同時に観測してるわけじゃなくて、便宜上順番で巡っていたり、遡ったりしているんです。だから、記憶と認識にも若干ズレがあるのです。
例えば、今現在陛下が出会っている私は、便宜上幾度かの繰り返しを経た私なわけですが、それが本当の意味で最新の私とは限らないんです』
「ごめん、全然わからない」
最初に言っておく。
この話は面倒臭い。次の会話まで、飛ばしてくれて構わない。
彼女の説明を要約すると、こうだ。
A世界=ディオコルトに敗北する世界。
B世界=俺が聖鍵にディオコルトのデータを残す世界。
C世界=ベニーが電子生命体になった世界。
D世界=ベニーが介入を開始した以後の世界。
これらが別々にあるとすると、順番はA、B、C、Dとなる。
この場合、聖鍵のデータが効果を表すのはC世界から。
A世界には俺に出会ったりするなどの介入はできないものの、観測が可能。
どういう流れでディオコルトにやられたのかという情報を得る。
これらの情報はC世界以後、生かされることになる。
だが、ベニーはB世界については、まだ観測できていないというのだ。
ループ以前についての可能性についても観測可能であるが、まだ『順番の来ていない過去』であるB世界については知らないので、今出会っているベニーが最新ではない。
そういう意味になるらしい。
つまり、彼らに俺たち視点での現在、過去、未来の概念はない。
俺にわかる尺度で測るなら……介入できるのが現在、観測のみできるループ前(A)世界が過去、観測できないループ前(B)世界が未来と言える。
はい。
クソ面倒くさい話、終わり。
忘れていいと思われる。
つまるところ、彼女の発言の矛盾を追求したところで、何の意味もないというだけのことだ。
『例えば私は聖鍵からディオコルトに関する情報が得られるということについて詳しく存じ上げませんが……情報を得ていない陛下がディオコルトによって何度かしてやられているということも知っているわけです。陛下の視点だと矛盾するわけですけど、私達からすればごく自然なことなんです』
「私達?」
『私のように情報電子生命体になった陛下ですよ! さっき言った教団を作った陛下です』
「あー、なるほど」
『むしろ、私はアイオン後発組なんです。ディオコルトに負けまくるNTRハーレムルートとか私、記録でしか知りませんもん』
彼女は、開祖(アイオンの俺)が介入し始めた後から合流したクチらしい。
それならベニーが聖鍵で情報を得られることを詳しく知らないことも、矛盾しないのか。
いや、俺から見ると変な話ではあるんだけど。
というか、聖鍵に怨念残したの絶対そのヤバイルートの俺だろ。
開祖なら、詳しく知っているかもしれない。
『ああ、そうそう。聖鍵陛下はビジョンで悪い出来事を回避できますけど。ただ、それも時間が経てば経つほどなくなってきます』
「そりゃまあ、そうだろうな」
『ちなみにそういう場合、私にできるアドバイスも少なくなりますね~……むしろ私達の目的は、そういう未来のデータを収集することなんですけどね』
始まりが同じでも、時間が経過していけば違う未来へと繋がっていく。
いわゆる俺が通っているのが聖鍵王国建国ルートとすれば、他のルートに入った時に経験した出来事をビジョンとして見ることはないということだ。
ベニーが見たいのは、攻略したことのないルートや、入ってはいけない未知の危険なルートの探索。そして、攻略に失敗したルートへの再挑戦などらしい。
例えばシーリアを守るために決意したのが聖鍵王国建国ルートなので、ビジョン取得以降は、ほぼ確実に通るであろう規定ルートだと予想できる。
不倫ルートでリオミ堕ちとか、シーリア見捨てて闇堕ちルートとかあったからこそ、あのビジョンが見えたわけだしな。
ベニーが「面白かったです!」というルートの中には、ディーラちゃんを見逃すことに怒ったアラムに気づかず、ばっさり斬られてデッドエンドというのがあるらしい。
いや、ぜんぜん笑えないから! あのときビンビンに嫌な予感がして、マインドリサーチ使ったから!
まあ、あれもビジョンの一種だったということだな。それほど、はっきりしたものではなかったけど。
やはり、覚醒段階とかあるんだろうかね。
さて……ややこしいから、この辺はもうスルーでいいか。
俺がIFを観測できるわけじゃないんだし、何より考えたらキリがない。
「答えたくなかったら答えなくていいけど、ベネディクトは大丈夫だったんだね?」
『肯定です。人間だった頃に、ディオコルトに会ったことはないです』
俺も基本的に聖鍵で事前にヤツの能力を知っていたおかげで、ディオコルトと相対することがわかったときは女性を撤退させるつもりでいる。
聖鍵に入力された情報はどちらかというと、親切心というより執念を感じる。
よほど散々だったんだろうな……。
「じゃあ、この間もした質問を全部もう一度。俺がディオコルトに仕掛ける作戦、ずばり失敗したことはあった?」
『肯定です。失敗というより、ディオコルトが尻尾を巻いて逃げてもう現れないんですが』
話を聞くと、ヤツにどれだけ屈辱を与えたかによって変わってくるみたいだ。
今回はシーリアが金的をやっているので、間違いなく現れるだろうとのこと。
「ディオコルトがまだ一度も俺に見せていない能力はある?」
『肯定です。ですが、この世界でも使えるかどうかは未確認です』
「ディオコルトにできるのは魅了だけ?」
『否定です。彼にはあと2つ、隠された能力があります』
「ディオコルトが過去にその能力を使った相手が、誰かいるんだよね?」
『肯定です』
「その相手のなかにライネル・バンシアはいる?」
『肯定です』
「その能力ってひょっとして……」
俺は、自分の考えを彼女に告げる。
そして彼女の答えは……。
『肯定です。この時点では、絶対知らないはずなのに、聖鍵陛下はいつも御存知ですね』
「……ありがと、ベニー」
『ありがとうございます! 大丈夫。聖鍵陛下はディオコルトなんかに、負けたりしませんよ!』
ディオコルトの隠された能力。
聖鍵の情報には入力されていなかった。
おそらく、そこまで辿り着けなかった俺が残してくれたのが、この聖鍵のデータなんだ……。
こいつは上書きも追加もできない……どちらかというと、魔法的、呪いにも近いモノ。
それでも、俺はヤツの秘密を暴いた。
他の並行世界とか正直よくわからんのだけど。
任せろ、どこかの俺。
お前の想いは、俺の想いだ。
そんなこんなで。
今日、メリーナ王女と式を挙げて、そのまま新婚初夜に突入する。
「さあ、ラストバトルだ」
俺は中枢区の台座に聖鍵を挿しこんだ。
「ようこそ、メリーナ王女。聖鍵領へ」
「……不束者ですが、改めてよろしくお願いいたします」
メリーナとの式をフォスで終えた後の初夜。
俺は彼女を連れて、後宮へ戻ってきていた。
「その……優しくして、ください」
「もちろん」
今、後宮にいるのはメイドや近衛騎士のライネルを除けば、俺と彼女だけ。
チグリのときは耳と尻尾、ヒルデのときは普通に雑談、ベニーのときは情報収集に費やしたため、実はちゃんとした側室との初夜は今夜が初めてだったりする。
なんか不倫してるみたいでドキドキする。
さて、ディオコルトは仕掛けてくるだろうか。
何も今夜仕掛けてくるとは限らない。
メリーナが後宮で暮らすようになってから、時間をかけた策を練っているかもしれない。
だが、リオミやシーリアのいないメリーナとの初夜は、ヤツが俺に最も近づける唯一とも言っていいタイミングとなる。
罠とわかっていても、今しかないなら来るはずだ。
そんなことを考えていると、既にメリーナはシャワーを浴び終えていた。
目の前で、薄衣一枚。嫌でも目を奪われる。
彼女の肌は明かりのない闇の中でも白く美しい。
「陛下……っ、そんなに、見つめないでください」
彼女の恥じらいは乙女特有のもので、夜の営みに慣れている女性のものでは断じてない。
肌がにわかに熱を帯び、赤く染まっていく。
「キミが美しいのがいけないのだよ」
「そ、そんな……っ、んんっ……」
唇を奪う。
ロマンチックなキスではなく、官能を引き出すような接吻。
離れると、口から唾液が糸を引いていた。
「ん……陛下ぁ……」
メリーナは今の口吻だけで、理性が飛んでいた。
俺を見つめかえす瞳は潤み、頬は紅に色づいて。
さらなる寵愛を欲した彼女は、俺の背中に両腕を回して抱きついてきた。
そのまま自分から唇を重ねてきたので、できるだけいやらしく応えた。
……驚くべきことに、彼女は処女だった。
膜の再生ぐらいは魔法で可能だろうが、ヤツがそこまで演出するだろうか。
あるいは彼女の初めて以外を開発したのかもしれない。
メリーナの乱れ具合から、調教があったことは間違いない。
「陛下……」
メリーナは俺の腕に抱かれながら、切なげに囁いてくる。
彼女の目は物足りないと訴えていた。
「大丈夫なのか?」
「……はい。思っていたほど、痛みもありませんでした。だから、もっと……」
「わかった。その前に聞かせてほしい……ディオコルトという男を知らないか?」
「ディオコルト……ですか? 存じ上げません」
マインドリサーチの結果は、彼女が嘘をついていないことを示している。
だが、既に彼女が魅了状態……陽性であることは、わかっている。
確実にディオコルトの支配下にあるのだ。
彼女はひたすら欲望に突き動かされており、少し前のシーリアを思わせた。
俺を疲れさせようという作戦なのだろうか。
だが、俺とて床戦闘は百戦錬磨の古強者。
そう簡単にやられはせん。
やらせはせんぞぉ。
聖鍵王国の栄光、やらせはせん。
俺とて勇者と呼ばれた男、無駄死はしない。
ディオコルト、キミはいいライバルだったが、間男だったのがいけないのだよ。
何っ……メリーナ、俺を踏み台にした!?
クッ……なんてことだ。これは、いいものだ。
だが、経験だけが戦力の決定的差ではないことを教えてやる!
馬鹿な……直撃のはずだ!
まだだ、まだ終わらんよ。
ぬぅ……これが若さか。
ここでやめるか、続けるか。
何、その選択権が俺にはないのか?
うわー、だめだー。
朦朧とする意識の中、俺にのしかかっているメリーナと、その背後で嗤うライネルの姿が見えた。
「聞こえているかい、勇者クン」
「……」
「いや、もう聖鍵陛下クンかな? まあ、どっちでもいいや」
「……」
「その顔じゃあ、もう驚く力も残ってないみたいだねぇ?」
「……」
「彼女、凄いだろ? 僕の最高傑作のひとつでね」
「……」
「ちなみに僕、今はこうしてライネルの体をしているけど、別に変身してるわけじゃあない」
「……」
「僕はダークスと同化しても、自我を失わない秘術を使えるんだ。それによって、瘴気を自在に操れるんだけどさ……」
「……」
「実は僕、魅了以外にもふたつだけ、できることがあってね?」
「……」
「といっても、瘴気本来の特性さ。ひとつは他者を乗っ取れるんだ。そいつが人間であっても、活性化させないから壊さずスマートに使える」
ライネルの穴という穴から、漆黒の霧が出てきて、一部分だけがディオコルトの頭になった。
「キミはものすごく用心深かったけど、女性ばかりに気を取られて、男の方はそんなにマークしていなかったようだね」
「……」
「いやあ、それでも結構気づかれちゃうかなぁとか思ったんだけどさ」
「……」
「どうせ、ダークスを眠らせることができる僕からすれば、隠れるのは得意中の得意だったし、自信はあったけどね」
「……」
「ライネルが入国できないときは、趣味じゃないけどメリーナの中に入ることも考えてたよ」
「……ディオ、コルト……」
「お、まだ喋れたのかい? 大したものだね……彼女は吸精のエンチャント装備まで腹に仕込んであったのに」
「……何をする、つもりだ……」
「フフ……実はね、キミと出会ってからずっと欲しかったものがあるんだよ」
「……リオミ……か……?」
「いいや?」
「シーリアか……?」
「そうじゃない」
「じゃあ、なんだ……」
ディオコルトは愉悦に唇を釣り上げた。
「聖鍵さ」
……そう。
ヤツの目的は、俺の聖鍵。
初めて出会ったあとから、ヤツはずっと俺の聖鍵を欲しがっていたんだ。
「僕は、すべての女を手に入れられる。でも、コソコソやらなきゃいけないし、戦うような力はなーんにもないんだ。だけど、その聖鍵さえあればさ……僕は、神になれる」
「……お前には、使えない……」
「ふーん、なんで?」
「聖鍵は、俺にしか、使えないようになってる……」
「そうらしいね。でも、僕には関係ない」
「どういうことだ……!?」
「言っただろう? 僕は他人を乗っ取れる」
「まさか、貴様……!」
ライネルの体から真っ黒い煙のようなものがブシューっと吹き出して、俺の中に侵入してきた。
痛みはなく、むしろ脳内麻薬が分泌されて快感ですらあった。
肉体が自分のものではなくなっていく感覚は、一種の幻覚作用を伴って、俺を苛んだ。
「……いただくよ、キミの体を……!」
「あ、がああ……ッ!!」
…………。
…………。
…………。
……フ、フフフ。
くくく。
あはははははははっ!!
「やったぞ……ついに、やったんだ」
勇者クンの意識は闇に沈んだ。
もう蘇ってくることはない。
僕は近くで呆けているメリーナを抱き寄せて、唇を貪った。
いいね、最高だ、最高の気分だよ!
散々、僕を虚仮にして!
調子に乗って王なんかになりやがった、コイツの体を!
完全に!
奪って!
やったぞ!
アイツはゴーレムか何かの影武者を使っていたようだけど、コレは間違いなく本物の肉体だ。
んー、わかるんだよねぇ、そういうの。
コレは本物のお肉だ。
メリーナの柔らかいここもお肉、ンフフフフ。
いつ揉んでもいい感触だね。
「フフ、誰も気づいてない」
当然だ。
それが僕の最後の能力。
ダークスはいわば、マイナスの魔素。
魔素や瘴気は空気にすごく近い。
その気になれば僕は、誰にも空気としか知覚されないんだ。
さあ、何からしようか?
こいつの大事にしている娘を、全部寝取るところから始めるかな?
今は後宮にはいないみたいだし、この体はメリーナに随分吸われちゃってるみたいだしなぁ。
まあ、お楽しみは後に取っておくとしよう。
僕がすでに勇者クンになっていることは、まだ誰も知らないはずだ。
慌てる必要なんか、ぜーんぜんないね!
アハッ、気分乗ってきた~!
そーら、メリーナちゃん、ぺろぺろ~。
んー、おいしっ。
ああ、そうだ。
一番欲しかったもの、確かめなきゃね!
あいつがやっていたように、頭の中で念じてみる。
うほっ、出てきた出てきた!
何もないところから、聖鍵が出てきた!
間違い、勇者クンが持ってたものだ。
掴んでみる。
おおっ! これは!?
なんだかよくわからない情報がいっぱい流れこんでくるぞ!?
ふむふむ、どうやら聖鍵の力を使うには、中枢区というところに聖鍵を挿ささないといけないみたいだねぇ。
しかも、10分以内にやらないといけない?
そんなに急がないといけないのか。
どうやら、勇者クンが危機に瀕したと判断した場合、聖鍵をロックするための機能みたいだねぇ。
ん、でも、どうやら聖鍵を使えばテレポートができるみたいだ。
中枢区の座標っていうのも、既に理解できてる。
どうやら、一番最初にやることは決まったみたいだねぇ。
フフ。
フフフフ。
やったぞ。
ついにやった!
勇者クンの聖鍵がどういう力を使えるのかは、ずーっと見てきた。
さらに、僕はダークスを扱う秘術まで使えて不死身だ。
これって、最強通り越して無敵だよね?
んはーっ、テンション上がる~ぅ!
こうして、聖鍵を持ったらずっと言いたかったことがあるんだよねぇ。
ずっと、頭から離れなくって、絶対言おうと思ってたことがあるんだ。
んー、まだ我慢しとく? 後の楽しみにしとく?
いいや限界だ、言うね!
「ねんがんの聖鍵を手に入れたぞ!」
ころしてでも(ry
この回のループ論については、現在の設定です。
後ほど加筆修正などされる可能性があります。




