Vol.30
ループ要素があったことは、よく考えてみれば驚くに値しない。
何しろ、別次元やら並行宇宙やらも兵器化してしまっている超宇宙文明の力なら、ループを作り出すことぐらい朝飯前だからだ。
人型ロボットのグラナドも、因果律を操作する力がある。ひょっとすると、コイツを使ってループを作ってるのかもしれん。
正確にはループとは違うか? 俺は記憶を引き継いで強くてニューゲームしているわけではないし。
記憶のリレーをしているような感じだな。
どうして俺がそんなことをしてるのか、正直わからない。
俺の意志でやってるんじゃないかもしれない。
それはともかく、ジャ・アークに利用された枢姫派は立場を失った。
だが、ピースフィアは彼らがあくまで騙されていただけだと発表。融和の用意があることを示した。
これにより、ピースフィアに怯えたり不安を持っていた人々も恭順。
聖鍵王国の慈悲に、皆が感動した。まあ、そうなるように演出した。
クラリッサ王国を巡るジャ・アークとの死闘は終わった。
フェイティス的にはきっと、始まったばかりに違いない。
俺は後宮の自室で、そのフェイティスにマッサージをしてもらっていた。
「ご主人様、この度は災難でしたね」
「うーん……まあ、結果としてうまくいったなら、いいけどさぁ。今度から種明かしまで含めて、あらかじめ教えてくれよ」
「それでは、わたくしの楽しみが減ってしまいます……」
「こらこら、胸が当たってる!」
「あてているのです」
最近わかったが、これがフェイティス流の「ご主人様への甘え方」なのだ。
俺を舐めてるからとかではなく、むしろ叱られたり褒められたりのバランスを、自分で調整しているらしい。
これはきっと、誰にも真似できない。
「ともあれ、”聖鍵の奇跡”で蘇ったユリウス王が玉座に戻り、聖鍵派によって教団本部が建て直されます。今回の成果でもって、ご主人様が教団本部から本派初代教皇として任命されることになりますね」
「俺、あとどのぐらい役職兼任することになるんだろう……あ、そこ気持ちいい」
バルバロッサやウェンターは今回の責任を取って、収容所送りとなった。
ウェンターはともかく、バルバロッサは今回で相当懲りたらしく、本気で反省しているようだった。
恩赦発動で、クラリッサのために働く人材として戻ってくるかもしれない。
「俺が聖鍵派の所属で、聖鍵王国の国王で、さらに本派の最高権力者になると……」
「はい。事実上、アースフィアでアキヒコ様に逆らえる人間は存在しなくなります」
ついに、ここまで来てしまった。
宗教権力と政治権力の組み合わせは、古来から最強の支配コンボである。
独裁者アキヒコ=ミヨシ=ピースフィアの誕生だ。
「さすがに最初から本派のトップになったとすると、相当な反発があったでしょうが……枢姫派とジャ・アークを掃除した今なら、誰も文句は言わないでしょう」
「結局、フェイティスの計画通りかぁ……あー、そこそこ」
「そんなこと、おっしゃらないでください。ちゃんとジャ・アークを表に出したのには、理由があるんですから」
「なんとなくわかるけど……一応聞かせて」
「アースフィア共通の敵をすべての人に認識させること、です」
「……だろうと思った」
地球のエンタメ作品でも王道の手法だ。
宇宙人やら地底人やら異世界人やらの侵略に対して、これまで争い合っていた人類がひとつになる。
これまでは魔王がいたが、俺が打倒した。その代わりがジャ・アークという架空の悪役というわけだ。
フェイティスにはまだダークスの話をしてないが、宇宙からやってくる邪悪な敵というのは当たらずも遠からずと言ったところではなかろうか。
ダークスをジャ・アークに見立てれば、あながち間違った世論誘導とも言い切れない。
「魔王がいた時代は少なくとも人間同士の争いは都市国家群の小競り合いぐらいだったのですから、アースフィアにはもともと大きな敵が現れたときに団結する土壌があるんですよ」
「だからって、聖鍵王国の真の敵はジャ・アークである……って、俺に演説させることないじゃん」
ちなみに演説したのは俺ではなく、王様コピーボットである。
我様め。
「ひとまず、もうアースフィア西欧に敵はいなくなったも同然なわけだけど……本当にジャ・アークの侵略行為を、今後も演出する必要があるのか?」
「大丈夫です。もうご主人様のお手は煩わせません……脚本も演出も監督も、わたくしがやります!」
だめだこいつ、早く何とかしないと……。
「ところで、ベネディクト枢姫のことですが……」
「ああ……」
あんまり気は乗らなかったが、放っておくのは可哀想だったので……彼女のことは聖鍵でサルベージ、しかる後に彼女のイメージ映像に似せて作ったアンドロイドに入力してあげた。
ループの話もフェイティスにしたのだが……彼女もよくわかっていない様子だった。
大丈夫、俺もわからん。
というか、そもそもクラリッサはどうやって、あの状態のベネディクトを側室として送るつもりっだったんだろう?
「あの方については、三号側室ということで手を打ちます。クラリッサ王国が教団最高の権威ではなくなり、ご主人様が教皇になっているわけですので……内外にも問題はありません。このあたりまでは、予定通りだったのですが……」
「ベニーをどう扱うかで悩んでいると見た」
「……はい。まさか、あのような方だとは」
彼女の権限は最初からAAランクだった。
これは中枢区にも行けるレベルである。
俺の方から権限の変更もできない。
聖鍵を使えば変更できるだろうが……彼女は自力でハッキングできるらしく、すぐに書き換えられてしまう。
そして、中枢区からはルナベースに接続することが可能であり……彼女は時空オンラインの先に旅立ってしまうこともできるのだ。
現に今も後宮にはいない。今頃も、どこかで覗き見をしているのだろう。
「彼女自身は俺を助けてくれる存在だから、まあ……放っておいてあげてくれ。呼べば顔を出すみたいだし」
『はーい、聖鍵陛下の愛をキャッチ! ジャジャジャジャーン!』
「……ほらな」
勝手に俺のスマホに自分を映し出すベネディクトことベニー。
「ベネディクト様、どうかいきなり出現するのはおやめください」
『ぶー、フェイティスは相変わらず硬いよ~』
「そう言われましても、わたくしはベネディクト様とは、まだそれほどの見識が……」
『だいじょーぶだいじょーぶ、すーぐ慣れるって~。んじゃ、またね~!』
再び彼女は電子の海へとダイブしていった。
いやー、ネットは広大だわー。
「なんというか……あの方には、調子を狂わされます」
「気持ちはわかる……あ、そこらめぇっ」
多分、他の並行世界でもこんな感じなんだろう。
深く考えては負けだ。
この手のネタを考察し過ぎて、肝心の自分がおろそかになっては元も子もない。
「さて……だいぶ片付いたけど、残る問題は……ディオコルトと、ゴーディス地下帝国だな」
「……ご主人様の策、うまくいくといいのですが」
「きっと大丈夫」
もはや、ヤツとの勝負は勝ちがほとんど決まった。
前ほどの殺意を感じない。
終わったヤツのことを、いつまでも考えるつもりもない。
俺が今、もっとも関心があるのは……今言った2つとは、もっと別の……そして、大切なことだ。
「ご主人様……そろそろ、いいですか」
「……あたってるんだけど」
「マッサージのご褒美が欲しいです」
「ああ、もうわかったよ」
せっかくの疲労回復なのに、結局疲労してどうするんだ。
クラリッサの一悶着から、1ヶ月が経過した。
状況を整理しよう。
まず、俺は実質的にアースフィア西欧地方を手中に収めた。
クラリッサは正式にピースフィアの傘下に入り、大公国となり。
アズーナン王国のメリーナ王女を側室として迎え入れることも決定した。
カドニア大公国の復興は順調で、失業率はだいぶ下がった。まだまだだけど。
ロードニア大公国は、王国時代から一番ピースフィアに友好的だ。リオミの故郷だし、俺もついつい贔屓にしてしまう。やっぱり姻戚関係は強い。
グラーデンは一部貴族が枢姫派に参加していたが、王はうまいこと責任を逃れた。あれ、王の名前なんだっけ。忘れた。
エーデルベルト王国は枢姫派に賛同しなかったため、自治を保つことに成功した。
軍部タカ派は教団本部を破壊したジャ・アークを撃退したピースフィアに一目置くようになり、これまでのような態度はなりを潜めた。
軍の支持の厚いヒルデを側室に迎える事ができたのも無関係ではない。
国家都市群は相変わらず、小競り合いばかりしている。
背徳都市ヴェニッカも、どれだけ聖鍵騎士団が介入しても、どこから湧いてくるのか後釜の闇組織が現れる。
悪は栄えないが、滅びもしないというわけだ。
王都フォスはなんというかもう、地球で見たことのある大都市のような様相を呈しつつある。
自由都市バッカスとの貿易が特に盛んで、最新の技術もあり、経済的にも豊かといえる。
そういえば、一度来てみてと言われて、バッカスにはまだ顔を出してない。今度トランさんに頼んで連れて行ってもらうことにしよう。
マクロな話は、この辺までで。
次はミクロな話。要するに、俺の人間関係。
第一王妃のリオミとの新婚生活は順調だ。子供ができたことがわかってから、本当に幸せそうで、俺が思わず嫉妬してしまうぐらい。
第二王妃のシーリアは、学院で勉強する時間がさらに多くなった。少しでも俺の役に立ちたいと、努力してくれている。
ディーラちゃんは学院でのたけのこ布教に力を入れているが、きのこに押されつつある。
ザーダスことラディは、そのきのこ勢力を広める工作を行なっている。最近はこれが娯楽らしい。
一号側室のチグリは、タリウスのじっちゃんからセクハラを受けながらも、頑張っている。その上で、ちゃんとゴーディス攻略の作戦を練ったり、兵器開発改良を進めている。
二号側室のヒルデは……なんというか、小遣いばかりせびってくる。今のところ彼女の出番はないし、金と言っても結局エーデルベルトの王族らしく、使う金はそんなに多くないので、好きにさせることにした。
三号側室のベニーは、さっき説明したとおりなので省略。
愛妾となったリプラさんとフラン、そしてヤムエルについて。
まず、リプラさんは案の定、俺との関係を特別望んでいるわけではなかった。あくまでヤムの父親として、認めてくれている。俺への愛情がまったくないというわけでもなくて、その辺はなんとも難しい。
「私の体験に配慮してくださっているのかもしれませんが、大丈夫です。アッキー様の不器用な優しさはよく知っていますから……」
と儚げに呟かれてしまった。その後どうなったのかは、できれば聞かないでほしい。
で、フランだが……あんまりにもアタックが凄まじかったので、俺も堪え切れなかった。感想は……まあ、後日詳しく、夜想曲でも奏でる機会があったらということで。こっちは妹とは別ベクトルにあかん。
ヤムエルは、俺を父親として慕ってくれる。学院に通い、友達と遊んだ帰りは泥だらけになって帰ってくるので、たまに一緒にお風呂に入る。そしていつも、晩御飯は一緒に食べる。この時間が、俺にとって最大の癒しのひとつだ。
聖鍵騎士団は、さらにその活動内容を拡大した。
既にその規模と装備は各王国軍を上回る。何しろ、ジャ・アークに対抗するという大義名分ができたので、実質的には軍隊としての性質も帯びることになったのだ。
強制収容所できちんと改心し、社会復帰の道を選んだ者は、まずここに配属される。
少数精鋭のエリート部隊は少佐が率いることになり、フォーマンには全体を統括してもらっている。
ゴズガルドは、あれから会っていない。ザーダスの話によると、しばらくは冷却期間が必要だろうとのことだ。
ちなみに、巨人族やザーダスの細胞から、ダークスに有効な免疫抗体の類は発見できていない。
だが、ゴズガルドの鎧がダークスを退けているのは確定した。瘴気は極めて魔素に近い性質を持ち、アンチマジックフィールドなどでも、ある程度は抑止できるようだ。ホワイト・レイのほうが効果は抜群だが。
そしてディオコルトは……シーリアに斬られたあの日から、一度も姿を見せていない。
目撃情報もない。
虎視眈々と、機会を待っているに違いない。
もうすぐ、メリーナ王女が聖鍵王国に嫁いでくる。
ヤツとの決着の日は、近い。
「聖鍵陛下ぁ、完成しましたよ!」
が、どうやらチグリの兵器開発終了が先だったようだ。
彼女はいろいろと試行錯誤を繰り返していたようだが、ついに完成か。
「その名も、ドリッパーちゃんカスタムですぅ!」
「結局、アレ使うのかよ!」
思わず素で突っ込んでしまった。
どうやら、哀れ地下帝国の魔物たちはジェノサイドされる運命にあるらしい。
「ちちちちがいますよぅ、あんな血も涙もない狂気の産物と一緒にしないでくださいぃぃっ!!」
「何気に不敬罪だからな!」
ぺしぺしと手刀で犬耳をいじめる。
頭を庇いながら、ふえぇ~とか鳴いてるチグリをよそに、要塞塔司令部のディスプレイに表示された新型兵器とやらを見る。
……うん、ドリッパーのままだよな。ちょっとカラーリングが女の子っぽくなったり、リボンみたいなのがドリルの先についているような気がするが、だからと言ってコレをかわいいと思うヤツはいないだろう。
「聖鍵陛下、お願いですからちゃんと聞いてくださいよぅ……」
「わかったわかった。それで、ドリッパーと何が違うんだ?」
「まずですねぇ、このデザインが……」
「外見はいい。性能の違いが聞きたい」
「あうぅぅ……3週間近くも悩んで考えてたのにぃぃ」
……ひょっとして、1か月以上かかった理由はデザイン……?
別に急ぎじゃないから、いいけどさぁ。
「ううぅ……まずは、ホワイト・レイで魔物を斬るのと、イレイサードリルで地面を掘れる点はまったく同じです。でも、双方に不殺効果を付与したんです」
「……なんだって?」
それは確か、最初に俺がやろうとして挫折した方法だ。
不殺効果とホワイト・レイの両方を完全に融合するのは、ほぼ不可能だったのだ。
「えーと、つまりですねぇ。ソード・オブ・メンタルアタックみたいな不殺特性を、この子に付与してあげたんです」
「そんなことが、可能なのか……? ホワイト・レイに不殺効果の付与なんて……」
「ホワイト・レイ自体に付与はできないんですけど、ドリッパーちゃんを武器に見立ててあげれば可能でした」
「あ」
というか、俺はそこまで言われて気づいた。
とっくの昔に不殺効果のあるホワイト・レイは実装されている。
シーリアの白羅閃光剣。
あれだって闇避けの指輪を改造して、白光属性を剣に付与している。
すっかりディオコルトに屈辱を与える効果だけに目が行っていたが、普通に狙う場所を変えれば魔物を殺さず瘴気だけを削ることができるではないか。
「いろいろ実験しました。マザーシップのホワイト・レイの場合、主砲そのものに付与ができれば、理論上は不殺効果のあるホワイト・レイを発射できるみたいです」
「流石にあのデカさじゃ、魔力が足りないだろ」
「でででですから、あくまで理論上ですぅ! 白光属性と不殺の永続付与二重掛けは難しいですから、どちらかは一時付与にする必要がありますけど……だからドリッパーちゃん自体に、魔法習得オプションをつけてみたんです」
「なっ……!? そんな、できるわけが……」
本来、魔法習得オプションだって使う者に意志がなければ、魔法の発動はできない。
だからこそ、俺はドロイドトルーパーなどに魔法を使わせるのは、完全に諦めていた。
「そこはちょっと、工夫をしました」
「そんじょそこいらの工夫じゃ、どうにもならないはずなのに……うわ、マジなのか」
今回チグリが開発したのは自我の有無に無関係な条件発動、しかも不殺特性の付与のみに特化した魔法習得オプション。
ホワイト・レイやイレイサーを発動するのと同時に、不殺効果がドリッパーそのものに効果を及ぼすという仕組みだ。
間違いなく技術と魔法の革命だ。
アースフィア魔法理論と超宇宙文明の技術、双方に精通できなければ、この魔法習得オプションは作れない。
実は魔法習得オプション、最初からほぼ完璧な性能を誇る代わりに、改造がほとんどできないのだ。
条件発動……考えるだけなら、俺でもできただろうが……実際に理論を組み立てていくとなれば別だ。
超宇宙文明の技術力は、俺の発想をある程度叶えてはくれるが、アースフィアの魔法がそうはいかない。
実際、絶対魔法防御と魔法習得オプションの相性の悪さを克服する方法はなかった。
リオミにも相談したことがあるが、彼女も理論派ではなく、魔法習得オプションの改造は難しそうだった。
開示されたダークスの情報では、アースフィアの魔法による不殺特性と、超宇宙文明のホワイト・レイのコンボなんて、言及すらされていなかった。
完成させるには、実際に方法論を打ち立てて、呪言魔法使いに超宇宙文明の技術を学ばせ、兵器開発に着手するという過程を経なければならない。本来ならもっと長い年月を要しただろう。
チグリはそれを、デザイン込みでたったの1ヶ月でやってしまったのだ。
「このドリッパーちゃんを使えば、殺すことなく、1時間きっかり魔物たちを気絶させられると思います。これを何度か繰り返して、瘴気を削っていってあげれば、おとなしくなるんじゃないでしょうか?」
「……チグリ、お前、本当にすごいよ」
「せせせ聖鍵陛下様!? も、もったいないお言葉ですよ!? わたしなんか……」
「いいか、チグリ。お前が作ったのは、ゴーディス地下帝国を降伏させるなんてレベルには留まらない。アースフィアすべての凶暴な魔物を殺すことなく救えるかもしれない!」
「え……?」
ダークスだけを消去する、自動救済装置。
魔物を殺さず、瘴気だけを除去する究極のクリーン兵器。
チグリが開発したのは、そういうモノだ。
「えっと……あの、その」
チグリは自分の達成した偉業が、よくわかっていないようだ。
まあいい、今すぐに分かる必要もない。
世界の魔物がみんなおとなしくなって、アースフィアからダークスを完全になくすまで……それでもやはり、長い時間がかかるはずだ。
だが、いつかは達成できる。今ではないが、遠くない未来……必ずだ。
「でも、わたし……結局……駄目だったんです」
「チグリ?」
だというのに、チグリはすっかり元気をなくした様子で、耳も尻尾も垂れていた。
「……わたしも、装備しようと思います。魔法習得オプション……」
「…………」
「……才能ないみたいですから。タリウス師匠にも、諦めろと言われました。魔法理論に関してだったら完璧だから、《リードマジック》さえ覚えれられればいいのだけど、素質から見て、その習得さえ無理なんだそうです」
才能がなくとも努力次第で極められる呪言魔法も、《リードマジック》の取得だけは必須。
これが覚えられないともなれば、魔法の道は諦めるしかないだろう。
「こんな装備で、他力本願に魔法を唱えてもらって……本当、無様ですよね、わたしって……」
「そんなことない」
俺は、チグリの両肩に力強く手を置いた。
ビクリと驚いたチグリの耳が立ち上がるが、そんなことは構わずに彼女の目をまっすぐ見つめた。
「俺も最初は、自分なんて聖鍵頼みの情けない男だって、卑下してた。
結局、聖鍵がなくちゃ何もできないんだって。
だけど、違うんだ。いや、そうなんだけど違うんだよ。
俺は聖鍵がなくちゃ何もできないけど、俺がいなきゃ聖鍵もただのガラクタなんだ。
どっちがなくなっても、駄目なんだよ。
使ってやらないと、聖鍵は何もできない。俺だって、聖鍵がなければチグリに尊敬されるような事は何一つ実現できなかった」
「陛下……」
「俺、チグリからすごい大事なこと教わった。
リオミもシーリアも、結局のところ努力と失敗を積み上げた天才なんだ。
俺なんか、本来だったら並び立つことだってできゃしない」
「……」
「でもさ、それが俺なんだ。
残念も残念、チグリにだっていろいろセクハラしちゃったし、失敗だっていろいろする。
天才でもないから、大きく成長することもない。実際、俺は召喚されてからそれほど劇的に進歩してるわけじゃない。
でも、自信はついた。聖鍵を使うことにかけて、そしていろんな人に助けてもらえることにかけては、誰にだって負けない!
……他力本願だろ? いいんだよ、それで。それで、よかったんだ……」
「えっと、どういうことなんでしょうか……」
「ああ、ゴメン。俺も結局脱線してるな。
要するに、チグリは魔法理論とか戦術戦略の分野ですごい能力を発揮できるんだから、そこで頑張ればいいってこと!
改良ドリッパーだって、チグリがいなかったらできなかった。殺戮兵器を誰かを救うモノに変えてしまおうっていう優しい心があったから、チグリにはコレを造ることができたんだよ。
確かにチグリは魔法は全然駄目で、レポートだって自分の興味のある分野に脱線しちゃうし……いろいろ残念だ」
「えぅぅ……」
「でも、それでいいんだ。いいんだよ」
いつかシーリアが言っていた。
道具に使われている間は、そういう風に思うこともあると。
今なら彼女の言っていたことが理解できる。
つまり、道具なんてのは使い手次第だという、当たり前の話。
道具に、どういう意志を介在させるか。
本当にただそれだけの、単純な話だったのだ。
一体、何を悩んでいたのやら。
俺は堂々と、聖鍵の力を自分のものとして使っていれば、それでよかったんだ。
「……聖鍵、陛下。わたしにはまだ、陛下のおっしゃってること、よくわからないんです……」
だろうと思う。
俺も言葉ではなく、心で理解するのに随分と時間がかかった。
「でも……でも。わたし、陛下に会えて……ほんとうに。ほんとうに、良かったです……」
ぽろぽろと、チグリは涙を流した。
メガネが曇ってるので、外してあげる。
彼女の頬を手で拭ってあげながら、頭を撫でた。
チグリの尻尾は喜びに揺れていた。
ああ、このムードなら、俺も……。
「……チグリ。今夜は、尻尾から先に進んでも、いい?」
チグリの目が信じられないものを見たように、俺を見つめてきた。
その意味を解し、顔を真っ赤に染める。
「……嫌?」
俺の不安げな問いに、彼女は……ゆっくりと首を横に振った。
……うん、 ヤムエルの言うとおりだよ。
俺、マジたらしだわ。




