Vol.28
「初めまして、アキヒコ=ミヨシ=ピースフィアだ」
ヒルデガルド=サド=エーデルベルト。
エーデルベルト王国の誇る姫将軍にして、側室候補……だった王妹。
ヒルデは長らく失踪していた。
心配ないと言われていたので、捜索などもさせていなかったのだが。
「よもや、こんな形で会うことになるとは」
「おほほほ、わたくしも驚きましたわ」
「一応、大立ち回りの理由をお聞きしようか」
「何やら怪しい盗賊と思しき連中を成敗した後、見たこともない仕掛けで動くゴーレムが『ウゴクナ』って言ってくるから、ついついむかっときて、やってしまいましたわ~」
「あー……」
気が短いらしい。
ヒルデの外見は、ブロンド縦ドリルロールという、オホホ美女のテンプレのような容姿だった。
美女ではあるが、どちらかというと粗野な感じがする。
宮廷よりも戦場で戦ってきたゆえであろうか。
「陛下はゴーレムの兵士を手足のように操ると伺っていましたので、壊してしまったあとに「もしや!?」と思いましたのよ~? その隙を突かれて、部屋の外にいらっしゃるおふたりにやられてしまいましたわ~」
入り口を護衛している少佐たちは、姿を見せていない。
シーリアと同じように、気配だけでわかるようだ。
あるいは、これがサド氏族の特性なのかもしれない。
「ところで、ここの部屋は……王宮なんですの?」
「いや、ここは王都フォスの宿泊施設。いわば宿屋だよ」
「まあ!」
目をキラキラさせつつ、ヒルデは手を叩いた。
「どう見ても、クラリッサの王族が住まうような部屋ですわ。我が国には、こんな立派な部屋はありませんのよ?
聖鍵陛下は噂通り、お金持ちなのですわね」
「いやぁ……」
実際問題、製造業などが軌道に乗ってきたのと、トランさんの商売のおかげで国庫に余裕がある。
国民に供出するのは金よりも、聖鍵の力で生産した物資の類や雇用そのものなので、元手がほとんどかかっていない。
このホテルも技師を雇って設計させ、あとは要塞や王宮と同じ要領で組み立てたものだ。
「わたくし、兄上に聖鍵陛下との結婚を反対されましたので、こうして出奔して参りましたの。テレポーターの道は検問がありましたし、フォスまで頑張って歩こうと思っていたのですけど。まさか聖鍵陛下に拾ってもらえるなんて……これは運命ですわ!」
「随分と無茶をされる……」
行方不明になった理由が、それかよ。
元々放浪癖があるらしいとは聞いていたが、フリーダム過ぎる。
本気になれば、エーデルベルトを出国するぐらい、どうということはないようだ。
「聖鍵陛下! お願いですわ! わたくしを二号側室にしてくださいまし!」
とんでもないことを言い始めた。
ヒルデは側室候補から外されている。
失踪したから保留になったのではなく、そもそも兄王が反対していたのが真相なのだ。
グラン王がシスコンだからかもしれない。
もしそうだとしても、それだけが理由ではないだろう。
俺が同じ立場なら、この妹を国外に出そうとはすまい。
「それは、すぐに決めるわけには……グラン王にも相談しないと」
「お願いですわ! わたくし、世界で一番お金持ちの殿方に嫁ぐのが夢でしたの!」
「はあああっ!?」
堂々とカネ目当て宣言しおったぞ、この女!
もはや清々しいレベルのカミングアウトだ。
「お金さえ頂ければ、ご寵愛を賜れなくても構いませんわ。もちろん、お望みでしたら夜の方も頑張りますわ!」
何やらガッツポーズしているヒルデに断って、シーリアに耳打ちする。
「……シーリア、彼女昔からこうなのか?」
「ああ。何しろ、国が貧乏だから……金にはうるさい。ちなみにグラン王は倹約家、ヒルデは守銭奴だ」
「聞こえてますわよ!」
ヒルデがプンスカ腰に手を当てて怒っている。
コロコロ表情が変わって、面白い子ではあるが……。
「えー……俺が金持ちだから結婚したいと?」
「そうですわ!」
「俺がすべてを失って、スカンピンになったら?」
「国に帰りますわ!」
「そ、そうか……」
わっかりやすー……。
ああ、でも金の切れ目が縁の切れ目になる側室なら、俺も変に気を遣わなくて済むなあ。
子供が欲しいとかではなく、金持ちと結婚したいってだけなら。
「わかった、グラン王にはよく言っておく」
「ありがとうございますですわ! 聖鍵陛下、愛してますわー!」
聖鍵陛下のお金を愛していますわ、だろうな。
うん、聖鍵ある限り彼女に不自由をさせることはないだろうし。
まあいいか。
こうしてヒルデガルドは、俺の二号側室となった。
ちなみにグラン王は諦めムードだった。
「あいつは人の話を聞かないからな……」
だ、そうだ。
さて。いよいよ、二号側室がヒルデに決まってしまうと、枢姫派の方向性か決定的になった。
彼らはいよいよ聖鍵派やピースフィアを悪しざまに言うことを、隠そうとしなくなった。
もはや、ベネディクト枢姫が側室として俺のところに送り込まれることはないだろう。
バルバロッサ枢機卿に打てる手は一気に減ってしまった。
「で、どうするんだフェイティス? 下手すると、マジでクーデターが起きるぞ」
密談室で、フェイティスに詰問した。
俺はヒルデの二号側室の発表は遅らせたほうがいいと言ったのだが、フェイティスは「とんでもありません」と、ヒルデとの結婚の話を速攻で公開してしまったのだ。
「よろしいではありませんか。バルバロッサ枢機卿のクーデター、成功させてしまいましょう」
「……は?」
フェイティスは俺の反応に、むしろ意外そうに人差し指を頬に当てた。
微妙にかわいらしい仕草でドキっとしてしまった。
そんな自分に腹が立つ。
「ご主人様も、だいぶわたくしのやり方がわかってきたかと思っておりましたが……まだまだでしたね」
フェイティスが実に愉しそうに笑っている。
前は怖いなぁって思ってたけど、今は不思議な幸福感すら感じる。
Mへの目覚めかもしれない。
「はぁ……どうしてこんなことに」
「もちろん、ご主人様がわたくしにすべてを任せるとおっしゃってくださったからです」
「俺はフェイティスの手腕は信じてるけどさ……やっぱり不安だよ。どうしてわざわざ、ここまで事態を悪化させるんだ?」
クラリッサ王国でクーデターが発生する。
つまり、王弟バルバロッサが兄王ユリウスを廃し、枢姫派の政権を樹立させてしまうということだ。
これを看過するとなれば、多くの血が流れるのは必定だ。
今まで俺の意を汲んできたフェイティスが、ここに来て馬脚を現したのだろうか。
「バルバロッサ枢機卿は、もはや後戻りができない程に追い詰められています。
枢姫派から脱却しようとすれば自身は失脚し、影響力は地に落ちますますからね。
さりとて枢姫派の声を抑え続けるのは、不可能です。バルバロッサに残された道は、王位簒奪です」
「だから、やっぱりクーデターじゃないか!」
「自国内だけでの影響力を考えるなら、ユリウス王に王位を明け渡させることも不可能ではありませんでしたが、枢姫派には各国からの”同志”が集結してしまいました。もはや、事態はクラリッサ王国内だけで解決することはできないのです」
「そんなのはわかってるよ。だからって、ここまでやってしまったら死人だって……」
「いいえ、ご主人様。クーデターは無血で終わります」
「は?」
「何故なら……」
数日後のこと。
デーデーデーデッデデーデッデデー♪
デーデーデーデッデデーデッデデー♪
帝国軍っぽいのマーチが聞こえる。
いや、実際流れているのだ。
クラリッサ王宮は闇に包まれていた。
上空に君臨する、全長1kmの空中戦艦……リーズィッヒ・イェーガーが完全に太陽を覆い隠している。
もっとも、本来のデザインからはかけ離れている。
超宇宙大銀河帝国ジャ・アーク仕様の漆黒カラーになってしまった。
いやさ、出番かもしれないとは思ったけど……。
やっぱり、フラグだったんや……。
どうしてこうなった。
私……ダーク・ミヨシンは、謁見の間である男の到着を待っていた。
その男は最初に会ったときとは打ってかわって、おそるおそるといった風情で現れた。
『アルケ。ダーク・ミヨシン卿ガ、オマチダ』
「う、うむ……」
背後から帝国軍トルーパーが男を急かした。
私の姿を認めた彼に向かって、私は現状を報告する。
『クラリッサ王宮の制圧は終わったぞ、バルバロッサ枢機卿』
「あ、ああ……とてつもない戦力なのだな、ダーク・ミヨシン卿」
『しかも脳派コントロールできる』
「え……?」
『気にするな』
「さ、左様で。ところで、兄王は?」
『処刑した。元々それが、我々のやり方なのでな』
帝国仕様トルーパーが、ユリウス王の首を運んでくる。
もちろん、ユリウスによく似せたアンドロイドの首級だ。本物は、アンダーソン君に保護されている。
だが、バルバロッサにそれがわかるはずもない。兄の無残な死体を目の当たりにして、酷く青ざめていた。
『約束通り、お前をアースフィア総督として任命してやろう……』
「あ、ありがたき幸せ……」
『聖鍵派の勇者や聖鍵王国は、ゴクアック皇帝にとっては邪魔でしかない。そして、お前にとっても敵だ。ならば、我々は手を組める……』
「さ、左様でございます。約束通り、枢姫派の名で王宮を占領した暁には……聖鍵王国を滅ぼしてくださるのですな?」
『任せよ。我が軍の旗艦を見たであろう。どのような敵であろうと紙屑同然。……無論、お前たちもな。裏切ろうなどとは思わぬことだ』
「は、ははぁ……!」
バルバロッサに取引を持ちかけたときは、ヤツも是程へりくだっていなかった。
だが、ヤツの言質を取って王宮制圧 (のフリ)をしたところ、態度がコロリと変わっていた。
『忘れるな。枢姫派を名乗る者はすべて、ここに集めるのだ。さもなくば我らに逆らったとみなして、皆殺しにする』
「か、かしこまりました……!」
バルバロッサ枢機卿も気の毒だ。
こうして会ってみると、案外気弱な男ではないか。
……だが、ここから彼を更に追い詰めなければならない。
『だがまずは、聖剣教団とやらの支部をすべて破壊する!』
「え……?」
バルバロッサが絶句する。
『あそこは聖鍵派の拠点ともなっている。そして、我が帝国が信奉するのは超銀河大邪神ク・ト・スターのみ! 他の宗教はすべて弾圧する!』
「そ、そんな殺生な! 聞いておりませぬ! 我が国は聖剣教団への信仰で成り立っております! それが改宗など!!」
『ええい、問答無用! 貴様はそこの玉座に座っていればいい!』
サイコキネシスで首を絞めて黙らせた後、私はヤツの耳元に囁いてやった。
『安心せよ、ベネディクト枢姫とやらはゴクアック皇帝の寵愛の下、ク・ト・スター様の巫女として扱ってやる。晴れて枢姫派は、ク・ト・スター様の傘下となるわけだ。フハハハ』
恐怖に引きつったバルバロッサに満足気に頷くと、私は王宮を去った。
外に出るときに、マスクを通して浄化された酸素を吸い込む。
空気の味が明らかに変わった。
王宮を振り返る。外の方が慣れ親しんだアースフィアの魔素で、中が違ったようだ。
『気のせいか……王宮の中の魔素がやけに活性化していたようだが……?』
今は、そんなことを気にしても仕方がない。
リーズィッヒ・イェーガーのブリッジへと入る。
『よし、手筈どおりやれ!』
『リョウカイ、リョウカイ』
リーズィッヒ・イェーガーはクラリッサ王宮近くに建設された教団本部に、無慈悲なミサイル攻撃を加えた。
あらかじめヒュプノウェーブブラスターで強制避難は完了している。
絢爛な装飾を施された教団本部は、跡形もなく消し飛んだ。
信心深い人々が嘆き、悲しんだ。
胸が痛むが、芝居は最後までやり遂げねばならない。
『聞くがいい、アースフィアの民よ。我々は超宇宙大銀河帝国ジャ・アーク!
そして私は、宇宙で最も偉大な皇帝ゴクアック陛下の忠実なる下僕……ダーク・ミヨシン卿である。
この度、クラリッサ王国は我らの軍門に下った!
既に、我らと同盟を組んだ枢姫派によって王宮は完全に制圧した。もはや、お前達には服従の道しかない!
逆らう者はアースフィアから遠い星にて銀河奴隷として一生こき使い、美しい女は奴隷として皇帝の後宮でその身を散らすのだ。
我らの力は見ての通り。お前たちが信仰する聖剣教団とやらも、我らの敵ではないのだ!』
アースフィア上空に、教団本部が破壊される映像が映しだされ……さらに、帝国仕様ドロイドトルーパーによってアンダーソン君がやられていく映像が映しだされた。
もちろん合成だが、教団本部は本当に破壊されたので説得力があるモノに仕上がっている。
『お前たちがこれから崇めるのは、断じて聖剣教団などではない。超銀河大邪神ク・ト・スター様だ! 本派も聖鍵派も枢姫派も関係ない! お前たちは我々に従うしか無い。
抵抗は無意味だ!
これより、クラリッサ王国の教団支部をすべて同じように破壊していく。死にたくないものは、教団支部から離れていることだな。フハハハハハハハ!!』
こうして、恐怖の超巨大空中戦艦によるアースフィア侵攻が開始された。
もう一度言う。
どうしてこうなった。




