Vol.27
「アキヒコ様、お疲れ様でした」
「うん、ありがと」
会議の足で、俺達はフォスの学院にやってきていた。
昼ごろは自然と、ここに集まるようになっている。
「むむむ……きのこ勢力がこんなに増えるなんて」
「ククク……余に勝てると思ったか」
向こう側で額をつっつき合わせているのは、ザーダスとディーラだ。
あの後、ザーダスはラディとして聖鍵学院に入学させた。
魔素アレルギー云々の話もリオミとシーリアは忘れてしまったため、ディーラちゃんやフェイティスと口裏を合わせた。
状況も変わったこともあってザーダスを入学させたのだ。
「で……どうして、お前がここにいるんだ?」
「ひっどい! どうしていつも自分にだけ、そんなに冷たいのさ!?」
膨れてるのは、保母さんのバイトをやりつつ聖鍵学院に入学したフランだ。
割と真面目に教師を目指すために、自力で頑張ったらしい。
「お父さん、叔母さんにひどいよ!」
「ぐはっ!?」
「ひぎぃ!?」
ヤムエルの精神攻撃は、俺だけではなくフランまでも蝕んだ。
もちろん彼女に一切の悪意はない。
「ヤムちゃ~ん? 自分のことはお姉さんと呼んで欲しいな~」
「でも、お母さんが叔母さんだよって……」
「おのれ、リプラァ……!」
なんか新たな姉妹喧嘩が始まりそうな勢いだ。
正直、フェイティスが彼女たちの出自を明かしたって聞いた時はどうなるかと思ったけど、仲良くやっているようだ。
むしろ、フランは前に比べるとかなり明るくなったように思える。
ずっと孤独だったから、家族は嬉しいだろうなぁ。
「あんな馬鹿妹は放っておいて、自分とも愛の結晶作ろうよぅ☆」
「お前、よりによって聖なる学び舎で、しかもヤムの目の前でなんてことを……!」
前言撤回!
結局、この女は俺目当てだ……!
「愛のけっしょうってなーに?」
「へっへっへ、ヤムに弟か妹ができるんだよ~? まあ、母親は自分だけど」
「ホントに!? ほしい!」
「やめんかぁ!」
リプラさんは、ヤムの情操教育上、フランがよろしくないことをわからないのだろうか。
いや、それ以前にひょっとしてフラン、子供相手にいつもこんなことをしてるんじゃなかろうな……。
ググって……いや、やめておこう。俺だって知りたくないことぐらい……ある……。
「……フラン様は相変わらずですね」
「まったく、妻の目の前で夫を誘惑するとは、よくやる」
「いやいやいや、おふたりには敵いませんよ~! あ、これつまらないものですが」
「きのこですか! いい心がけです!」
「ふむ……仲良くしようじゃないか」
「へへぇ~……。ウェッヘヘヘ、ラディちゃ~ん。言われたとおりにやったら効果覿面だったよ」
「ククク、そうであろう」
「うぅぅ~、またきのこ派がぁ……ヤムタンは、あたしを裏切らないでね!」
「うん!」
「おお~、心の友よ~」
「でも、ヤムタンって呼ぶのはもう禁止だってお父さんが言ってた」
「じゃあ、ヤムちゃんね!」
カオスになってきた。
女子勢はいつもこんな感じだ。
「あのぉ~、聖鍵陛下?」
「アキヒコでいいよ」
「そんなぁ、恐れ多いです!」
ただひとり、女子会の輪から取り残されてしまった一号側室さんであった。
「いやぁ、すまんね。いろいろ黙ってて」
「そんな……まさか、縁談のお相手が聖鍵陛下だったなんて思いもしませんでした」
あの後、チグリにも正式な縁談相手が俺だと知らせた。
チグリは、この話をすぐにOKしてくれたらしい。
やっぱり、あのときのフラグは折り損ねていたようだ。
「知ってたら、あんなに落ち込まなくもよかったです」
「……うーん、やっぱりその。聖鍵王国の国王って、魅力的?」
「本来王族でもない私みたいな人間からしたら、雲の上のお方ですよぅ!?」
やっぱり、そういうもんなのかね。
最近ようやく自分の付加価値のようなものを自覚できるようになってきたが。
「やっぱり玉の輿ってことかぁ」
「それはもう! あ、すいません! もちろん、それだけじゃないですよぅ……」
「あ、いいからいいから。全然気にしてないから」
「あうぅ……」
ちなみに、結婚はしたけどまだチグリとは関係を持ってない。
新婚初夜も一緒に寝たけど、耳と尻尾にしか触れてない。
チグリも求めてきたりはしなかったし、多分これでいいんだと思う。
「きっと、女性としての魅力がないんですよね……」
「ん、何か言った?」
「いいえぇ!? なんでもないです!」
チグリの耳がぺったんと倒れている。
何か嫌なことでもあったんだろうか。
「アキヒコが、またチグリを虐めている!」
「アキヒコ様! ちゃんとチグリさんに優しくしてあげてください!」
「えぅ!? い、いいんです~~!」
王妃組が荒ぶっているのを、チグリが必死で抑えている。
ふーむ、どうやら愛玩動物的なかわいらしさを持つチグリを、ふたりは気に入ったようだ。
うんうん、仲良きことは良きことなり。
「……鈍感を装うのも、大概にせいよ」
「むっ……」
ザーダスめ、余計なことを言いおって。
演技していることを思い出してしまったじゃないか。
「俺なりに対処して、自分の居場所を守ってるんだよ。何が悪い」
「いいや、悪くなどない。お前は王なのだからな」
「ふん……」
なんだかんだで、彼女には王たるものとしての在り方を見せてもらった。
感謝しているのだが、ついザーダスにはつれない態度を取ってしまう。
「ククク……」
すべてお見通しとばかりに嗤うザーダスにも、すっかり慣れてしまった。
彼女が本当の意味で敵ではないということを、情報開示で知ったからかもしれない。
学院を出た後、予定どおりフォスの聖鍵騎士団本部へと向かう。
教団支部のテレポーターからパスを通すことで行くことができる地下施設に、騎士団本部はある。
「やはり聖鍵はなしか」
「最近は使ってないだろ?」
「そうだな、最近は歩くことのほうが多いか」
シーリアと世間話をかわしつつ、俺は本部の受付を通ってフォーマンの待つ会議室へと入った。
「お待ちしていました、聖鍵陛下」
「フォーマン、今の団員はこれで全員か?」
「はい、いいえ。申し訳ありませんが、何人かが内偵中で、今集められるのはこれで全員です」
「ふむ……」
初めて見る顔もいるが、やはり一見して個性的な連中だ。
聖鍵騎士団という名前ではあるものの、騎士らしい格好をしているのはフォーマンぐらい。
他の連中は、そこいらのチンピラや冒険者と大差ない。
腰にフォースブラスターを挿している点が共通しているが。
その中でも、ふてぶてしい顔で俺を見ていた女に手を挙げた。
「久しぶりだな、少佐」
「ショウサはよしてよ、陛下」
聖鍵王である俺に大した敬意も払わず肩をすくめる。
いいのだ。彼女には、それを許している。
一言で言い表すなら、いい女だ。
ショートボブの癖っ毛のある金髪に、端正な顔立ち。
SSランク冒険者として身を立てた女性で、コードネームはソリッド・ステイト。
もちろん、俺がつけた。
本名は、ヘレナ・ルクセインとかいう名前だったはずだ。
「そろそろショウサってどういう意味なのか、教えてくれないかしら?」
「キミにそっくりな女性が、そう呼ばれてたのを見たことがあるのさ」
実際それほど似ているというわけではないけど、醸し出す雰囲気は某作品のキャラクターそっくりだ。
なので俺は彼女を少佐と呼んでいる。
「あら。昔の女と重ねあわせてるってワケ? 失礼しちゃうわね」
「俺にとっては高嶺の花だったよ。話したこともないさ」
彼女との軽口はいつものことなので、フォーマンもとやかく言っては来ない。
だが、ぬぅっと現れた大男が不機嫌そうに横入りしてきた。
「聖鍵の旦那、そろそろ人の恋人を口説くのはやめていただけませんかね?」
「おっと、すまんすまん。お前もいい奥さん捕まえたよな、フランケン」
そう呼ばれた大男は、フンと鼻を鳴らした。
「旦那ほどオンナを侍らせちゃいないよ。俺はコイツひとりにゾッコンでね」
「あら、嬉しいこと言ってくれるじゃない」
フランケンは少佐の恋人で、元々ふたりはコンビの冒険者だった。
仕事でフォーマンと仲良くなった折、フォーマンが出世したら雇うみたいな話を酒の席でしていたらしい。
「シーリアも今や第二王妃とはねぇ。大したもんだよ」
「昔のままでいいさ、ヘレナ」
「昔のアンタは危うい感じだったけど、隙があった。今は何をどうしても勝てそうにないね」
「フン、言ってくれる」
他にもコイツらのエピソードだけで小説が1シリーズ書けそうなメンツが、次々に挨拶してくる。
一癖も二癖もある連中だが、腕は確かだ。
「聖鍵陛下、わざわざご足労いただき有り難うございます」
「いや、それより本当なのか? ドロイドトルーパーが全滅っていうのは」
「ええ……しかも、たったひとりの女の手によって」
話はこうだ。
カドニアで大人しくしていたために目溢ししていた浄火派残党が枢姫派に賛同し、エーデルベルト国境付近を移動しているという情報が入った。
連中が移動の先で立ち寄った山小屋に聖鍵騎士団がドロイドトルーパーを突入させたところ、浄火派残党は既に全滅しており、代わりに1人の女騎士がいた。
ドロイドトルーパーの1機が拘束しようと勧告を行ったところ、女騎士は問答無用で襲いかかってきて、ドロイドトルーパーを全滅させてしまった。
ドロイドトルーパーの戦闘力は並の兵士より上という程度だが、よく統率されており、並の相手に引けを取ることはない。
それが全滅してしまったのだ。
少佐とフランケンのファインプレーにより女騎士を取り押さえた。
だが、収容所送りするかどうかで判断保留となった。
そして、少佐が女の正体に覚えがあるので、シーリアを呼んでほしいという要請が来たのだ。
聖鍵王国第二王妃のシーリアを呼び出すからには、女は相当なVIPである。
少佐の報告を聞いた時、むしろ俺も出向くべきという話になったのだ。
「彼女、今は?」
「フォスパレスホテルのスイートルームに軟禁しています」
「わかった、すぐに向かおう」
ホテルまではフォスの騎士団本部から、テレポーターを乗り継いで行けばすぐだ。
フォスパレスホテルは、聖鍵王都となったフォスの中でも一、二を争うほどの巨大なリゾートホテルだ。
各国の王侯貴族を接待することにかけて、一流の人材、そしてアンドロイドを揃えてある。
敷地内には天然温泉もあり、いずれ聖鍵王室組一同を連れて入りに行こうという話になっている。
現在のフォスを象徴する建物と言っていい。
エレベーターで最上階へ向かう。
ここに件の女性がいる。
王族待遇用の最高級スイートルームだ。
シーリアが何やら頷いている。
セキュリティカメラから、女性の様子を見ようと、スマートフォンを操作する。
意識は既に戻っており、おとなしくしてくれているようだ。
画面をシーリアに見せる。
「シーリア、どうだ?」
「間違いない」
「ビンゴだったかー……」
「……まずは、私が入室する」
「頼む」
シーリアが扉をノックする。
「どうぞ」
部屋の中の女性はさして慌てた風もない。
扉を開けると、部屋の中の女性がゆっくりと振り向いた。
シーリアを見て破顔する。
「ああ、やっぱり貴女だったのですわね、アラム。廊下を歩いてくる気配でわかりましたわ」
「今はシーリアですが。お久しぶりです。私も扉から漂う気で確信しました」
何やら、バケモノじみた会話が成立している。
「では、奥の殿方がアキヒコ聖鍵陛下ですのね」
女性は優雅にスカートの裾を掴んで一礼した。
部屋に用意されていたドレスに着替えたのだろう。
「お初にお目にかかりますわ、聖鍵陛下。ヒルデガルド=サド=エーデルベルトですわ」




