Vol.26
ゴーディス地下帝国との不可侵条約。
巨人族と同盟を結んだことによって、条件がひとつ整った。
あとは、こちらを敵に回すことの愚かさを教えこむのみである。
「あの……」
「ん、何?」
今、俺はチグリと一緒に要塞司令室に詰めている。
ここのオペレーターは全部ドロイドトルーパーだ。
だから、人間は俺たちだけである。
「ゴーディス地下帝国の攻略って……これを使えばいいだけなんじゃないでしょうか……?」
「……ん」
チグリが司令室の大型ディスプレイに表示したのは、円錐が底面で重なりあったような……そんな形状の機械だった。
「地下を掘り進めて、敵をやっつけられる兵器なんですよね……?」
「これを使うっていうことは、ゴーディス地下帝国に生息する300万の魔物を3日3晩かけて殲滅するっていうことなんだけど」
「なんですか、それ……!?」
「こいつはドリッパーって言ってね……誰の良心を痛めることのない兵器と漢のロマンを合体させた冒涜的な兵器なんだよ……」
前にリオミたちと視察に来た時には、開発が終わっていなかった新型兵器。
元々開発していたのはリッパーという、空飛ぶ円盤の円周部分からホワイト・レイを発生させて、ダークス係数が一定値を超えた魔物だけを抹殺する自動兵器だった。
これに俺が、少しでも人間的な遊び心を加えて非人道要素を軽減しよう試みた。
そして、円盤の上下にドリルを装備した結果生まれたドリッパーは……最悪の虐殺兵器になってしまったのである。
円錐型ドリルが実際には地面を掘れない。空想科学では有名な話だ。
俺は、それを超宇宙文明の力技で解決した。
ドリルの先端に反応弾頭イレイサーの技術を応用した、空間ごと地面を削り取る機能を搭載したのだ。
これによって地面や岩盤はもちろん、どんなに硬い魔物であってもドリルに貫かれて大穴が空く。
つまり、ホワイト・レイの刃で敵をスプラッタしつつ、どんな場所に隠れようと逃さない悪魔の兵器なのだ。
その気になれば死体も残さないようホワイト・レイとドリルの出力を設定できるので、文字通り種族ひとつをこの世界から完全に消去することもできる。
これを地下帝国に放てば、さぞ中はさっぱりすることだろう。
「い、いくら魔物だからって……そんなことが許されるとは到底思えませんよぅ!?」
「だーからチグリを連れてきたんだってば! できれば、NBC兵器も環境に配慮して使いたくないんだよ……」
「うーん、わかりました。少し時間がかかると思うんですけど、大丈夫ですか?」
「それは全然OK」
チグリは兵器データと戦力データを自分のスマホにコピーして、一度帰宅することになった。
これで少しはまともな方法で地下帝国を封じ込めることができるだろう……。
あれから、更に1週間。
ついに、魔王ザーダスに関する情報開示の日を迎えた。
「とはいえ、概ね予想はついてるんだけど……」
中枢の台座に聖鍵を差し込み、新情報を得た。
魔王ザーダスの正体を知る。
「ですよねー……」
それが、俺の感想だった。
いくつか驚くべき新情報もあるにはあったが、むしろ多くの点で合点がいった。
次の情報は……「外宇宙」。ただ、ポイントを相当ためないと無理らしく、最低でも3ヶ月はかかるだろう。
アースフィアに関する情報はほぼ、これで打ち止めのようだ。
「問題はこれを、誰にどれだけ話すかだ……」
この情報は正直、俺だけが知っていても問題ないような気がする。
必ずしもザーダスが知る必要のない話だ。
「……よし」
俺は、このことを自分の胸の中だけに押し込めておくことにした。
後から話すことがあるかもしれないが、少なくともそれは今ではないと思う。
「ご主人様、全員を集めました」
「オーケー、ありがとう」
俺は台座に挿した聖鍵を取り出すことなく念じた。
「今日も1日、がんばりますか!」
会議室には、そうそうたる顔ぶれがひしめいていた。
聖鍵王国国王アキヒコ=ミヨシ=ピースフィア。
第一王妃リオミ=ルド=ピースフィア。
第二王妃シーリア=サド=ピースフィア。
第一書記長フェイティス・オーキンス。
聖鍵領直轄軍幕僚長兼一号側室チグリ=ルド=ピースフィア。
ロードニア大公クライン=ルド=ロードニア。
ロードニア大公妃タニア=ルド=ロードニア。
カドニア大公アンガス=リド=カドニア。
聖鍵騎士団長フォーマン・グレックス。
以上9名が、円卓についていた。
「みんなに集まってもらったのは、他でもない」
俺が音頭を取りつつ、そのまま説明を続けた。
「先日、チグリを一号側室として正式にピースフィアに迎え入れることになった。結婚式そのものはフォスだけで小さめにやったんだが、今回この結婚にクラリッサ王国の方から異議申立てがあった」
「ご説明を代わらせて頂きます、フェイティス・オーキンスです」
自己紹介もそこそこに、フェイティスが引き継いだ。
「申し立て内容は、自国の側室候補であるベネディクト枢姫を一号側室として迎えるべしという内容です。聖剣教団を立てているクラリッサ王国としては、聖鍵王国の第一王妃にも一号側室にも自国の姫がなれないとあっては周囲に面目が立たないとのことでした」
「よろしいか」
アンガスが挙手をし、俺が発言を許可した。
「これまでクラリッサのメンツに気を遣っていたのに、何故急にチグリ殿を一号側室に?」
「それは俺が答えよう」
アンガスの疑問は尤もである。
これまでピースフィアは、聖剣教団本派を信仰するクラリッサ王国をそれなりに敬う態度を見せてきた。
王都を聖鍵派の聖鍵指定都市にする、建国前に勇者が最初に訪問するなど。
「まず、クラリッサ王国内部で政変が起きつつある。本派の国王であるユリウス=アド=クラリッサの王弟バルバロッサ=アド=クラリッサ枢機卿が、ベネディクト枢姫を掲げた枢姫派を打ち立てた。無論これは表立ってのことではないが、聖鍵派や聖鍵王国に不満を持つ者たちを集め、勢力を拡大しつつある。フォーマン、説明を」
「はっ」
俺の命に従い、フォーマンがディスプレイシートを片手に立ち上がった。
「先日、ご成婚の際のクラリッサ王都訪問の折、暗殺者集団が聖鍵陛下のお命を狙っておりました」
チグリ以下、大公組が驚愕に目を見開いた。
「我々聖鍵騎士団が未然に凶行を防いだため、大事には至りませんでした。この暗殺者グループを雇った者を見つけ出すための調査を行なったところ、バルバロッサに辿り着くことが判明しました」
「……それは本当なのか。あ、失礼」
思わず呟いてしまったのはクライン大公。
「ルナベースの調査力がなければ、辿り着けませんでした。バルバロッサも、自分が疑われているとは思っていません。
現在枢姫派はのらりくらりと動いていますが、聖鍵派に対抗する意志があることが我々からは明白です」
フォーマンが着席したので、再び俺が発言した。
「チグリを一号側室にしたのは、クラリッサへのメッセージであり、枢姫派の動きを縛るためだ。
連中は今のところ、ひとつの流れに乗らないよう、注意を払いつつ水面下で動いている。
だが、今回ベネディクト枢姫が一号側室になれなかったことで、国全体の流れが枢姫派に傾く」
チグリが手を挙げた。
犬耳ピコピコに目移りしつつも、許可する。
「そ、それってとっても危険なのでは……」
「そうだ。下手をすれば、クラリッサそのものを敵に回す」
「聖鍵陛下は戦争をお望みなのですか……?」
「いいや、クラリッサに戦争はできない。フェイティス、説明を」
「まず、クラリッサの兵力分布ですが……手元のディスプレイを御覧ください。
このとおり、教団支部の基地施設を中心とした、対魔部隊と白光騎士が中心となっています。
このうち白光騎士は人間同士の戦争には動きませんし、そもそもクラリッサも知りませんが、彼らは我らの手駒です。
クラリッサ王国が強気なのは、むしろ教団の力に守られているからです。聖鍵王国といえど、白光騎士には勝てないと」
「チグリ。俺はその気になれば、白光騎士団すべてを味方にできる」
「す、すごいぃ……」
彼女の犬耳はそれはもうすごい勢いで回転していた。
目が回る。
「まあ、今回クラリッサとやりあう気はない。むしろ重要なのは、枢姫派が反聖鍵派の旗頭として担ぎ上げられることが重要なんだ」
ここで、シーリアが挙手した。
「どうして、敵がわざわざ強大になるような手を打つ……?」
「シーリア。むしろ、どうしてだと思う?」
「それは……そうだな。敵が強大になるということは……倒すのが困難になる」
「それから?」
「う、ううむ……すまんが、わからない」
「そっか。じゃあ、今からちゃんと説明する」
俺は、カドニアの地図を表示した。
アンガスが怪訝そうな顔をしている。
「思い出してほしい。カドニアが内乱状態だったとき、王国と浄火派がどういう状態だったかを。
王国と浄火派は勢力を北と南に分け、勢力争いをしていた。だからこそ、俺はこの戦いをコントロールしやすかったんだ」
アンガスが慌てて挙手した。
「コントロールとは、どういうことですか!?」
「そのままの意味だ。俺はカドニア内乱時、王国と浄火派のトップを泳がせたまま、前線での撹乱をしていたんだ。
これがもし、王国全体に浄火派のテロリストが潜伏していて、各地で無差別な活動をしていたら、難しかったと思う」
その場合、浄火派のトップを早期に拉致して、混乱する浄火派を順次王国に制圧させた後、ヴェルガードを倒すことになっただろう。
聖鍵派も今のような形では成立できなかったに違いない。
「とにかく、カドニアのときは大きく2つの勢力が争い合う構図があったことで、非常にわかりやすかったんだ。
さて、今回のことをクラリッサ王国ではなく、聖鍵派と反聖鍵派という派閥の抗争と捉えてみてくれ。どうなる?」
「「あっ!」」
リオミとチグリが気づいたようだ。
大公組も頷いている。
「枢姫派が大きくなるということは、各地での反聖鍵派勢力が目立ち始めるということ。もしかしたら、枢姫派に合流しようと流れる連中も出てくる。フォーマン」
フォーマンに例の報告を促した。
「現在、アズーナン王国から脱出したマフィアグループの一派や、カドニアで冷や飯を食っていたウェンターを始めとする反聖鍵派グループがクラリッサ入りしています。ウェンターの方はかなり遠かったのですが、フォスのテレポーターからクラリッサ入りしました」
本来なら、ウェンターがテレポーターを使うことはできないのだが、クラリッサ入りだけは敢えて許可したのだ。
片道切符であることを、ウェンターはまだ気づいていないが。
「グラーデンの一部貴族が金や鉄をクラリッサに流し始めています。カドニアの一部元傭兵などは彼らに雇われ始めました。
エーデルベルトにも声がかけられているようですが、グラン王はこの状況を静観するよう命じており、動きはありません」
グラン王はおそらく、聖鍵王国の……というより、フェイティスの意図に気づいているのだろう。
エーデルベルトの軍部には、俺に対する対抗心をむき出しにした連中がいるのだが、彼らのこともよく抑えている。
「都市国家群は合流こそありませんが、一部に枢姫派の旗を城に掲げるなどの動きが見え始めています」
まあ、多分あそこだろうなぁと思いつつ、報告に目を落とす。
うん、やっぱり背徳都市ヴェニッカだ。あそこには聖鍵騎士団による大規模なガサ入れを行ったから、相当恨まれてるだろう。
人攫い紛いなことをする闇組織が絡んでるとなれば、そりゃ目をつけるっての。
フォーマンが着席、再び俺が口を開く。
「もうわかったと思うが、枢姫派は反聖鍵派勢力の炙り出しに利用したんだ。そのためユリウス王には内密に断って、一号側室をチグリにした」
ちなみにユリウスには教団本部からのアンダーソン君を送り込んだ。
五体投地したらしい。
あの王は相変わらずだ。
「今回の異議申し立ても正確には王ではなく、枢姫派の貴族からだ。今頃、バルバロッサは火消しに大慌てだ」
「相変わらず、やることがえげつないわね……」
小さな声で呟いたのは、リオミの母ことタニア大公妃。
誰に対しての言葉なのかは、考えるまでもないだろう。
「既に聖鍵派のスパイを枢姫派に潜り込ませて、騒ぎを扇動させてる。死人が出るような暴動には発展しないよう調整してはいる。
バルバロッサには、アンダーソンを通じて警告した。反聖鍵派を利用して自勢力を拡大するのをただちにやめろと。解答はなかったけどな」
解答しなかったことが解答とも取れる。
これがピースフィアからの攻撃だと、ヤツも気づくだろう。
既にクラリッサでは、ベネディクト枢姫を俺の側室にすべきではないという意見も出てきている。
だが、遅れれば遅れるほど、バルバロッサが聖鍵王国に及ぼせる影響力は減じていくのだ。
枢姫派の意見を黙殺して、早期にベネディクト枢姫をこちらに送りつけねばならない。
だがそうすると、聖鍵王国に恭順するような動きをするバルバロッサは枢姫派における求心力を失う。
ベネディクト枢姫が俺に奪われたのだという言い訳も当然させる気はない。
バルバロッサ枢機卿は、これまでの俺の動きから、一号側室にベネディクト枢姫が指名されるとタカを括っていたのだ。
万が一、そうならなかったとしても、それを口実に枢姫派を使って自国内での勢力固めができると考えていたはずだ。
だが、ヤツの予想をはるかに飛び越える規模で枢姫派が台頭しつつある。これほどアースフィア全土を巻き込むような事になるとは思っていなかっただろう。
まあ、そうなるように仕組んだのは当然我らのメイド様だ。
間違いなく、俺以上に聖鍵の情報収集力を使いこなしている。
仕上げの方法はいくつか用意しているらしいが、さて、どうなることやら。
「さて、他に議題がなければ、これで会議を終了するが……」
「あっ、はい!」
チグリが挙手した。
「なんだ?」
「その……ゴーディス地下帝国についてなんですが!」
「おお、攻略の目処がついたのか?」
「はい……その。そのためにいくつか欲しいなって思うものがありまして……」
チグリがこの日求めたアイテムが……最終的に、アースフィアの魔物すべてを救う希望となるのだが。
それは、また次の話である。




