Vol.21
フェイティスに直接連絡を取った。
「ザーダスとのお話は終わりましたか?」
「ああ、今ちょうど終わったよ。そのザーダスの件で相談があるんだけど……」
……ん?
今何か違和感が。
「やはり、ラディ様は魔王ザーダスでしたか」
「……フェイティス、お前いつから!?」
「ショウギの勝負をしたときから、薄々ですが。確信したのは、たった今です」
「カマをかけたのか……!」
「その様子ですと、ご主人様もザーダスのことをわたくしに打ち明けるつもりだったようですね」
「……そういうことなら、密談室に来て貰いたいんだけど、いいか?」
「少々お待ちください…………どうぞ」
彼女の了承を得た後、スマホを通じてフェイティスを転移させた。
「ふむ、余の付け焼刃の芝居では騙し仰せなんだか」
「……魔王ザーダス」
フェイティスは厳しい視線をザーダスに投げかけた。
「お、おい……」
「ご主人様が許してくださるなら、今ここで……おじ様とおば様の無念を晴らしたいところです……」
「そんなのはダメだ!」
「……わかっております」
フェイティスが震えている。
怒りを、押さえ込んでいるのか。
「ご主人様。リオミにはもちろん、シーリアには決してザーダスの正体を打ち明けてはなりません」
「わかった……」
俺はてっきりザーダスの正体を明かしてもフェイティスなら、いつもの鉄面皮で受け止めてくれると思っていた。
……やはり恨みは根深いのか。
フェイティスでこれだ、シーリアが知ったら……。
一方でザーダスは、俺達のやりとりを黙って見ていた。
フェイティスの言葉を、ただ受け入れていた。
「ご主人様の意向により、貴女をザーダス様とお呼びしますが……わたくしが貴女を赦すとは思わないでください」
「心得た」
フェイティスの宣告に対しても、ザーダスはただ頷くのみだった。
「……フェイティス」
「これが妥協できる限界です、ご主人様。お叱りならば謹んでお受けします」
「……いや、よく辛抱してくれた」
俺は、フェイティスを買い被っていたのだろうか。
ショウギが終わった後、あんなに分かり合っていたように見えたのに。
……いや、単に俺が甘過ぎたのか。
「……お話はわかりました」
巨人族との交渉の話を聞き終えたフェイティスは、鷹揚に頷いた。
「そういうことでしたら、ゴズガルドにだけザーダス様の正体を明かし、残りの者にはピースフィアの使者として認識させるのが妥当でしょう」
「ゴズガルドならば、今の姿を見ても余を違えはすまい。他の巨人どもは余の元の姿しか知らぬはず……」
「お前って元から幼女じゃなかったの?」
「無礼な。そんなわけなかろう……」
どうだろう。
何の力もなくなった状態が今なら、むしろザーダスの言う元の姿の方が魔力補正でパワーアップしてただけなんじゃ……。
「そなたは考えていることが顔に出るな」
「うっ」
くそっ、リオミにもよくバレるのはそういうことか。
演技してないときは、そんなもんなのね。
「ゴズガルドだけと接触できるタイミングはわかるか? そのときに、余を跳ばせ。妙な真似をしていると思ったら、消し飛ばしてくれても構わん」
「いや……お前は今のところ、俺に嘘をつこうとしたことがない。信じるよ」
「余が嘘をつかぬのは、たったひとつの嘘を一度だけ信じさせるためだと言ったら、どうする?」
「それが嘘なんだろ」
「ククク、どうだろうな……」
「いいさ。お前が自分の罪から逃れるなら、俺は容赦しない。それだけだ」
「それでこそ勇者よ」
ザーダスは満足気に笑った。
緊張に満ちた午前が終わり、昼。
ザーダスはゴズガルドとの交渉に向かった。
俺は敢えて交渉をリアルタイムで確認することはせず、交渉の経過をフェイティスに監視させた。
食堂に集まっているのは、リオミとシーリアだけだ。
ディーラちゃんは、まだ学校から帰っていない。
「……どうしたんだ、アキヒコ」
「ああ……」
食が進まない俺を心配したのか、シーリアが声をかけてくる。
一緒にリオミもやってきた。自分が声をかけようとしたのに、シーリアに先を越されて悔しそう。
「また何か抱え込んでいらっしゃるのですか……」
「…………」
きついな。
自分のことなら話して楽になれるけど、今回ばっかりはそういうわけにはいかない。
「……ごめん。ちょっと、ひとりにしてくれ」
結局、ふたりの視線に耐えられず、俺はその場を離れた。
中枢区へ向かう。
俺は早くも、フェイティスにザーダスのことを話したことを後悔し始めていた。
いや、どちらにせよ、あのカマかけでフェイティスにはバレていた。
ザーダスと密談室に入っていれば、彼女ならそりゃ何かあるって気づくよな。
密談室の中でのやりとりは記録できないが、俺とザーダスが密談室に入った記録は残るしな……。
楽観し過ぎていたかもしれない。
ザーダスと過ごす時間が長くなれば、いずれ彼女の正体が判明したとしても……みんな、彼女を受け入れてくれるんじゃないかと。
頭のどこかで、そう思っていた。
俺自身がザーダスに宣告していたじゃないか。
「貴女の罪が赦されることは決して無いだろう」
赦されることのない罪。
魔王としての数々の所業は、決して拭い去れるものではない。
以後の生涯をすべて善行に費やしたとしても、なかったことにはならない。
「だからと言って、償いの道がないわけじゃないはずだ」
贖罪とは生き方だ。
赦されるためにだけに贖うのではないはず……。
そのはずだ。
ザーダスは自分の罪を認め、罰を受け入れることを覚悟している。
フェイティスに迫られたとき、彼女の瞳は揺らいでいなかった。
俺の方が、よほどショックを受けている。
今すぐ解決する方法なんてない。
俺もこの痛みを抱えていくしか無い。
ザーダスを受け入れるということは、俺も彼女の浄罪に付き合うということなんだから。
チグリとの約束を果たすため、タリウスのじっちゃんに写真を渡してきた。
亀を背負った爺さんのごとく興奮していたが、大丈夫だろうか。
いや、これも彼女にとっては試練か。
「そういうわけで、弟子入りはOKだそうだよ」
「ほほほほほ本当ですかあぁっ!?」
今日は学院に顔を出した。
学院長から頼まれて、生徒たちの前でスピーチなどをやった後、チグリを見つけたので声をかけて食堂へ。
お昼は全員集合である。王妃組だけではなく、ディーラちゃんとヤムエルもいる。
当然、周囲にはかなりの数のギャラリーが。
「ただ、相当なセクハラは覚悟しておいてほしい」
「は、はいぃ……」
「アキヒコ様がそれをおっしゃいますか」
「……その節は知らぬこととはいえ、まっこと申し訳ござまいませんでしたぁ!」
「ひゃぅう!? 聖鍵陛下様!? お、お顔を! お顔を上げてください困りますぅ!?」
慌てふためくチグリ。
そこに、俺のスマホに着信が。
「公人としての振る舞いを弁えてくださいと、あれほど……!」
「サ、サーセン……」
フェイティスからの電話にペコペコと頭を下げてしまい、また怒られてしまった。
「それと、ディーラ様にはもうわたくしがザーダス様の正体を知ったことは伝えましたので」
「あ、そか……」
どうやって伝えようと思っていたけど、この辺の手回しはフェイティスの方が早かったか。
通話を終えた後にテーブルに戻ると、ヤムエルとチグリがお話をしていた。
「アッキー悪いことしたの? 謝ったなら許してあげてね」
「うん……大丈夫ですよぅ」
にへら~っとだらしない顔になったチグリが、ヤムエルのことをナデナデしていた。
ううっ、尻尾がぶんぶか左右に揺れている! 目に毒だ!
天使が獣っ娘に撫でられる絵面だけでも破壊力があるというのに……だが、今は我慢。公人としての立ち振舞を……!
「聖鍵陛下様って、なんだか思ったより取っ付きやすそうですわ」
「どんな小さな犯罪も許さない方だと伺ってましたけど、イメージとは随分違いますわね」
「ご自身が歩く淫行罪のような方だとか……」
「まあ……! わたくしも見初められたいですわ」
お貴族の女生徒たちの噂が聞こえてきた。
既に手遅れじゃん……。
「アキヒコ様、お気を確かに」
「うぐぐ……学院2日目にして、もうグロッキーですが何か」
「貴方が好色過ぎるんだ」
「うぎぎ……」
シーリアの言葉に反論できない。
その点には同意します、とリオミまで俺にとどめを刺してきた。
最近はストレス解消で、結構いろいろやらかしてしまったからな。
これからはちょっと、自重しよう……。
「そういえば、チグリはどうして学院に?」
「は、はぃ。こちらなら、見たこともないような最新の学問を学ぶことができると聞きましたので……」
「魔法を学ぶため?」
「ううう……っ、ロードニアの魔法学校は受験に失敗しました」
「ありゃりゃ……でも、呪言魔法なら向いてそうに見えるけど……」
「一番最初に覚えないといけない《リードマジック》が習得できないんです……」
呪言魔法の《リードマジック》習得はむしろ、最初の関門と言える。
これが使えるようにならないと、魔法学校の門を叩くことすら憚られる。
「実は一応、魔素を感じる取ることができるので……声紋魔法で身を立てようと思ったんですが……それも、うまくいかなくて……」
「うーん」
犬耳がぺたーんとなってる。
聞けば聞くほどかわいそうになってきた。
リオミは掛ける言葉が見つからないようだ。
才能のないルド氏族の話をしたときの悲しそうな顔の原因は、これか。
「……家族の期待にも応えられず、何の才能もない私は……もうどこかの領主に嫁いで、道具として一生を過ごすしかないんです……」
諦めの滲んだ声。チグリはすっかり俯いてしまった。
「せっかく聖鍵陛下にいいお話を頂いたんですが……私もうすぐ、どこかに嫁ぐことになりそうなんです。そうしたら、きっと学院にもいられません……」
「そうか……ん?」
何か違和感。
ひょっとして彼女、まだ俺の側室になる話を聞いてないのか?
まだ口外するような話ではないのかもしれない。周囲のギャラリーもいるし、ここは俺も彼女に伝えるのはやめておこう……。
「!?」
今、確かに一瞬だけどビジョンが見えたぞ……!
ディオコルトの腕に抱かれたチグリの構図が!
くそ、シーリアのときと同じかよ……ここで俺が話さないとそうなるってことか。
ヤツから守るためには、俺の側に置くしか無いんだろうか。
早くヤツを倒さないと、アースフィア中の女の子を俺の嫁にする羽目になりそうだ。
「あー、チグリ。大丈夫だ……嫁いだ後でも、俺が学院に通えるようにしてあげるし、タリウスのじっちゃんのところにも魔法を教わりに行けるようにするから」
「せ、聖鍵陛下様……どうして、私のためにそこまで……」
まただ。
またこのパターンだ。
俺が何かしてあげると、女の子の方が俺のほうにコロリとくる。
多分、俺がただのどこにでもいる男ならそんなことにはならないんだろうが。
如何せん勇者補正やら聖鍵陛下補正やらが効いてるせいで強い立場だから、女性の方もグラグラ来てしまうんだろう。
この辺は子孫を残さねばならない女性の本能らしいから、しょうがない。
婚活も年収が低いと門前払いだし。
やっぱりお金は大事なのか。
白馬の王子の話って、馬鹿にできない。
よし、ここはちゃんとフラグを折っておこう。
チグリには精神遮蔽オプションを渡して、万が一籠絡されたら頑張って救出しよう。
俺が守れる範囲にも限度ってものがある。
「チグリの耳と尻尾が、あんまりにもモフモフで気持ちよかったから。理由はそれだけだよ」
「……!!」
チグリがビクってした!
さすがにこんな気持ち悪いことを言われたら引くだろう。
引くわー。聖鍵陛下マジ引くわー。
「…………」
チグリが何を言ったらいいのかわからない様子で赤くなっている。
セクハラをしないと言ったばかりなのに、既にセクハラ発言をしている俺は一体なんなんだろう。
「実際問題、俺がキミにしてしまったことは最低だったと、俺も反省してる。だから罪滅ぼしみたいなものだから、本当に気にしないでくれ」
「聖鍵陛下様……」
……あれ。
おかしいな。
チグリの俺を見る目が潤んでる。
「……ありがとうございます。この御恩は、一生忘れません」
チグリが尻尾を揺らし、耳をぴんと立てながら、素敵な笑顔を浮かべた。
「……はぁ」
「やれやれ」
王妃組が俺をジト目で見ている。
一方、ビジョンはあっさり消えた。
今のでチグリ堕ちたの?
いくらなんでもチョロ過ぎやしないか!?
「お兄ちゃん、またやっちゃったねー」
「アッキー、たらし!」
ディーラちゃんも呆れ顔だ。
ヤムエル、そんな言葉どこで覚えたんだ!
いや、フランに決まってる。俺の天使になんてことしやがる。
フランのことも、チグリのことも、元を辿ればすべてヤツのせいだ。
俺の平和な世界が、またしても破壊された!
おのれ、ディオコルト!




